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ずーっと以前に書いた創作怪談シリーズとショートショートシリーズ

旅情

 一人で旅に出たのは、気晴しのためだった。

 木枯らしの吹く都会を離れて、田舎でゆっくりと紅葉を眺めてこよう、そう思ったからだった。

 仕事がつらかったわけじゃなかった。OLのする仕事に期待など最初から持っていなかった。けれども、毎日の繰り返しが耐え難いまでのストレスに感じていた。

 彼との別れがあったからかも知れない。

 毎日が単調に過ぎて行った。仕事を辞めようか、とも思ったが、そうしたところで良くなるあてはなかった。

 いきおい、自分をごまかすことに懸命になった。

 無理やり趣味に始めた観葉植物も、すぐに飽きてしまった。おしゃれに凝るほどお金もなかった。

 なにもかも嫌になって、わたしは有給届けを出して旅行に出たのだ。


 田舎のバスには、運転手の他にはおじいさんが一人乗っているだけだった。

 ひどく古そうなバスは車体から軋みを立てながら、細くて曲がりくねった道をゆっくりと走っていた。

 青い空と、筋状に広がった雲。半分以上落ちてしまった黄色の葉を残念そうに眺めるけやきの木。水のなくなった水田にはわらが積み上げられていた。

 あとは何もなかった。

 時が止まったように見えるのは、わたしがよそものだからだろう。ここに住む人達は、毎日毎日が自然とともに変化していくのだろう。春には田植えを、夏には雑草とりを、秋には収穫を。

 都会に生まれ育った、わたしには想像もつかない、様々な仕事が、そのときそのときに現われるのだろう。

 わたしが都会でしている仕事は、毎日が同じ内容に過ぎない。書類をあちらからこちらへと分けるような、企業の中の歯車だった。任せられた仕事も、2月もすれば慣れる。そうなれば、あとは頭など使わなくても体が覚えている。毎日が同じ。


 田舎に住もうかしら。

 ふとそう思う。

 けれども、出来るはずがなかった。土に触ったことなんて、小学生の栽培実習以来無いかもしれない。中学も高校も、部活は文化系だったし。

 それに、都会が好きだった。

 電車の音や、大勢の人のいる気配、あふれるばかりの情報。そういうものが好きだった。


 バスは、不思議なほどゆっくりと一枚の絵のように動かない村の中を抜けて走っていった。

 色づいた柿。刈り取られた田んぼ。風に揺れるすすき。


 そうして長い時間が過ぎたように感じたけれど、実際には30分くらいだったろう。バスは、目的地の公園に着いた。

 いつだったか、職場の同僚に聞いた、穴場の紅葉スポット。小さな公園を抜けて、細い小道を行けば、眼下に紅葉に染まった一面の山々が眺められる・・・。


 バスから降りようと、席を立った。

 終点で停車したバスは、Uターンをして、駅まで戻るのだという。あとは、夕方になるまでバスはやってこない。

 ふと見ると、後ろのほうの席で外を眺めたまま、おじいさんが座っていた。そういえば、駅で私が乗ったときから、あのおじいさんは座っていた。長いあいだ、駅で停車しているバスには、他にも乗客が何人かいたけれど、道のりの半分も行かないうちに、みんな降りてしまった。私とおじいさんを除いては。

 「あのう、終点ですよ。」

私は、おじいさんに向かって声をかけた。

 おじいさんは、こちらをちらりと見たが、すぐに窓の外に目を戻した。ただそれだけ。

動こうとはしなかった。わたしは、首を振ってバスから降りた。

 私が降りるとすぐ、バスは真っ黒な煙を吐いて走り去っていった。走り去る時、窓の外を眺めるおじいさんと目が合った。その目には何も写っていないように見えた。

 大方、ぼけたかなんかした年寄りなんだろう。

 ひょっとすると、ただバスに乗るためだけにバスに乗っているのかもしれない。娯楽のなさそうな、こんな田舎では不思議ではないのかもしれない。

 そんな勝手なことを思いながら、私は歩き出した。


 公園の中ははみすぼらしかった。

 さびついた滑り台があって、落ち葉に埋もれた水のみ場があった。手入れのされていない木々が、一時は人に切り開かれた林を自然に還そうとするかのように、大きく枝を伸ばしていた。落葉樹ばかりの村の中とは違って、そこの木は常緑樹だった。

 そうはいっても、つけた葉の何枚かは色づいていた。

 大きく張り出した枝枝のために、薄暗い公園を抜けて、小道を探した。

 その小道は、簡単に見つかった。意外にも、人の足跡がいくつか、そこに向かってついていたのだ。ぬかるんだ土には、おおよそ3種類か4種類の靴跡が残されていた。それがことごとく、小道に向かっていた。

 紅葉の穴場というのも、あながち嘘ではないのかもしれない。

 こんな交通の不便な場所へ、わざわざやってくる人が、ウイークデイに4人もいるなんて。わたしは、あまりに人の姿が見えないことに少し不安になっていたから、ほっとしていた。帰りのバスがやってくるまで、こんな寂しい場所に一人きりなのかと、心配していたのだ。だから、私の足も自然と軽くなって、小道を進んだ。


 長靴を履いて来れば良かったな、と思いかけた頃、小道は突然急な上りになった。

 辺りは林の中で、本当に景色が見られる場所につけるのかと不安になっていた。この場所を教えてくれた同僚によれば、歩くのは2、30分だと言っていた。

 引き返そうか・・・。

 道はぬかるんで歩きにくいし、この上、坂を上ったのでは靴は泥だらけになってしまうだろう。服も汚れる。

 その時、坂の上から声がした。

 はっとして、見上げると女性が手招きしていた。

「紅葉、とってもきれいですよ。」

 そういうと、彼女は私に笑いかけた。


 泥汚れの一つや二つ、気にすることなんてないわ。

 わたしは、そんな気になって、坂を上り始めた。滑りやすいことに気をつければ、急斜面も、普通の靴で上れることを知った。けれども、足元に気をつけていなければ、すぐにでも転んでしまうかもしれない、と思った。足掛りになりそうな場所、滑りにくそうな場所、そういうところに一歩一歩足を進めた。坂の上のほうからは、笑い声が聞こえてきていた。楽しそうに笑っている。見上げているような余裕はなかったけれど、4、5人か、若い女性と男性の声も聞こえた。

 私は、歩を早めた。気持ちがうきうきしてきた。なんだか楽しそうだわ、そう思った。


 あと少しで上り終わる、というころになって、声が止んだ。

 坂の上を見上げたが、女性の姿は無かった。時間のかかる私を見ているのに飽きたのだろう。そこで、わたしは初めて坂の下を見た。それは、急な坂だった。坂というものが、上るときよりも下りるときのほうが難しいということを、思い出した。はたして下りられるんだろうか、と心配になるほどの坂だった。けれども、大丈夫。一人で下りるわけではないだろう。上にはあんなに一杯人がいるし、もし怪我をしても助けてくれるだろう。私は、最後の一歩を踏み出した。


 そこは、山の中腹に突き出した岩の上だった。

 全く予想もつかないほど急に視界が開けた。辺りの木々よりも一段高くなった岩が、山の斜面から文字どおり突き出していた。

 私は、我を忘れてその景色に圧倒された。一面の錦のじゅうたんだった。赤や黄色や緑が、標高に合わせて広がっていた。

 が、私は、はっとして辺りを見渡した。


 誰も、いなかった、のだ。


 その岩の上には、おおよそ隠れられそうな場所が無かったし、第一隠れる意味が分からない。顔見知りでもない人間に、いたずらをするとも思えなかった。

 私は、ふらふらと岩の上を、その端まで歩いて行った。

 岩盤に鉄の杭が打ちつけられて、鎖で囲いがしてあった。その向こうは崖だった。

 おそるおそる見下ろすと、誰かが落したのか、シャツが一枚、崖の下にひっかかっていた。

 ふと、呼ばれたような気がして振り返った。

 腐りかかった看板に、転落防止を促す文句が書かれていた。

 その、看板の元に、何十という数の枯れた花が見て取れた。

 ここは、まさか・・・。


 轟音が響いた。読経のような轟音が響いた。

 顔を上げると何十人もの「人」がこちらを見ていた。

 皆一様に暗い表情をして、うつむき加減に黙り込んでいた。

 それなのに、読経が聞こえるのだ。

 おもわず後退りした。あの人達が、生きている人間のはずがなかった。


 だが、背中のすぐ後ろは崖だった。

 見下ろすと気が遠くなるほどの高さだった。そして、落ちていたシャツに見えたものの正体も分かった。それは、ぼろきれだった。誰かが、ものすごい速度で引き裂いた、ぼろきれだった。落ちていく途中でひっかかったような。

 それが、およそ、一月は風雨にさらされたように色あせてはいたが、さっきの坂の上の女性の服の柄と、そっくりだった。


 視線を戻すと、その地縛霊達は、じりじりとわたしに迫ってきていた。

 わたしは、また一歩下がった。もう、鎖に足が触れていた。

 割れるような轟音が、耳の中で鳴っていた。


 もう、下がる場所は無かった。


 彼等は、私に来てもらいたがっている・・・。


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