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3、俺を置いて馬車が行く

「すいません。断られたのに来てしまいました」

「……要件は?」

「もうお会いできないと思いまして……」


 幼さと妖艶さが同居する踊り子は寂しそうに笑った。


「……ごめんなさい! 帰ります! 賢者様には恋人がいらっしゃるのに……」

「恋人か……」


 廊下の先から人の声がした。こちらにやって来るようだ。


「あ、見つかったら怒られちゃう! 失礼いたしました!」


 踊り子は去ろうとしたが、遅かった。城の法官らしき数人が廊下を曲がって現れた。

 俺は咄嗟に踊り子を部屋に入れ、ドアを閉めた。


 ドアの前を法官たちが通り過ぎていく。

 気づくと踊り子は俺にしがみついていた。


「あ……」

「あ! 私ったら!」


 お互い体を離す。

 

「申し訳ございません! 賢者様に馴れ馴れしくするだけでもいけないのに、ましてや恋人がいらっしゃるのに……」

「恋人なんていねえよ」


 セリアから突きつけられた現実を受け入れさせたのは、踊り子への下心かもしれない。


 目の前の踊り子は、今すぐにでも俺の言う通りになる。

 セリアに強制的に止められた欲望はまだおさまっていない。


 俺は踊り子の両肩を掴んだ。そして……


「もう見つからないだろ。帰れ」

「……賢者……様?」

「ここに来たことは誰にも言わねえから」

「私……そんなに魅力無いですか?」

「アホか。そういうことじゃねえ」


 踊り子は諦めたように廊下に戻った。

 

「賢者様……本当に申し訳ございません」


 ドアが閉まり、静寂が訪れた。

 俺はどっと疲れて、ベッドに座り込んだ。


 踊り子に女としての魅力が欠けていたわけじゃない。

 まだ向き合うべきことがあるからだ。



         ◆


 翌朝。

 群衆の声援で目が覚めた。

 窓の外を見ると、城門を出ようとする馬車を群衆が見送っていた。


 あの馬車は……!


「嘘だろ!」


 俺は部屋を飛び出し、その勢いのまま城も出た。

 馬車は城門を抜け、街道に差し掛かっていた。


「セリア!」


 俺は走りながら叫んだ。息切れで声が裏返った。

 体力には自信がない。

 馬車が止まらないなら馬でもドラゴンでも何でも召喚して追ってやる。


 だが、馬車は止まった。

 俺はヨタヨタと追いついた。


「……黙って出発か?」


 馬車に皮肉をぶつける。

 セリアが一人、馬車を降りた。


「もう伝えたでしょ?」

「誤解を解く時間くらいくれよ」

「誤解なんてないと思うけど」

「俺がワンマンに走ったのは……」

「私たちのためだって言うの?」

「……違う」


 お前たち(・・)のためじゃない。お前のためだ。


「ありがとう。感謝してる。おかげで魔王も倒せた。でも……だから、これでおしまい」

「また次の魔王が現れたら、どうする?」


 世界を救うのは遊びじゃない。

 俺がいるに越したことはないはずだ。


「ご安心ください」


 俺の自信と期待をかき消したのは、あの爽やかな声だった。

 カレームが馬車から降りてくる。

 

「……お前が何でここにいるんだ?」

「微力ながら私がセリア様のパーティをお守りします」

「セリア……俺の代わりにコイツを入れるってのか?」


 俺はうつむいているセリアに詰め寄った。


「……彼は優秀よ」

「俺の足元にも及ばないだろ! なんで、賢者が必要なのに、わざわざ弱い奴に代える!? 勇者のプライドか?」

「そうじゃない……」

 

 セリアは唇を噛んでいる。


「じゃあ、なんだ! 勇者なら己のプライドなんかより世界を救うことを第一に考えろよ!」

「ソーヤといると、私は強くなれない!」

「……!」


 返す言葉を思いつかなかった。

 セリアにとって俺は邪魔な存在になっていたのか……。


「……だから……年下のイケメン賢者に乗り換えるってか?」


 苦し紛れに放った言葉は最低だった。

 バレリーの言った通りだ。俺はバカ賢者だ。

 同じ別れでも、こんな別れ方は嫌だ。取り消そう。


 しかし、その前にセリアの返答が俺を絶句させた。


「……よくそんな事言えるわね。さっそく踊り子に手を出したくせに」


 どういうことだ? 

 昨夜は誰にも見られていないはずだ。


 セリアの背後でカレームが勝ち誇ったように微笑んでいる。

 

 まさか……。


 最後に見た踊り子の姿を思い出す。「賢者様……本当に申し訳ございません」。

 あれは部屋を訪れたことへの謝罪ではなかったのだ。


「カレーム、お前、俺を嵌めたのか……」

「失礼ながら意味を分かりかねます。私が大賢者様を欺くことなどできるわけがございません」


 カレームは声色こそ神妙だが、もはや顔は敵意を隠していなかった。


「セリア……違う。俺は何もしていない」

「そんなことはどうでも良いの。私はもうソーヤに頼らない」


 そう言うと、セリアは馬車のステップに足をかけた。


 何を言えばいい? 

 どうすれば、この状況を引っくり返せる?

 無限図書館にもその解はない。


「ご安心ください。セリア様は私が命に代えてもお守りします。あ、もちろん、私の力など知れていますので、皆さまに助けられることも多いと思いますが」


 だから、自分こそがセリアのパーティにふさわしい。

 そう言いたいのか。


 お前の野望は分かった。

 セリアを守る気などないことも。

 欲しいのは、名声か金か。


「それでは失礼します。大賢者様」

「……させるかぁぁぁぁ!」


 キレた。

 同時に冷気の矢がカレームに発射される。

 そのニヤけ面ごと凍らせてやる。


 しかし、冷気の矢はカレームの面前で勢いを落とした。


 俺の魔法を抑えている? ザコ賢者が?

 昨日はまだ爪を隠していたとでも言うのか?


 困惑は次の瞬間、悲しみに変わった。

 スピードが落ちた冷気の矢をセリアが剣で止めたのだ。


「馬鹿! やめろ!」


 俺が言い終わる前にセリアの剣は凍り付き、腕までも氷に包まれた。


「あああっ!」


 セリアの悲鳴を聞き、馬車からパーティーの面々が飛び降りる。

 そして、俺に向かい戦闘態勢を取った。


「なんだよ……これ……」


 昨日まで一緒に戦っていた仲間が俺を敵とみなしている。


「セリア様!」


 カレームは凍ったセリアの腕をつかみ、凍傷治癒魔法を使った。

 セリアの腕が回復する。


「ソーヤ様であってもセリア様を傷つけるのは許せません!」


 カレームは氷結魔法を短く詠唱し、俺が放ったのよりも大きい冷気の矢を飛ばしてきた。


「あてつけか!」


 俺はその矢を叩き落とす。地面が凍った。


「私はこのパーティを守る!」


 今度は火球だ。大きさこそ並だが、同時に数十の球を投げてきた。

 話にならない。全て凍らせる。

 火球は蒸気となって相殺された。


 だが、この戦いに勝利はない。

 カレームを殺しても俺はパーティに戻れない。


 俺から戦意が消えていることに気づいたのか、カレームは意気揚々と次の魔法を詠唱しはじめた。


 食らってみるか……。

 もう、どうでも良い。


「やめな」


 カレームを止めたのはバレリーだった。


「……しかし、バレリー様。気を抜くと、こちらがやられます」


 カレームが不本意そうな顔をする。


「こいつはバカだ。だが、ウチらを傷つけるほどバカじゃない。やり方は気に入らないが、いつだってウチらが傷つかないよう守ってきたんだ」


 沈黙。


「それでも、ソーヤ。お前と旅をするのは、もうゴメンだ。帰ってくれ」


 そう言って、バレリーは馬車に戻った。他のメンバーも続く。

 最後に乗り口に立ったセリアが振り返った。

 俺を見つめる目に感情はこもっていなかった。


「これからアングレムに帰ります。ソーヤは後から来るか、違うルートで帰ってください」


 セリアが乗り込むと馬車が発進した。

 俺は黙って見ていることしかできなかった。


 アングレム。俺とセリアの故郷。

 あれだけ帰る日を楽しみにしていた故郷が遥か遠く感じた。



次回でプロローグ終了です。

物語が動き出しますので、お付き合いよろしくお願い致します!

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