エピローグ
あれから幾つも季節は巡り、ミリアは十八歳になった。
巨大な蛇の変化に襲われ、一度は人が減ってしまったこの村も、あの頃より、少しだけ大きくなった。
ミリアと父や他の村人との間には、暫らくの間、しこりが残った。命がけで村を守ってくれたあのひとへの仕打ちを、彼女はなかなか赦すことができなかったから。
けれど、時が過ぎ、ミリアもただ守られるだけの、何の責任もない幼い子どもではなくなって、次第に、あれは村を護る為に皆必死だったからなのだということが解るようになった。村という群れを護る為に、必要なことだったのだと。
しかし、それでも、時々眠れぬ夜がある。
独りで旅立たせてしまったあのひとは、今、どうしているのだろうか、と。
やっぱり、我が身を顧みず、どこかで誰かを守っているのだろうか、と。
ミリアは、手の中の白い花束に目を落とした。身にまとうのは、この村の女性たち皆で刺繍を入れてくれた、白いドレス。その一針一針に、ミリアの幸せを祈る気持ちが込められている。
あのひとも、ミリアの幸せを願ってくれた。
ミリアと、そしてこの村の平穏の為に、命を懸けてくれた。
(ねえ、今、どこにいるの?)
胸の中で問いかけても、もちろん、返事などありはしない。けれど、どうしても問いかけずにはいられなかった。
今日、ミリアは花嫁になる。急ごしらえの祭壇の前で隣に立つ人は、一年ほど前にこの村にやってきた若者だ。
あちらこちらを回って様々な事柄を見聞きしているのだというその人は、ミリアの話も聴いてくれた。
ミリアは、彼に話した。
あの蛇の魔物のことを――その魔物と、身を賭して戦ってくれた、一人の少女のことを。
そして、この村を助けてくれたそのひとを、村人たちが追いやったことを。
まだ赦せないのだと、彼の前でミリアは泣いた。
しゃくりあげる彼女を長い腕で包み込んでそっと揺すりながら、彼はポツリと呟いたのだ。
「皆、それぞれ大事なものを守ろうとしたんだね」
――と。
ミリアと皆との間にあった見えない壁にひびが入ったのは、その言葉が彼女の胸の中に滲み込んだ時だった。
できたばかりだった小さな村は、ほんのわずかな異物の侵入も、許すわけにはいかなかったのだろう。そして、あのひとは到底『わずか』とは言えないものだった。あのひとは、あまりに異質過ぎた。
そのままあのひとを村の中に置いておけば、蛇の魔物など足元にも及ばないような問題が、生まれていたかもしれない。
だから、追いやらなければ、ならなかった。
(それでも)
今だけでいい。今日のこの日に、ほんのわずかな間でもいいから、あのひとに逢いたかった。
あのひとが守ってくれた村の姿を、その中で最上の幸せを手に入れた自分の姿を、見て欲しかった。
あなたのお陰で幸せになれたのだと、伝えたかった。
幸福の為にミリアの両目に浮かんでいた涙に、違う色が混じる。
と、その時。
「?」
柔らかな日差しの中、不意に誰かに呼ばれたような気がして、ミリアは空を見上げた。
少し、目を細めて。
「あ……」
ミリアが漏らした小さな声に、花婿が振り向く。
「どうしたの?」
「あれ……」
ミリアの指が指した先には、青銀に輝くものが、優美な舞いを見せていた。長い尾がゆらりゆらりと揺れて、まるで彼女に向けて手を振っているようだ。
「まさか、あれは、龍……?」
感動と驚きがない交ぜになった花婿のつぶやきが、ミリアに届く。
「龍」
彼の言葉を繰り返した彼女の唇に、自ずと笑みが浮かぶ。
(あれは、きっと……)
何故、そう感じたのかはミリアにも解らない。
けれど、確信があった。
あれは、逢いたくてたまらなかった、この姿を見せたくてたまらなかった、あのひとなのだと。
「逢いにきてくれて、ありがとう」
口の中でのその囁きは、きっと、彼女に届いているだろう。
きっと――
これにて終了、です。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。




