19、船が沈んだら結婚しましょう
船会社の若いオーナー・トルテがまとわりついてくる。
「この前、勇者様一行が来たとき〜、ソーヤ様がいなかったから〜」
「死んだと思ったのか?」
「はい〜、セリア様に聞いてもはぐらかされたんで〜」
俺もはぐらかしたい。
解雇されたなんて言えるか。
「新しい賢者様もいたから〜、私てっきり〜」
「ちゃんと生きてるよ」
「良かった〜」
「次の出発はいつだ?」
「……それが〜」
トルテはがっくりと肩を落とした。
「この前、出航したっきり船が戻ってきてないんです〜」
「セリア達を乗せた船が?」
「はい〜」
バルゼリア大陸周辺の海域は常に天候が悪い。
モンスターもうじゃうじゃ出る。
「向こうに到着はしているのか?」
「分かりませ〜ん。船が戻ってくれば無事ってことです〜」
出航した船の安否は戻ってこないと分からないということか。
「船が戻る予定はいつだ?」
「それが〜」
トルテはまた肩を落とした。
「ホントはとっくに戻ってるはずなんです〜」
バルゼリア周辺は海流と風の向きがほぼ一方向。
だから往復でかかる日数が異なる。
たしか、ヨンデから来るときは5日かかった。
「往復で20日の予定なんですが〜もう3日もオーバーしてて〜」
ここからヨンデに向かう方が遥かに厳しく危険だ。
セリア達は無事なのだろうか。
「せっかく魔王がいなくなって旅人も増えそうなのに〜」
トルテは商売の方が心配らしい。
「船が沈んじゃってたらどうしよう〜」
それは俺も非常に困る。
大陸を渡る術が無くなってしまう。
「そうだ〜!」
トルテがしがみついてきた。
「ソーヤ様のお嫁さんにしてもらおう〜」
「どうして、そうなる?」
「だって〜、ソーヤ様、セリア様と別れたんでしょ〜」
「お前……俺たちのこと気づいてたのか?」
「そりゃ、見ればわかりますよ〜! 恋人同士ってことぐらい〜」
色んな旅人を見てきた眼力。
侮れん。
「でも、別れたんですよね〜」
「……セリアが言ってたのか?」
「い〜え〜、でも、話した感じで分かりました〜」
「何を言っていた?」
「気になります〜?」
殴りたい。
でも、気になっている……のか?
俺は?
吹っ切れたつもりだったが。
「いや、どうしてもというわけじゃない」
「照れてる〜!」
ため息をつく。
が、トルテは気にしていないようだ。
「でも、大丈夫〜! 私が結婚してあげる〜!」
「だから、なぜ、そうなる」
「賢者様と一緒なら楽しそうだし〜苦労しなさそうだし〜」
後の方が本音だな。
「私、こう見えて尽くすタイプですよ〜」
「ふうん」
「顔もセリア様よりかわいいでしょ〜」
それはない。
「悪いな。俺は何としても向こうに渡る」
「でも〜、船が来ないと〜」
「お前だって船が何より大事だろ」
「……さすが、ソーヤ様〜私をよく知ってる〜」
「みんな知ってるっつーの」
「トルテ! 船が帰って来たぞ!」
水夫が飛び込んできた。
「よし! みんなを集めるんだ!」
トルテの顔つきが変わった。
今までのねっとりした話し方が嘘のようだ。
「ソーヤ様! 結婚の話は後で!」
「しなくていい!」
俺はトルテと一緒に船着き場に向かった。
すでに水夫たちが集まっている。
海の向こうに船影が見えた。
トルテは持っていた望遠鏡を覗く。
「ちっ、やっぱりか!」
悔しそうに歯を食いしばっている。
「見せろ」
俺はトルテから望遠鏡を受け取り、覗く。
帰ってきた定期船は今にも沈みそうなほどボロボロだった。