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5、改造屋台

 バルゼリアの城下町では早速復興が始まっていた。

 モンスターに破壊された建物はまだそのままだが、人々が協力し合って、瓦礫を退けている。

 

 商いも活況のようだ。

 あちこちで威勢の良い売り子の声がする。

 

 肉を焼く香ばしい匂いがした。

 そういや、腹が減った。

 オークの子供に食わせただけで自分は何も食っていない。


 ワタリ鴨の肉を焼いている露店に行列ができていた。


「あ、賢者様! どうですか!? 鴨肉は?」

「ああ、うまそうだ」

「どうぞどうぞ! 食べてください」

「いや、並んでいるところ割り込むわけには……」

「魔王を倒していただいたんだから、当然ですよ!」


 行列に並んでいる人々もうなずいている。

 母親に連れられた子供が俺の裾を引っ張った。


「賢者様、僕の分を食べていいよ!」

「そんなことはできない。お前が食え」


 一応、賢者だからな。

 卑しいところは見せられない。


「いいよ、だって、賢者様、かわいそうだもん!」

「かわいそう……俺が?」

「勇者様にフラれたんでしょ? 僕、見てた」


「俺も!」「俺もだ!」「元気出せよ!」と大人たちも続いた。


「いらん! それに、俺はかわいそうじゃない!」


 ポカンとする子供から逃げるように目の前の路地に入った。

 そこには一軒の小さな食堂があった。


 食堂と言うのもはばかられるか……。

 店はとても狭く、半分が厨房で占められ、客席は3人も入ればいっぱいになる程度のカウンターだけ。

 厨房には枯れ木のような爺が一人立っていた。

 客は一人もいない。


 ここで良いか。


 俺はカウンターに座った。

 爺は何も言わない。


「……なんか食わせてくれ」


 返事はない。屍か?


「おい、爺。メニューは?」

「……ない」


 生きてはいるようだ。


「じゃあ、何があるんだ?」

「……ない」

「よそ者に食わすものはないっていうアレか?」

「違う……出すものがない」

「ここ飯屋だろ?」

「昔はな……今は棺桶じゃ」

「棺桶!?」

「店をやめたが他にすることもない。ここでじっと死ぬのを待ってるんじゃよ」

「辛気くせえな。その割には厨房もカウンターも綺麗に磨いてんじゃねえか」

「死に場所くらい綺麗にしておかんとな」

「……なんで店やめたんだよ。復興が始まれば、飯屋も忙しくなるだろ」

「……もう、作れん」

「どういう……!?」


 尋ねかけて気づいた。

 爺の目元が大きく傷ついている。

 失明は免れていないだろう。


「……モンスターにやられたのか?」

「ああ……だいぶ前にな」


 どうりで俺を賢者と気づかないわけだ。


「生活は?」

「裏に畑がある。生きる分には食えてるよ」


 果たして、そうだろうか。

 確かに、餓死こそ免れているのだろうが、爺からは覇気や活力を一切感じない。

 

「目が見えんと火も使えんでな。火事でも起こしたら隣近所に死んで詫びねばならん」

「じゃあ、畑の野菜をそのまま食ってるだけか」

「生きるだけなら十分じゃ」


 生きるだけ……。

 寿命が尽きるまで、ただ生きるだけ。


 厨房を見れば分かる。

 この爺がいかに店を大事にしてきたかを。


 狭いスペースにかまどや調理器具、洗い場が効率良く配置されている。

 年季は入っているが清潔。

 爺の料理への姿勢がここに現れている。


 そんな人間が畑の野菜をそのまま食うだけの日々を長年続けているのか。

 そして、これからも……。


「……爺。俺は腹が減っている。何か食わせろ」

「だから、ないと言っているじゃろう」

「畑を見せろ。俺が作る」

「……なんじゃと?」

「他の店は混雑しているから、ここしかねえんだ。厨房借りるぞ」

「……好きにせい」


 俺は店の裏に回った。

 畑は店の3倍ほど広かった。

 周りに迷惑を掛けたくない。頼りたくない。

 そんな爺の想いが伝わる畑だ。


 食べられそうなのは……花咲イモ、寒甘根、雑薬草。

 どれもそのまま食うのは味気なさすぎる。


 俺は少し多めに収穫し、厨房に戻った。

 最低限の調味料は残っていた。


「まともな料理などできんじゃろう」

「ギギって知ってるか?」

「知らんな」

「魔王が現れる前から土が痩せ、まともな作物が採れていない土地だ」

「ここも昨日まで、そうじゃったよ」

「でも、幸いギギの村には天才植物学者にして名料理人がいた」


 花咲イモはともかく、寒甘根は育てやすい反面、単体では苦みが強い根菜。

 雑薬草に至っては薬の材料だ。美味いわけがない。


 が、単体では不味い寒甘根と雑薬草を混ぜて煮る。

 これでソースになる。隠し味はポケットに残っていたモライの実。


 ソースができたら、花咲イモをつぶし、調味料とあわせて、こねる。

 丸めたらソースに漬けて、しばらく待つ。


「その天才料理人が村で採れる貧相な野菜だけで、ある料理を作った。祭りの日に村人全員で食うためだ」

「それが……?」

「これだ」


 ソースがしみ込んだ味付きイモ団子を竈の網に乗せる。

 あまり火力は出ないが十分だ。

 ソースの焼ける香が漂った。


「……なんと」

「材料が少し違うけどな。それでもイケるだろ」


 イモ団子の両面を焼いて、皿に移す。


「食ってみ」

「……」


 爺は手探りでイモ団子を掴み、口に入れた。


「……本当に畑の野菜で作ったのか?」

「ああ。モライの実も少し入れてるけどな」

「こんな……こんなものを食えるなんて……」

「何言ってんだ」


 追加の団子も網に乗せた。


「この厨房なら何だって作れるさ」

「……」

「守ってきてくれて助かったぜ。やっと腹が膨れる」


 カウンターに水滴が落ちた。

 爺がよだれを垂らしたのかと思ったら、涙だった。


「あれ……」


 声のかけ方が分からず、代わりに焼き立てのイモ団子を口に入れた。


「熱っ! でも、美味いな」

「ああ……美味い……美味い……」


 爺はイモ団子を噛み締めるように、ゆっくりと食べている。


「お、この匂い、ブール爺さんのとこかよ!」

「すげえ美味そうじゃねえか」


 近所の人々が匂いにつられてやって来た。


「食うか? 爺さんのおごりだ」

「ああ、みんなも食べてみてくれ」


 大勢集まってきたので数が足りない。

 少しずつ分け合って、食べてもらった。


「こんな美味いもん初めて食った!」

「どうやって作るんですか、賢者様?」

「け、賢者様じゃと!?」


 爺はやっと気づいたようだ。


「作り方は爺に聞けよ。爺、だいたい分かったろ?」

「ええ……なんとなくは」


 料理の最中、爺が耳を澄ましていたのは気づいていた。

 目は見えなくても、俺の動き一つ一つを捉えていただろう。

 だから、あえて魔法は使わなかった。


「ブール爺さん、また店やるのか?」

「それなら、うちの弟にも手伝わせるぞ!」


 その場の全員が爺の再開店を期待していた。


「いや……ワシはもう店をたたんだんじゃ」

「……」

「それよりも賢者様、この店を好きに使ってくださらんか?」

「は? 俺が?」

「バルゼリアはこれから良い国になる。どうぞ、いつまでもここに」


 爺の思わぬ提案に人々が歓声を上げる。


「賢者様の家なら格安で建ててやるぜ!」


 大工らしき男が親指を立てた。


「ええ……そんなこと言われてもなあ」


 アングレムに帰らない。

 その選択肢もあるのか。


「少し考えさせてくれ……」


 俺は返事を先延ばし、バルゼリア城に戻った。

 

 頭にあったのは俺の飯を食った爺や人々の顔。

 オークの子供の時もそうだ。


「誰かに美味いモノ食わせるってのも悪くねえもんだな……」


 魔物を倒すのとは違った充足感。

 自分でも不思議なくらい心が落ち着いていた。


「賢者様!」


 宰相が走り寄ってきた。


「また頼み事か?」

「いえ、私、重大なことを忘れておりました」

「重大なこと?」

「勇者様から賢者様宛の預かり物があったのです! オークの件で忘れておりました!」

「……預かり物だと!?」

「お部屋に運んでおきました」

「中身は?」

「ええと……それが……」


 俺は答えを待ちきれず、階段を駆け上がった。

 セリアが俺に? 何を?


 客室のカギを乱暴に開け、中に入る。

 部屋を埋め尽くすように宝箱が積まれている。


「何だ、こりゃ……」

「これまでの謝礼とのことです」


 後をついてきた宰相が言いにくそうに説明した。


「バルゼリア王からの金貨は全て賢者様にと……」

「分かった……一人にしてくれ」

「失礼いたします」


 宰相がドアを閉めた。

 と、同時に俺は宝箱を蹴る。


「金は全部くれてやるから諦めろってことかよ……セリア……お前、そこまで……」


 ……待て。


 セリアだけならまだしも他のメンバーも同じ意向なのか?

 あの金にがめついバレリーまで魔王退治の褒美を全て放棄したと?

 

 違和感はさらに疑惑の波紋を広げてゆく。


 そもそもセリアや皆が俺を追放するなんて事あり得るのか?


 確かに、俺への不満は絶頂に達していただろう。

 だが、魔王を倒した途端に追放するような奴らじゃない。

 

 だからと言って、また追いかけて行っても同じことの繰り返しだ。

 俺にはパーティの一員としての何かが欠落している。

 悔しいが、それは事実だ。


 結論は出た。


          ◆


 ブール爺の店を訪れると、まだ近所の人々が爺を囲んでいた。


「爺」

「おお、賢者様。お決めいただけましたか」

「……ああ。この店をいただいて行くぜ」

「……はて?」


          ◆


 3日後、それは完成した。


「賢者様、注文通りに仕上げましたよ」


 大工の男が胸を張っている。

 それは城門の前に置かれていた。


「しかし、こんなもの作って、どうするんです?」

「帰るのさ。故郷に」


 それは一見すると、馬車の客室か屋根付きの荷台かのようだ。


 しかし、中にはブール爺の厨房がそのまま入っている。

 客室の壁の片側は開閉式になっていて、外側に開くことでカウンターになる。

 このカウンターも爺の店のものだ。


 屋台。移動する露店ってところだ。


「ほう。できましたかな」


 ブール爺が手を引かれてやってきた。


「おう。見せらんねえのが残念だ」

「じゃが、あんな大金をいただいて申し訳ない」


 セリアが残した「退職金」は爺の店を買うのと馬車への改造費で全部使った。


「気にすんな。取っておく気のねえ金だ」

「おかげで親戚一同、安泰で暮らせそうです」

「俺ら大工も相場の何倍も貰ったし、関わった職人や商人も感謝してましたよ」


 爺と大工が頭を下げる。


「それより爺さん、ホントにこれ持って行っちまって良いんだな?」

「ええ。ワシは孫の店を監督することになりましたしな。この厨房を活かしてくれる方が見つかって本当に嬉しいのです」


 ブール爺は、ここ数日で見違えるように元気になっている。

 

「そうか……じゃあ、達者でな」

「何から何までありがとうございました」


 俺は「屋台」の御者席に乗り込んだ。

 馬も手配済だ。


 この改造屋台でアングレムまで帰る。

 魔王を倒して以来、急転直下で何もかも分からないことばかりだ。

 だが、この屋台での旅が、俺の足りない部分を埋めてくれる気がする。


 そうなれば、セリアたちともう一度向き合えるはずだ。


「まあ。どうなるか分かんねえけど、のんびり行くか」


 世界は平和だ。

 俺は手綱を振るう。

 馬車がゆっくりと進み始めた。

 


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