2、やけ酒と魔法合戦
どうやって大広間に帰ったか覚えていない。
気づくと隅で酒をあおっていた。
他のパーティメンバーの姿はない。
みんな、部屋に戻ったのか。みんな、知っているのか、俺の解雇を?
「ああ、ソーヤ殿。お戻りになられたんですね」
泥酔した宰相が近寄ってきた。相手をする気分なわけがない。
「ソーヤ殿に是非、会っていただきたい者がいるのですが……」
俺は返事をしなかったが、宰相は気にせず、一人の若い男を紹介した。
「賢者のカレームです。我が国で修行しております」
「はじめまして。カレームと申します。大賢者様にお会いできて光栄です」
賢者カレーム。俺より三、四歳ほど若いように見える。まだ十代だろうか。
「この者はまだ若いのに大した実力でしてな。もし、貴殿らのパーティの到着がもっと遅ければ、この者が魔王に挑むことになっておりました」
「そっすか。それは残念でしたね」
知るか。本当にどうでもいい。
「残念などととんでもない! この者が魔王を倒せたとは限りません。貴殿らの……」
「大賢者様」
カレームが宰相に割って入った。
「よろしければ、後学のために、大賢者様の御力をお見せいただけませんでしょうか?」
「こら、カレーム。不躾だぞ!」
「……大賢者なんて呼ばれる年齢じゃねえよ。現役バリバリだ! 下の方もな! くそ!」
突然大声を出したので、周囲の人間が驚いたように、こちらを見た。
「失礼しました。ソーヤ様、魔王を倒した御力、お見せいただけませんでしょうか?」
「……どうして、俺が倒したって思うんだよ? 勇者がとどめを刺したかもしれないだろ」
「恐縮ですが、賢者の末席にいる者として、おおよその察しはつきます」
そう言って、カレームは爽やかに微笑んだ。
まあ、さっき酔った勢いで散々自慢したから、なんとなく感づく奴がいてもおかしくないか。
「断る。面倒くさい。そんなことをしてやる義理がない。爽やかイケメンは気に入らない。好きな理由で納得しろ」
「……失礼します」
ったく。イケメンは甘やかされて育ってるから遠慮を知らない。
「……ん? ああ!? お前に何してんだ!?」
横でカレームが火球を練り上げていた。それも特大炎上魔法を凝縮したものを。
「お前! 城ごと吹っ飛ばす気か!?」
「カ、カレーム! お前!」
慌てたのは宰相だけではない。大広間にいた人間は王も含め、全員、驚愕の表情でカレームの火球を見ている。
「……誠に申し訳ございません。私自身ももはや制御できないほど魔力を注入しています。ソーヤ様、何卒!」
カレームの両手の間で火球が今にも破裂しそうに振動していた。
こいつ!
こんなに溜め込んだ火球は氷結魔法でも相殺できない。詠唱で魔力増幅する時間もない。
どうする?
俺は「無限図書館」を開いた。
俺が無双できる理由。それは読み取った文書を無限に頭に入れられる、この賢術による。
本や文書に触れるだけで、その内容を頭の中の書庫にしまい、いつでも取り出し、確認できる。
だから、「記憶」の作業を要する普通の賢者とは異次元レベルで魔法を多く習得でき、その活用法も古今東西の事例と共に身に着けられている。
無限図書館を開き、最も手っ取り早い方法を検索する。
……この方法でいいか。
俺は重力魔法を発動した。
地面に敵を圧し付け、つぶすのが一般的な使い方だが、重力の方向を内向きにする。
そうして生まれた重力の渦を分身魔法でコピー。同じ地点にコピーを重ねる。
極密度となった暗黒の重力集合点は人の頭ほどの大きさになり、周囲の物を吸い込み始めた。
宰相は引き込まれないよう宴卓にしがみついている。
さて、宰相を消してしまう前にカレームの火球に移動させよう。
火球が暗黒点の中に消えた。
重力を解放する。
中心に引っ張っていた強烈な力が消え、反動で外側への衝撃波が起きた。
「うぐっ!」
吹き飛んだカレームは壁に背中を打ちつけ、もう一度うめき声を上げる。
「火球が消えた……」
宰相が目を丸くしている。
「いや、消えていない。移動させただけだ」
その直後、夜にも関わらず、外が明るくなった。少し遅れて爆音。
王や宰相が大広間の窓に駆け寄る。
俺も窓から見える魔王城に目をやった。
爆炎が立ち込めている。
ほぼほぼ計算通りだ。
「重力魔法で空間転送……はじめて見ました」
痛みをこらえながらカレームが不敵に笑った。
「見事だ。さすがは魔王を倒したパーティの一員だな」
感嘆する王の横で、宰相が顔を真っ赤にしていた。
「カレーム! 貴様! 自分のしたことが分かっておるのか!?」
「はい。処分は何なりと受けます」
大広間は食べ物や家具が散乱し、もはや宴会どころではなくなっていた。
「ふふふ、我が国一の賢者も完敗だな。ソーヤ殿、王として改めて感謝を伝える。好きなだけ滞在してくれ。望むものは何でも贈呈しよう」
王は愉快そうに笑うと、大広間を出て行った。
望むものは何でもか……。じゃあ、セリアを説得してくれ。
そう口まで出かかったが、無駄なことは分かっていた。
「ソーヤ様、大変失礼いたしました。でも、どうしても拝見したかったのです」
カレームが神妙な顔で頭を下げてきた。
「お前もあそこまでの火球を練るなんて、大した実力じゃないか。……なんて言うと思ったか!? 消えろ! お前のせいで酔いが覚めただろうが!」
「申し訳ございませんでした」
カレームは最後まで笑顔を絶やさず、早足で広間を出て行った。
「あ~あ、部屋で飲み直すか」
俺は葡萄酒の瓶を持ち、廊下へ出た。
自分の客室に向かう途中、バレリーの部屋の前を通った。
「……聞いてみるか」
ドアをノックする。
「バレリー。俺だ」
返事は無かった。いないのか。会いたくないのか。
諦めて、立ち去ろうとすると、背後でドアの開く音がし、下着姿のバレリーが半身を出した。
「バレリー、聞きたいことがある」
バレリーはドアを開けっぱなしにして、部屋の中へ消えた。
俺も後に続いて入り、ドアを閉める。
女戦士の体は引き締まっていた。
バレリーの下着姿を見ても、あまり驚かない。普段から露出の多い装備をしているからだ。「戦士はハッタリも大事なの」と初めて出会ったときに言っていた。
「俺のこと聞いたか?」
サバサバし過ぎているくらいのバレリーなら教えてくれると期待していた。
「最後までバカ賢者のままだったか……」
バカ賢者。この矛盾したあだ名を俺に付けたのはバレリーだった。
「どういうことだよ?」
「物覚えはスゴイのに、なんで頭は悪いの? あんた、私達の気持ち少しは理解してた?」
「お前らの気持ち?」
「……あんたの解雇はセリアの一存じゃない。パーティの総意だよ」
「……お前ら全員の?」
「あんたとはもう旅はできない。こっちにもプライドがあるんだ……」
俺は黙ってバレリーの部屋を出た。
仲間たちのプライドを傷つけた心当たりはある。いや、心当たりだらけだ。
正直、旅の後半はセリアやバレリー達の出る幕が全く無かった。
セリアとの関係を急いだ俺が瞬殺を繰り返したからだ。
だが、それだって魔王を倒す目的には沿っていたじゃないか。
客室に戻ると廊下から踊り子たちの笑い声が聞こえた。
昔は、あんな風にみんなで笑い合ったなあ……。
俺以外、全員女性というパーティ。ちょっとしたハーレムだと浮かれたときもあった。
とんとん……。
弱々しくドアをノックする音がした。
「セリア!?」
俺は直感した。
彼女だって分かっているはずだ。パーティには今後も俺が必要なんだ。
ドアを開けると、宴会で酒を注いできた踊り子が立っていた。
上目使いで俺を見る表情は、妖艶さを増していた。