30、クラーケン再び
クラーケンに襲われてから4日。
飲み水が無くなる度に船を停め、海水から真水を作った。
水はなんとかなりそうだが、食糧の目途は立たない。
釣り糸や網にも全く魚がかからず、乗員は空腹で弱っている。
「もう皆、限界だな」
「ああ、空腹の苛立ちで喧嘩も増えている」
ドルートと二人で頭を悩ますが、打開策は出ない。
水夫たちが引き上げた網には、また何もかかっていない。
「4日も魚が釣れないなんて初めてだぜ」
ドルートも苛立ちを隠せない。
「嵐よりも厄介だな」
雲一つない快晴。
海も荒れることがない。
それが4日続いている。
まさか、おだやかな海が嵐より船を追い詰めるとは。
「船長! 客が一人倒れました!」
水夫が自分もフラフラになりながら報告する。
衰弱で倒れる者も徐々に出てきた。
「ヨンデ到着はいつだ?」
「あと7日ってところだな」
「このままじゃ、着いた頃には幽霊船だ」
俺は船倉に戻った。
屋台の中でトンがぐったりしている。
「お腹空いたです……」
「食わせるものがない」
「ぶう……」
「下手すりゃ、お前が食われかねない状況だ」
「ぶひ!」
魚が獲れないのは想定外だ。
水さえ確保できれば何とかなると思っていた。
なぜ、魚が獲れない……。
魚がいない……?
「トン、何か臭いはしないか?」
「ぶう……海の臭いしかしないです」
トンの鼻は海ではきかないようだ。
「旦那! 嵐です!」
水夫が駆け込んできた。
俺は甲板に飛び出す。
前方の空に黒い雲が広がっている。
「嫌なタイミングで来やがる……」
ドルートが苦虫を噛み潰す。
今の水夫たちの体調で嵐を耐えるのは厳しい。
「あの様子じゃ通り過ぎるのも早い! 行くぞ、お前ら!」
「おおおお!」
立っているのもやっとの水夫たちが気合を入れる。
海の男のプライドだ。
「総員、配置につけ!」
嵐はあっと言う間に船を飲み込んだ。
「耐えろ! 耐えろ!」
嵐を乗り越えても待っているのは餓死。
それでも水夫たちは懸命に戦う。
ドゴォォン!
突然の衝撃!
水夫たちが吹き飛ぶ。
「なんだ!」
ドルートが起き上がりながら叫ぶ。
甲板に巨大なイカの足が乗り上げた。
「クラーケンだ!」
水夫が叫ぶ。
「やっぱり来やがったな……」
俺は揺れる甲板にしがみつきながらクラーケンの足を睨んだ。
「こいつ、ずっと船を追っていやがったんだ!」
「嵐を待ってたのか!」
俺たちの真横にクラーケンの頭が浮上した。
嵐の闇の中で見る姿は実におぞましい。
「消え失せろ、イカ野郎!」
ドルートが憎悪の目でクラーケンを睨みつけた。
「いや……よく来てくれたよ」
生死の境で俺はニヤけた。
「何言ってんだ、小僧!?」
「このクラーケンを……」
俺は冷気の矢を量産する。
「……食う!」
船体に巻き付いたクラーケンの足に大量の矢が刺さる。
足が凍り付き、クラーケンの頭がのたうち回った。
「お前ら、斧を足にぶっ刺せ!」
俺の号令で水夫たちが斧で襲い掛かった。
「ダメだ、旦那! 少ししか刺ささらねえ!」
「それでいい! そのまま足を押さえろ」
俺は氷結魔法を詠唱した。
絶対零度の冷球が練り上がる。
「っ!」
絶対零度の冷球をクラーケンの頭に飛ばす。
冷球は軌道上の雨を凍らせながらクラーケンにヒットした。
ゴオオオオ……。
悲鳴とも水の音ともつかない低い音がこだまする。
冷球のヒット点から氷結が広がっていく。
クラーケンの全身が凍り付くまで、さほど時間はかからなかった。
次に火球を練る。
絶対零度の塊と化したクラーケンは周囲の海も凍らせ始めている。
「ほいっ」
俺は練った火球をクラーケンに放り投げた。
火球が当たってもクラーケンは解けない。
解けるのではなく……。
「割れた……」
ドルートが目を丸くした。
凍ったクラーケンは急激な加熱により、割れる。
割れ目は細かく広がり、やがて頭が粉々になった。
残ったのは甲板を占拠するかのように乗り上げた足だけ。
「絶対に落とすなよ! そいつが飯だ!」
俺の怒声に水夫たちが反応する。
「おおおお!」
水夫たちが必死にクラーケンの足を押さえている。
「腹いっぱい食わせてやる! ふんばれ!」
「おおおぅおおお!」
「旦那! 期待しますぜぇぇぇ!」
暴風の中、食欲が水夫たちを支えていた。
「……よし、嵐を抜ける!」
ドルートが空を見て、叫ぶ。
風が収まり、嵐が去った。