29、飲み水の大量作成
クラーケンの襲撃により飲料と食糧が流された。
残ったのは屋台に積んであったトン用の水と氷のみ。
乗員数を考えると1日もてば良い方だ。
「食糧よりも水の確保が優先だが……」
食べ物と水。
絶たれた時にどちらが生死に関わるかといえば断然水だ。
人は水分無くして3日も生きられない。
「雨でも降ってくれれば良いんだが期待はできん」
ドルートがため息をつく。
「賢者でも雨を降らせるのは無理だろう?」
「雲が出ていれば可能だが……」
あいにく、こんな時に限って雲一つない快晴だ。
「広範囲の天候を変えたり、海を全部凍らせたりなんてのは魔法の域を超える」
「こんだけ水に囲まれて、脱水で死ぬなんて馬鹿らしいぜ」
ドルートの言葉が引っかかった。
「……待て。海を凍らせれば……」
「今それはできないって言っただろう」
「海全てを凍らすのは無理だ。だが、一部ならできる」
「凍らせてどうする? 海水は飲めんぞ」
「……皆を集めてくれ」
ドルートが水夫を集めた。
パニックにならないよう静かに事態を告げる。
「重大な報せがある。酒が全て流された」
「……なんだって!?」
「どうなるんです!?」
「あと1日分の水しかない」
「それじゃあ……死ぬしかねえよ!」
水夫たちに動揺が広がる。
皆、水が無くなる恐ろしさを知っているのだ。
「俺が水を作る」
水夫たちが黙った。
「賢者の旦那が?」
「皆にも協力してもらうぞ」
「もちろんでさあ! なんでも言ってくれ!」
「まず、船を停めろ。そして、帆をはずしてくれ」
「帆をはずす?」
水夫たちの動きは迅速だった。
錨を下ろし、帆をマストからはずした。
「ボートを二艘出してくれ」
「へい!」
「それぞれのボートでマストの角を持ち、船の横につけろ」
「へい!」
小型ボートを海に降ろし、船の甲板からマストを引っ張った。
船とボートの間にマストが広がる。
海の上にマストで屋根を作った。
「よし、そのまま待機だ!」
「へい!」
「少し激しいのが行くぞ。マストを放すなよ!」
「へい!」
ボートに乗る船員たちのマストを持つ手に力が入る。
俺は炎焼魔法を詠唱し、大きな火球を練った。
それを帆の下の海中へ沈める。
「うわわわわ!」
火球の周りの海が沸騰し、爆発的に水蒸気を生んだ。
立ち昇った水蒸気は帆に当たり、水滴となる。
次に俺は海の一部を凍らせ、大きなタライを作った。
重力渦も生み、氷タライをマストの下に引き込む。
水蒸気を浴び続ける帆には大量の水滴がつく。
水滴が大きくなると帆を伝って、タライにしたたり落ちる。
「ぐわあぁっ! これはきつい!」
ボートの水夫たちが悲鳴を上げる。
周辺は灼熱と湿気で覆われ、息をするのも苦しいだろう。
だが、一番しんどいのは俺だ。
海中の火球を練り続け、氷タライも氷結させ続ける。
おまけに重力渦もキープしなければならない。
水でいっぱいになった巨大な氷タライを船に上げる。
それをタライが5つになるまで繰り返した。
甲板でぐったりしている俺をよそに水夫と乗客たちは大喝采。
「旦那! あれだけありゃ、しばらく水の心配はねえ!」
「さすがは魔王と私を倒し……」
もういいよ、お前は。
「よくやったな」
ボートから戻った水夫を介抱しながらドルートが俺に声をかけた。
「はじめて、お前を賢者だと思ったぜ」
「……おい。その水は……」
「なんだ?」
「まず……俺に飲ませろ」
べらぼうに喉が渇いた。