7、お荷物と道連れ
旅立ち早々、想定外の道連れ、いや、お荷物ができた。
「あれ何ですか?」
「風車だ。風の力で粉を挽いている」
「あれは何ですか?」
「川を移動するボートだ」
初めて森から離れたというトンは見るもの全てに興味津々だ。
オークの子供と接するのは初めてだが、トンの人懐っこさはオークとは思えない。
あと、一応、メスらしい。
「お前、人間が怖くないのか?」
「怖い人間もいるです。怖いオークもいるです。トンは怖がりです」
「怖くない人間もいると?」
「ぶひ。ポポラは大好きです!」
「あの女の子か。俺は怖くないのか?」
「ぜんぜん」
そう言い切られると、なんだか複雑だ。
「騎士団の連中はお前の親たちを殺したんだぞ。憎くないのか?」
「トンのお父さんとお母さんはずっと前に病気で死んだです」
「……そうか」
「族長さんからは、トンは弱くて戦えないので、お荷物と言われたです」
「……」
「だから、木の実集めや葉っぱ集めを頑張ったです。でも戦えないオークはお荷物」
オークは戦闘に優れた種族だ。
子供のうちから戦闘訓練を受ける。
身体が小さいトンはそこから漏れたのだろう。
日が暮れてきた。
トンをどこまで連れて行けば良いだろうか。
子供とはいえ、オークはオークだ。
人間に見つかる場所で降ろせば、また騒ぎになる。
「とりあえず、今日はここで野宿だな」
俺は街道から少しそれた草原に屋台を停めた。
テントの一式を取り出す。
「これ何ですか?」
「今晩の寝場所を作る」
「ぶひ。こんなにいっぱい! 作るの大変!」
トンは部品の多さに驚いている。
「まあ、普通に組み立てたら暗くなっちまうけどな」
テントの部品一つ一つに魔力を与える。
わずかに意思と動く力を持たせた。
「テントよ。成れ」
テントの部品が浮き上がり、ひとりでに組み合わせ合っていく。
「ぶひ!」
トンが目を丸くしている間にテントが出来上がった。
「バカ賢者様、すごい! 魔法を使えるですね」
今日は疲れたから呼び方の訂正は明日にしよう。
枯れ木に絞って重力魔法を使う。
足元に枯れ木が集まったところで、火を起こす。
「ここで休んでろ」
トンを焚火のそばに座らせ、屋台の厨房に入った。
バルゼリアで買っておいた食材が数日分ある。
竈に火を入れ、野菜とバルゼリア鳥の塩漬肉を切る。
水を入れた鍋が温まったら切った食材をぶち込む。
肉で塩気は出るが、香辛料も足しておこう。
できあがったバルゼリア鍋を焚火の上にぶら下げる。
「ぶひ! 美味しそう!」
二人で鍋を食う。
まさか、こんなことになるとは。
「豚肉じゃなくてバルゼリア鳥を買っておいて良かった」
「どうしてです?」
「お前、食えないだろう?」
「どうしてです?」
「共食いじゃねえか」
「ぶう……バカ賢者様……」
トンはスプーンと皿を膝に置き、俺を睨んだ。
「もしかして、バカ賢者様はオークを豚と思ってるですか?」
それから食事中ずっとトンから説教された。
オークが豚とは全く異なる生物であること。
そもそもオークと豚は見た目も全く似ていないこと。
似ていると言っているのは人間だけであること。
説教するだけして、「疲れた」と横になったトンはそのまま寝てしまった。
「こんな小さくてもオークの誇りがあるんだな」
俺は寝ているトンを抱き上げ、テントに運んだ。
「お荷物か……」
朝。小鳥のさえずりとガチャガチャする音で目が覚めた。
テントから出ると、トンが鍋と食器を持って歩いてくる。
「ぶひ。起きたですか、バカ賢者様」
「そんなガチャガチャ鳴らされたら起きちまうよ。何してんだ」
「川で洗ってたです」
言いながらトンは鍋と食器を屋台のカウンターに置き、厨房に入る。
片付けようとしているらしい。
「んなもん、魔法でやればすぐだよ」
「ぶひ。そうなんですか? 川が遠かったので疲れたです」
子供なりに役に立とうとしているようだ。
テントから出ると道の先に森が見える。
昨日から決めていた。
あそこならトンを置いていけるだろう。
「テントの片付け方も覚えたいです。やってみたいです」
「いいよ、別に」
どうせ、もう片付ける機会も無いだろう。
俺はテントを魔法で片付けた。
「行くぞ」
「ぶひ」
トンを膝に乗せ、屋台を出発させた。
森へ近づく間もトンは「あれは何ですか?」を繰り返した。
そして……。
「あの森は何ですか?」
「……森は森だろ」
「大きい森です」
「……あそこなら、お前も暮らせるよな」
おしゃべりなトンが一瞬黙った。
「……ぶひ……大丈夫だと思うです」
そこから森に着くまでトンは一言も発しなかった。
森の前で屋台を停める。
トンはすぐに降りた。
「……バカ賢者様……ありがとうでした」
「ここで大丈夫か?」
「……はい、大丈夫です」
言葉とは裏腹に不安げだ。
「じゃあ、もう捕まるなよ」
「ぶひ……」
俺は屋台を元来た道へ向けた。
「……」
なんとなく気になって振り返る。
トンは一歩も動かず、俺を見送っていた。
最初からすべてを諦めている。
そんな目をしていた。
「……どうした、行けよ?」
「……ぶひ」
「これだけ大きな森なら大丈夫だろ?」
「ぶひ……大丈夫です」
トンが微笑んだ。
しかし、その笑みはぎこちない。
足も震えている。
見ず知らずの森で一人。
どんな危険があるか分からない。
それでもトンは笑って見せた。
「……さっさと行け」
「……」
「行かねえんなら、さっさと乗れ」
「……ぶひ?」
「どうなるか分かんねえ旅で良いならな」
「……でも、トンはお荷物です」
「甘いこと言ってんじゃねえ。俺はお荷物なんて抱える気はねえぞ」
「……」
「料理の片付けとテントの設置、撤収。お前の仕事だ」
「……ぶひ!」
震えていたのが嘘のようにトンは走り寄り、俺の膝に乗った。
「行くです! バカ賢者様」
「……あと諸注意も色々あるからな!」
道連れができた。