16、港町での騒動
「バカ賢者様、次はどこに向かうです?」
「港町のシビディだ」
「ぶひ! う……海です?」
トンが興奮している。
野宿を続け、屋台はバルゼリア大陸の南端に迫っていた。
「海は初めてです! 泳ぐです?」
「泳がねえよ。バルゼリアの海流は荒いんだ」
「そんな危ないところ行くです?」
膝の上のトンが不安な目で俺を見上げた。
「この大陸にいる間はお前が狙われ続けるからな」
オークの生息地はほとんどがバルゼリア大陸に集中している。
だから、他の大陸では、あまり馴染みがない。
もちろん、悪名は世界的だから恐れられてはいるが。
それでも他の大陸では今ほど周りの目を気にせずに済むだろう。
「なるべく早く別の大陸に渡る」
「お船でです?」」
「そうだ。ちょうど定期船があれば良いんだが」
「あ!」
トンが前方を指さした。
丘を越え、目の前に海が広がった。
港町シビディも見える。
「どこまでも海です! 他に何もないです!」
「見えないだけで遠くにあるんだよ。いくつも大陸が」
「ぶひ〜!」
港町に着くまでトンの興奮は覚めなかった。
どころか、近づくにつれテンションが上がっている。
「ほら、荷台に隠れろ」
「ぶひ」
トンは慣れたように俺の頭にのぼり、屋根伝いで荷台に入った。
港町シビディ。
唯一、他の大陸と行き来できる場所。
セリアたちもここから海を渡ったはずだ。
町の大通りを通って、港へ行く。
「どこから来なすった?」
途中で汚い老人に声をかけられた。
「奇妙な馬車だな?」
「屋台だよ」
「屋台って飯を食わせる?」
「そうだ」
老人は物珍しそうに付いてくる。
屋台は目を引くらしい。
「魚料理かい?」
「決めていない。その土地の食材を使う」
「ふうん……あんた前に会ったことないか?」
「隣の大陸からここに来た時に見かけたんじゃねえのか」
「そうだったかのう……」
「もういいか? 港に行くんだ」
「……あ! そうじゃ!」
老人が急に俺の足をつかんだ。
「危ねえぞ!」
「あなた様は勇者様の一行にいた?」
「……」
「やっぱりそうじゃ! 賢者様じゃ!」
「賢者様だって?」
老人の大声を聞いた周囲の人々も寄ってきた。
屋台の前にも集まってきたので、渋々停めた。
「間違いねえ! ワシは前に見たんじゃ!」
「魔王を倒してくださった賢者様!? 賢そうには見えんが」
「うるせえ! 俺が一人で倒したんだよ!」
ついつい言ってしまった。
「おおお! 本物か!」
「賢者様、お願いがございます! ワシの脚を!」
「脚?」
見ると、汚い老人の脚は青く腫れあがっていた。
「昨日、毒蛇に噛まれまして、毒消しを頼めんじゃろうか」
「……わかったよ」
俺は降りて、老人の脚に治癒魔法をかけた。
「おおお! よくなった! さすが賢者様じゃ!」
「賢者様! オレの腕も見てくれ!」
「私の肩も!」
人々は次々に治癒や回復魔法をねだってきた。
見得を切った手前、断ることもできない。
集まってきた全員を治療した。
「ありがとうごぜえやした!」
「最近、向こうから物資が届かなくて、薬も無かったんです!」
「……ニキビや肩こりまで治療させられたが……」
「とにかく賢者様! ありがとうごぜえました!」
……賢者であることは言わないようにしよう。
目立つと、ろくなことが無い。
「……ん?」
嵐のような出来事だったが……。
とても重大なミスをした気がするぞ。
「バカ賢者様……」
荷台からトンの声がした。
「バカ賢者様が魔王様を……?」