4、世界一のグルメ書庫
セリア達に置いていかれた俺はバルゼリア城に戻った。
自分なりにパーティのため頑張ってきたつもりが、アイツらにつらい想いをさせていた。
セリア……すまない。傷つける気なんて無かったんだ。
みんな……すまない。俺は、調子に乗り過ぎてたな。
カーレム……死ね。お前は死ね。次に会ったら殺す。
「……ほんと、バカ賢者だな」
客室階へ続く階段を上がろうとした時、ふと思い出した。
「大書庫がある」と、昨日の祝賀会で宰相が言ってたな。
習慣とは悲しいもので、こんな時でも図書館や書庫は気になってしまう。
俺は城の奥にある大書庫に入った。
見事だった。
これほどの蔵書がある書庫はなかなか無い。
俺は棚に並んだ本を手でなぞっていく。
本に触れるだけで、記述されている内容が頭の中の「無限図書館」に収容される。
これまでに読んだ本も少なくないが、初めての本もある。
バルゼリアの歴史書に始まり……。
「バルゼリア料理レシピ集」
「保存食と薬草」
「モンスターの食べ方」
「バルゼリア王が集めた名料理人たち」
「バルゼリア大学魔法概論」
「たまご料理の全て」
「うまい野菜を育てるには」
「おやつ大全」
……食い物の本ばっかりじゃねえか!
そういえば、バルゼリアは世界一のグルメ大国だった。
先々代のバルゼリア王が、その財力で古今東西の一流料理人を招集し、ひたすら美味いモノを作らせ、記録したのだと宰相が言っていた。
「あまり収穫は無かったな」
俺はこれまで、あちこちで色んな飯を食ってきたが、自分で料理をしたことはなかった。
今後も縁は無いだろう。
それでも束の間の傷心を忘れさせる効果はあった。
本は偉大だ。
「賢者様!」
宰相が慌てた様子で入ってきた。
「ああ、良かった。まだ旅立たれてなくて!」
「なんだ?」
「ぜひ、お力を! オークの残党が近くにいたのです!」
「オークねえ……」
オークは身体が人間に近く、顔が豚のモンスターだ。
バルゼリア周辺のモンスターは魔王城が近いこともあって、どいつも戦闘力が高く、狂暴だが、その中でもオークは知恵もあり、面倒な奴らだった。
「すでに騎士団が向かいましたが、心許ない。賢者様、お助けいただけませんでしょうか?」
「大丈夫だと思うよ。魔王がいなくなってモンスター共の力も落ちてるはずだから」
「それならば良いのですが……」
「……分かったよ。行ってやる。どうせ、もうすることもないし」
「はい?」
「なんでもない。場所はどこだ?」
俺は宰相に言われた森の奥地に向かった。
◆
予想通り、心配は無用だった。
向かう途中で、オーク征伐を終えた騎士団と出会った。
楽勝だったらしい。
ついでだから、戦場となった場所まで行ってみると、大きな洞窟の前にオークの屍が散乱していた。
「騎士団のやつら、やりすぎじゃねえか?」
そこはオークの住処だったのだろう。
洞窟の中には焼け残った家財らしきものやオークの焼死体も転がっている。
「火までつけやがったのか」
城の近くにオークの住処があるのは見過ごせない。
それは理解できるが、気持ちの良い光景ではない。
「帰るか……」
呟いてみて、困惑した。
俺はどこに帰るんだ?
アングレムへ帰っても明るい未来は想像できない。
しかし、他に帰る場所もない。
どうすれば?
考え込んでいて油断した。
オークの気配に気づかなかった。
いや、気配など無かった。
が、確かに洞窟の中で動く音がした。
オークが何匹出てきたところで相手にはならないが、気配を感じなかったことが気になった。
間違いなく気配はする。風ではない。
洞窟の入り口付近に何者かが潜んでいる。
しかし、一向に飛び掛かってくる様子は無かった。
俺は洞窟に入ってみた。
背中から襲われるなら先に始末しておいた方がいい。
ガタッ。
焼け落ちた木材が動いた。
見ると、折り重なった木材の下で動いている影が。
「……」
子供だった。
幼いオークが生き埋めになっている。
俺は反重力を起こし、オークの子供から木材をどけた。
助けたかったわけじゃない。確認しただけだ。
オークの子供は衰弱していた。
薄く開いた目で俺を見ている。
敵意や恐怖は感じられない。
「人間が怖くないのか?」
「……」
見たところケガはしていないようだ。
なのに、なぜ、衰弱している?
「お前……腹減ってるのか?」
「……はい」
「空腹は回復魔法でもどうにもならん」
オークの子供なんて助けても仕方がない。
俺は洞窟を出た。
「……」
子供が一人生き残っても害にはならないだろう。
俺は洞窟の中に戻って、持っていた干し肉の欠片を投げた。
オークの子供は干し肉にかぶりついた。
しかし、すぐに吐いてしまった。
衰弱し過ぎて、固形物を受け付けないのか。
「残念だったな」
オークの子供は悲しそうに俺を見つめた後、目を閉じた。
横たわるオークを残し、俺はバルゼリア城に向かった。
洞窟は奥深い森の中にある。
見つかりにくい場所を住処にしているのがオークらしい。
森の木々には様々な実がなっていた。
初めて見るバルゼリアの固有種もある。
「ん……これは」
モライの実は小さくて青くて一見、不味そうだ。
しかし、熱を通してジャム状にすれば、口当たりが途端に良くなる。
栄養価も高いので薬にも使われることもあるくらいだ。
だから、どうした?
俺には関係ない。
◆
「ったく、何を俺は行ったり来たりしてるんだ」
俺はモライの実を両手いっぱいに抱え、またオークの洞窟に戻ってきた。
オークの子供はまだ息をしている。
モライの実を地面に置き、焼け残った残骸の中から黒焦げの鍋を拾い上げた。
洞窟の前で鍋の焦げを落とし、火球の上に浮かばせる。
そこにモライの実を入れた。他に水分の多い果実も1つ。
モライの実がドロドロになるまで煮込んだら冷やす。
待つのが面倒だから氷結魔法で作った氷の皿に入れた。
「ほら」
モライのどろどろスープをオークの横に置いた。
「食えよ。思いっきり雑に作ったけど」
オークは動かない。
衰弱し過ぎたか。
「……仕方ねえな」
俺はスプーンでオークの口にスープを運んだ。
オークは少しずつ飲み込んでゆく。
「……おい……しい……」
弱々しい声。しかし、口元はわずかに微笑んでいた。
「美味しい……か」
俺は不思議な感覚に包まれていた。
それが何なのか分からず、オークの子供にスープを与え続けた。
全部飲み干す頃にはだいぶ顔色が良くなった。
「もう大丈夫だろ。じゃあ、俺は行くぞ。スープはまだ鍋に入ってるから勝手に飲め」
洞窟を出ようとすると、振り絞ったような声が聞こえた。
「ありがとう……お前……誰?」
オークは人語を操る。だが、子供はまだ不自由なんだろう。
大人に対して、「お前」はない。
「あのな……」
振り返るとオークの子供が立ち上がろうとしていた。
「わ、わ、立つな! 寝てろ!」
「……お前……誰?」
「俺は……バカな賢者だ。いいから寝てろ」
オークの子供が横になるのを確認して、俺は洞窟を出た。
ありがとう……か。
魔物を倒す度、何度も聞いてきた言葉だが、なぜだか、新鮮に感じた。
悪くない。
プロローグは今回で終了です!
次回、いよいよ屋台の旅に出発します!