20、定期船を救え!
ヨンデ大陸から帰ってきた定期船は原型を留めていなかった。
3本あるはずのマストが1本しか見えない。
「メインマストが折れてる……」
トルテが睨むように船を見つめている。
「海流がこっち向きだから良かったけど、じゃなきゃ漂流してたよ」
帆を張る柱であるマストが折れては風を受けられない。
帆船にとって、それは死を意味する。
かろうじて海流に救われたのだ。
だが、あの様子では無事たどり着けるか分からない。
「がんばれ……」
トルテが呟く。
軽口で誤魔化していても彼女にとって船は特別な存在なのだ。
「あの辺りからは海流も無くなるぞ」
水夫たちが愕然としている。
「風を受ける帆は死んでるし……」
「止まったら、流されちまうよ!」
今、船は完全に操舵不能だろう。
「こっちでコントロールするしかねえな」
「コントロール……こっちで?」
トルテはピンと来ていないようだ。
離れた船をコントロールするには……。
強風を吹かせるか……?
ダメだ。受ける帆がない。
そうなると……。
「くそっ、あまりやりたくねえが……」
俺は重力魔法を詠唱する。
あの巨体を引き付けるほどの重力。
それを長時間発生させるのは、さすがにしんどい。
詠唱でもしないと。
俺は重力渦を複数重ねた。
暗黒の渦が大きくなり、引力を増す。
それを定期船まで飛ばす。
船が重力渦に引かれ始めた。
「船が動き出した!」
トルテが叫んだ。
港に集まった水夫たちも歓喜する。
「くうぅぅ! やっぱきついぜ!」
疲れる。
疲れる……が、やるしかない。
俺は少しずつ重力渦を陸に近づけた。
船も追随する。
そして、とうとう着岸した。
船の乗組員が泣いて喜んでいる。
「助かった……」
「もうダメかと思ったぜ!」
生還した乗組員たちに話を聞いた。
往路でのダメージも大きかった。
それでも水夫たちは何とか耐え、ヨンデに到着した。
しかし、復路で嵐に巻き込まれ、マストが折れた。
甲板に置いた予備のマストも流されたという。
以来、半ば漂流するように帰ってきたのだ。
もし、往路で嵐に遭っていたら沈没していただろう。
運が良いのか、悪いのか……。
「マストが2本も……」
船の帰還を喜ぶ間もなく、トルテは新たな問題に直面していた。
マストの折れた船は海に出られない。
「修理するんだろ?」
セリアたちの無事を知り、ほっとしつつ俺はトルテに尋ねた。
すると、トルテが力なく首を振った。
「……資材がないの」
船の建造は莫大な金がかかる。
修理だって相当だ。
特にマストは太くて長い一本木であることが必須。
その資材はかなりの金額になる。
「魔王がいなくなって、これから稼ぎ時だったっていうのに……」
「船が出せないとなると……」
「バルゼリアは孤立しちゃう」
バルゼリアは長らく魔王の影響で死の大地だった。
作物が育ちにくく、ヨンデとの通商無くしては成り立たない。
特に医療品の多くをヨンデに依存していた。
ヨンデとの定期便が止まるのは人々の生死にかかわる。
「ソーヤ様……どうしよう……」
こんなに暗い顔のトルテを見たのは初めてだ。
「この船は30年も使ってる。いつかこうなると分かってたのに、どうしようもできなかった……」
「ヨンデの船会社は動かないのか?」
「……あっちはバルゼリアと繋がるメリットがあまりないからね」
トルテはすっかり気落ちしている。
俺はトルテの頭をわしゃわしゃした。
あ……つい……トンにやる感覚でやってしまった。
「……賢者様?」
トルテの顔が赤い。
怒ってはいないようだ。
「ヨンデの方が期待できないなら決まりだろ」
「……決まりって?」
「直すんだよ。あの船を」
「でも、資材が……」
「俺を誰だと思ってる!?」
「そ、それじゃ……ソーヤ様〜!」
トルテがまとわりついてきた。
いつもの調子が戻ったようで何より。
「さて、まずは船の体調診断と行くか」
俺はいつ沈没するか分からない定期船に乗り込んだ。