17、魔王殺しの告白
「本当です? バカ賢者が魔王様を……?」
屋台の窓から覗くトンの目は濡れているようだった。
魔王はトンたちオークや魔物に加護を与えていた。
言わば親のような存在。
それを俺たち勇者一行が倒した。
いや……俺が殺した。
「本当です……? バカ賢者様……」
トンにはまだ話していなかった。
が、さっきの会話で聞かれてしまった。
「トン……それはな……」
「賢者様! ありがとうございました!」
治療してやった水夫が通り過ぎた。
トンは慌てて窓を閉めた。
「……」
俺は何も答えられず、御者席に戻った。
屋台は港に入った。
荷台のトンは一言も発していない。
俺は岸壁の手前で屋台を停めた。
目の前の海は荒れている。
魔王がいなくなっても、それは変わらない。
「トン……」
荷台の中に声をかける。
返事はない。
耳をつけると、トンのすすり泣きが聞こえた。
最悪のタイミングだ。
魔王を殺した俺とトンは旅を続けないだろう。
それはいい。
だが、ここにトンを置いてはいけない。
この大陸にいては、人間に見つかり次第殺される。
オークへの恐怖や憎しみが薄れる他の大陸に連れて行かないと。
「……」
そうだろうか?
他の大陸に行っても幼いトンが独りで生きられるとは思えない。
そもそも、この大陸を出るという考えが間違っているのでは。
では、どうすればいい?
「……そうだな」
これしかない。
俺は荷台の中にもう一度声をかける。
「トン……この辺にオークの住処はあるか?」
「……どうしてです?」
トンが涙声で聞き返す。
「知らなくても臭いで分かったりしないのか?」
「どうしてです?」
「……お前、そこに行った方が良いんじゃねえか」
トンは黙った。
初めから、そうすべきだった。
オークの住処に近づけば戦闘は避けられないだろう。
だが、遠くからトンを送り出せば何とかなるはずだ。
「どうしてです?」
なぜか、トンはまた聞き返した。
「どうしてって……俺とはいられねえだろ」
「どうしてです?」
「……だから、魔王を殺した俺と旅なんかできないだろっての!」
「……どうしてです?」
ちょっとイラっとした。
「バカ賢者様もトンがお荷物になったです?」
何を言ってるんだ?
「そうじゃなくて、お前が嫌だろう! 魔王を殺した俺なんか!」
「どうしてです?」
こいつ……。
「トンは魔王様が好きでした」
「……だろ」
「トンはバカ賢者様も好きです」
「……!」
トンはもう泣いていなかった。
「魔王様と人間の仲が悪いのは知ってるです」
「……」
「オークも人間を殺すです。人間もオークを殺すです」
「トン……」
「魔王様が死んで悲しいです。でも、トンはバカ賢者様と一緒にいたいです」
なぜだ。
たかがオークの子供だ。
なのに、なぜ胸が熱い……。
俺は御者席に乗り、屋台のカウンターを海に向けた。
「……じゃあ、よく見ておけ!」
俺はカウンターを開く。
背を向けて、うつむいていたトンが振り向いた。
「ぶひぃぃぃぃ……」
カウンター越しで間近に見る初めての海。
トンは息を飲んだ。
「これから俺たちが出る海だ! 覚悟しろ!」
「ぶひ!」
その後、しばらく俺はトンと一緒に海を眺めた。