6、オークの子・トン
バルゼリア城を出て、森沿いの街道を行く。
横に見える森はオークの住処のあった場所だ。
「いい加減にしろ! こっちへ来い!」
「お前、殺されるぞ!」
何やら森の中から怒鳴り声が聞こえる。
狩人が喧嘩でもしているのかと思ったが、突如聞き覚えのある声がした。
「バカ賢者! バカ賢者!」
うむ。世の中に賢者は数えきれないほどいるが、バカ賢者なんて矛盾する呼び方をされている奴もいるんだな。
「……俺のことか?」
俺は屋台を降り、声のした方に行ってみた。
「あっ、賢者様!」
女の子が叫んだ。
狩人らしき大人二人と対峙している。
どうやらバルゼリアの住民らしい。
「賢者様! ちょうど良いところに!」
「賢者様からも言ってやってください!」
狩人たちが困り顔で俺に懇願する。
「この娘がオークの子供を渡さないんです!」
「だって、友達だもん!」
見ると、女の子の後ろにはオークの子供が。
「お前は……」
「バカ賢者! 助けて!」
洞窟で倒れていたアイツだった。
「こんなに可愛いのに、ひどいことするなんて!」
女の子がオークの子供を抱きしめる。
「今は可愛いかもしれんが、大きくなったら醜く狂暴になるんだ!」
「危ないから離れろ!」
狩人たちが説得する。
聞けば、女の子とオークの子供は、これまでも互いの大人たちに内緒で遊んでいたらしい。
「いい加減にしないと、ぶつぞ!」
「ぶてば? この子がされることよりマシだもん!」
「まったく…。賢者様! なんとかしてください」
三人と一匹が俺を見る。
「ちなみに、そのオークをどうする気だ?」
「そりゃあ、今のうちに始末します」
「大きくなったら面倒ですからね!」
「なるほど……娘、そいつを渡せ」
「え!? 賢者様、そんな……!」
女の子の顔には絶望、オークの子には恐怖が浮かんだ。
「ほら、賢者様もこう言ってるだろ!」
狩人が女の子に近づく。
「いや。俺に渡せ」
「……どういうことです?」
狩人が驚いて振り返った。
「そのオークは俺が引き取る。問題あるか?」
「でも……賢者様のお手をわずらわせるのも……子供のオークなら俺らでやれますので」
「構わん。こっちで引き取る」
「そうですか……分かりました」
怪訝な顔をしつつも狩人たちは女の子を連れて帰っていった。
「バカ賢者〜!」
やわらかい、ぷにぷにの何かが俺の顔に貼りついた。
オークの子だった。
「ありがとうです、バカ賢者!」
俺はぷにぷにの子豚を引きはがし、地面に立たせる。
「せっかく助けたのに、すぐ死なれるのもシャクだからな」
俺は屋台に戻った。
子豚も付いてくる。
「うーん、勢いで引き取るとは言ってみたものの、どうするか?」
「これ、バカ賢者の馬車ですか?」
子豚は馬車に興味津々ようのようだ。
俺は無視して御者席に座る。
「仕方ない。適当なところで降ろすぞ。乗れ」
「ぶひ!」
子豚は当然のように俺の膝に座った。
「おい、どこに座ってんだ」
「ぶひ? 他どこに座ればいいです?」
確かに、御者席は一人しか座れない。
「荷台の中にでも入ってろ。狭いがお前なら座れる」
「ここがいいのです」
子豚は動かない。
「行くです、バカ賢者!」
「……お前なあ、二度も救った命の恩人にバカ賢者はないだろ」
「ぶひ? だって、バカ賢者が名前って言ったです」
「……ああ、そういえば」
名前を聞かれて「バカ賢者」と答えたな。
「本当は違うんだよ。バカ賢者じゃなくて……」
「賢者様!」
女の子が森から出てきた。
「ぶひ! ポポラ!」
「賢者様、ありがとうございました! その子をお願いします」
「……ああ」
「じゃあね、トン! また会おうね!」
「ぶひ! ばいばい、ポポラ!」
手を振り合う子供たちを横目に俺は屋台を出発させた。
子豚は少し寂しそうだ。
「オークにも名前があるんだな」
「当たり前です。トンです」
「ここを離れても良いのか?」
「いいです。もう何も無いから。行くです、バカ賢者!」
「……さっきの続きだが、バカ賢者と呼ぶな。人聞きが悪い」
「そうなんですか?」
「賢者様! また来てね〜!」
女の子の大声がバルゼリアで最後の見送りとなった。
「……わかりました。行くです、バカ賢者様!」
「そういうことじゃないんだが……」
次話をこの後、アップします。