26、ネズミ穴
出航後、俺は船倉に戻った。
屋台と食糧で満載になっている。
「バカ賢者様、外に出ても良いです?」
屋台の中からトンがささやく。
ずっと屋台の中に押し込んでおくのも酷か。
「そうだな。飯時まで誰も来ないだろう」
俺はトンを外に出した。
トンは背伸びをした後、周りをキョロキョロと見回した。
「これ全部食べ物です?」
「そうだ。保存食と酒だ」
「お酒? お水はないです?」
「水は腐るからな。船での飲み物はビールとワインだ」
「……ぶう」
「数日分の水は屋台に積んでる」
「ぶひ!」
「魔法で凍らせた氷もある。到着までもつはずだ」
「良かったです!」
ギイイ。
「!」
船倉の扉が開き、水夫が入ってきた。
「……あれ? 旦那、何してるんで?」
咄嗟にトンを屋台の陰に隠した。
「一応、料理長だからな。食糧の点検だ」
「ああ、そうですかい」
「お前は何の用だ?」
「へへ……その……喉が渇いたもんで」
「酒か?」
「へい」
「まだ出航したばかりだろ。先は長いんだ。我慢しろ」
「へぇい……意外にきっちりしてんだなあ」
水夫が残念そうに船倉を出て行った。
出航早々これだ。
油断できないな。
「トン、いつ人が来るか分からない。気を抜くなよ」
「ぶひ」
それに……料理長としても気を付けないと。
水夫は皆、大酒飲みだ。
ヨンデまで12日。
ガバガバ飲ませていては、すぐに尽きてしまう。
飲み物が尽きたら……船上は地獄絵図になる。
タタタタ!
また物音がした。
しかし、今度は人間ではない。
トンの足元をネズミの集団が走り抜けた。
「ぶひぃぃ!」
トンが飛び上がる。
「ネズミだよ」
「こわいです……」
「オークがネズミ怖がってどうすんだ」
「だって、いっぱいいるです」
船倉はネズミの巣とも言っていい。
常に食糧を狙っている。
「ネズミに水夫に……まったく食いしん坊だらけだな」
とりあえず、ネズミから何とかしよう。
俺は小さな火球を作り、あちこちに飛ばした。
ネズミは板の切れ間から船倉を出て行った。
「あそこか」
ネズミ穴を氷結させる。
「これで当分出てこないだろう」
「やったです! ありがとうです!」
「ネズミで食糧が消えたら馬鹿らしいからな」
船倉の天井や床からネズミの走り回る音がする。
「まだいっぱいいるです。心配です……」
「船倉に入らせなきゃ大丈夫だ」
「もう穴はないです?」
「たぶんな」
俺は怯えるトンを屋台に戻し、甲板に出た。
何やら騒がしい。
「ふざけるな! 俺を誰だと思っている」
水夫と乗客がもめている。
「お前の出番らしいぞ」
ドルートがニヤニヤしながら俺を見ていた。