14、屋台が消えた!
「オークだって……?」
女将が固まっている。
「2階の窓からオークが顔を出してたんだ!」
農夫の一人が声を上げた。
トンの奴……あれほど言ったのに。
「まさかと思って、モヘイと部屋を開けてみたらオークのガキがいやがった!」
「賢者様……オラ……」
モヘイが混乱している。
「賢者様……あんたは関係ないんだろ?」
女将も戸惑いを隠せない。
「……いや、あのオークは俺の連れだ」
群衆がどよめいた。
「どういうつもりだ!」
「町にオークを入れるなんて!」
次々と怒声が飛んでくる。
「あんた、本当に賢者様か!?」
「違うんだろ! 賢者様がオークなんかとつるむか!」
「やっぱり、あのまま殺せば良かったんだ!」
「そうだ。もう一度行くぞ!」
農夫たちの殺気は凄まじい。
……部屋を開けたということは。
「トン!」
叫んだが、窓からトンが顔を出さない。
「くそっ!」
俺は屋台から飛び降り、群衆に突っ込んだ。
「おおお……!」
農夫たち後ずさりし、道ができる。
「……賢者様!」
入り口の前でモヘイが立ち尽くしている。
「どいてくれ!」
俺はモヘイを避けて、宿の中に入った。
「トン!」
返事はない。
階段を駆け上がる。
客室のドアを乱暴に開けた。
トンは……部屋の隅で震えていた。
耳を押さえてうずくまっている。
「トン、無事か!?」
大声で呼びかけると、トンがやっと気づいた。
「バカ賢者様〜!」
泣きながらトンが抱き着いてきた。
「ごめんなさいです! 見つかっちゃったです!」
「何かされたか?」
トンは首を振った。
「おい! もういいだろ、どけ!」
「今やらないと大変なことになるぞ!」
宿の外で農夫たちが怒鳴っている。
「待て、待ってくれ!」
モヘイが必死で止めている。
ずっと農夫たちを制止してくれていたのだろう。
バタン!
ドアが蹴破られる音がした。
大勢が階段を上がってくる。
部屋のドアが開き、鍬や棒を持った農夫たちが立っていた。
「おめえ、そのオークを渡せ!」
「聞け! こいつは人を襲ったりしないんだ!」
「嘘つけ!」
「オラの父ちゃんはオークに殺されたんだ!」
「渡さねえなら、お前も痛い目に遭うぞ」
ダメだ。まるで話にならない。
「分からねえ奴らだな! 俺たちは無害だ!」
「口では何とでも言える!」
「赤穂病だって教えただろう!」
「オラたちを油断させるつもりだったのかもしれねえ」
恩を仇で返しやがって。
全員、燃やすか、凍らせてやろうか。
「怖いです……トン、怖いです……」
トンが俺の膝に強くしがみついた。
キレそうになった頭が冷静になる。
俺の魔法で腕が凍ったセリアを思い出した。
「さすがに人間を傷つけるわけにはいかねえ……」
しかし、睨み合っているうちに、どんどん人が増えた。
もう、廊下をすり抜けることもできない。
「……ちくしょう、トン、気合入れろよ」
「ぶひ?」
俺はトンを抱え上げ、窓に近寄った。
「ふん、そこから飛び降りる気か?」
「足を折って歩けなくなるぞ」
「どっちみち捕まるんなら大人しくそいつを渡せ」
農夫たちがジリジリと迫ってくる。
「心配はいらねえよ。何しろ俺は……賢者様だからな!」
窓を開け、そのまま飛び降りる。
「ぎゃっ!」
反重力で着地のショックを減らしたが、トンは悲鳴を上げた。
「なんて奴だ!」
窓から出した農夫の目が点になっている。
外はもう暗い。
さて、どうする?
「……!」
ない。
屋台がない。
あれを破壊されたら痛いぞ。
「窓から逃げた!」
宿の前にいる群衆に2階の農夫が声をかける。
まずい、屋台はどこだ?