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いつか叶う約束  作者: トウリン


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魔物と魔道士

 ファラシアたちの視線を一身に受けたまましばらく沈黙を守った後、魔物がようやく語り出す。

「ずっトずっト、昔、ワタシハ小さかッタ。小さくテ、力も無くテ……。魔物ハ、他の魔物ヲ食べるこトで、その力ヲ自分のものにするこトができる。ワタシの力ハ微々タるもの。それでも、ワタシヲ食べれば、その分力ヲ付けるこトができる。だから、弱い魔物ハ、常に、より強い魔物に狙われる」

「そんな、こと……」

 つぶやき、ファラシアは目をしばたたかせる。

 それは初めて耳にすることだった。

 魔物とは常に絶対的強者で、常にヒトを脅かす存在で――それらの中でも弱肉強食が繰り広げられているとは、夢にも思っていなかった。


 彼女の戸惑いをよそに、魔物は淡々と続ける。

「ワタシハすばしこかッタから、何度か狙われテも、その都度、なんトか逃げきるこトができテきタ。でも、ある時ワタシハ、ツいに追い詰められテ、もう少しで食べられそうになッタ。その時、人間の魔道士が現れテ、あットいう間に、その魔物ヲ倒しテしまッタ。人間は、きあトいう名前だッタ」

「キア……? この街と同じ名前……」

 小さくつぶやいたファラシアに、魔物はうなずいた。


「きあハ、ワタシヲ見タケレド、ワタシヲ殺そうトしなかッタ。きあハ、一人で世界ヲ回ッテ、魔物退治ヲ頼まれテいるのだト言ッタ。ワタシヲ食べようトした魔物ヲ殺しタのハ、ソレが自分の仕事だからで、ワタシヲ殺さないのは、それは自分の仕事ではないからだト言ッタ。それから、ワタシハきあト一緒に旅ヲしタ。……ワタシが勝手に付いテいッタだけかもしれないけれど、でも、きあも別に何も言わなかッタ。ワタシハ、早く強くなりタくテ、きあが倒しタ魔物ヲ、少しずツ食べるようになッタ。きあハ、ワタシが魔物ヲ──同じ種族ヲ食べるこトが、あまり好きではないみタいだッタ」

 魔物は、ほんの少しだけ、うなだれる。

「ワタシも、それが好きでハなかッタ。でも、強くならなければ、きあヲ助けられない。ワタシは、きあヲ守れるようになりタかッタから、一生懸命、食べタ」

 そこでふっと口を噤んだその風情は、ヒトであれば唇を噛むとか、そんな仕草をしているのではないかと思わせた。ファラシアたちは敢えて先を促さずに、魔物が言葉を継ぐのを待つ。


 魔物はさほど時を置かずに顔を上げ、そしてチラリとノアを見た。

「ワタシハ強くなり、そしテ、人間ハ老いテいく。最初に会ッタ時、きあハその人間ト同じぐらいの年だッタのに、この場所──おあしすに着いタ時には、もう、次の街ヘ行けるだけの体力ハ残ッテいなかッタ」

 か細い声が、ろうそくの炎が絶えるように消えていく。

 魔物はしばらくまた顔を伏せていて、再びそれをもたげた時には、元の声の調子を取り戻していた。


「きあハここから動くこトができないのに、ここハ今のようでハなかッタ。小さな、いツ涸れテしまッテもおかしくないような泉の周りに、陽射しヲ避ける為の屋根ヲ作ッテ、何トか人間たちハ暮らしテいタ。普通の人間ハ、ワタシヲ見るト恐がる。ここの人間も、最初ハそうだッタ。でも、ワタシがきあヲ助けテくれト頼むト、皆すぐに寝床ヲ作ッタり、食ベ物ヲ分けタりしテくれタ。皆、親切で……いツの間にか、ワタシが魔物であるこトも気にしなくなッタ」

 そう語ったとき、微かに、魔物の表情が変わったような気がした。

 そう、言うなれば、決して触れることが叶わない、とても美しいものを眺めるような、そんな、表情に。


「……暫らくハ、何事もなく過ぎテいッタ。ずット、旅ヲしテいタから、一箇所に留まるトいうこトが、少し楽しくもあッタ。でも、ワタシタチがそこで暮らし初めテから暫らくしテ、それまでもギリギリだッタ泉が、涸れ始めタ。皆ハ泉ヲ広げようトしタり、新しい井戸ヲ掘ろうトしタりしタけれど、駄目だッタ」

「そこから移動しようとは、誰もしなかったの?」

 ファラシアがそう訊ねたが、魔物は首を振った。

「水が涸れ始めタのハ急な事だッタから、別の水場へ移ろうトしテも、その準備ができテいなかッタ。それに、皆、長く住んでいタ場所ヲそう簡単に諦めタくハないト言ッテいタ。だから、皆何トかしタいト言ッテ。けど、どんなに頑張ッテも、水ハどんどん少なくなッテいッテ……」

 まるでその時の絶望でも思い出したかのように、魔物は身震いした。

「そのままでハ渇き死にするのも時間の問題だッタのに、皆ハ、きあに何も求めなかッタ──きあが力のある魔道士だトいう事ヲ知ッテいタけれど、でも、何も言ッテこなかッタ。多分、何の力も無い人間にも、あト一度でも大きな力ヲ使えば、きあハ死んでしまうだろうトいう事が判ッテいタからだろうト思う」


「そんなに、身体が悪かったの?」

 思わずファラシアは手を伸ばし、青銀の鱗に触れる。魔物はジッと彼女の手を見つめながら、かぶりを振った。

「もう年だから、ト言ッテいタ。その頃のワタシにハ、それがどういうこトなのか、解らなかッタ。魔物ハ、殺されなければ死なないから。今ハ、解かる。人間ハ、生き物ハ、年月が過ぎるだけでも、死ぬのだト」

 魔物が、うなだれる。

「……ヒトハ、弱い。ヒトハ、簡単に、死ぬ」


 沈んだ声は、明らかにその揺るがしようのない事実を悼むものだった。

 いくつもの永遠の別れを経験して、ようやく悟ったことだったのだろう。もしかして、泉が涸れ始めてから命を落とした者も、少なくなかったのかもしれない。


 ファラシアは魔物の背後の氷漬けの人々を見詰めた。

(こんなふうにヒトの死を悲しむモノが、ヒトの命を奪えるわけがない)

 そう確信した彼女の前で、魔物は小さなため息のようなものを、一つ、こぼす。


「皆ハ来る日も来る日も、諦める事無く井戸ヲ掘ッタ。でも、やっぱり水ハ出なくテ。ある時、きあがワタシに力ヲ貸しテ欲しいト言ッタ。ワタシノ力ヲ使ッテ、水ヲ引きタいト。でも、それハその時ダけでハなくテ、ずットずット、きあが死んだ後でも、ワタシだけになッテも、続けなくテハならないこトだから、嫌だッタらそう言ッテくれト言ッタ。きあハあまり考えテいる時間ハ無いト言ッタけれど、ワタシの答えハ決まッテいタ。それでこそ、急いで強くなッタ甲斐があるト思ッタ」

「……キアさんの役に立ちたかったのね……」

 我が身を振り返って、ファラシアはつぶやいた。彼女自身、ただでさえ人間として桁外れの力をより一層磨いたのは、最初は、少しでも養父であるクリーゲルの助けになりたかったからだ。そして、サウラの村に出入りするようになってからは、村人たちの力になりたかったから、だった。


 誰もが、誰かの力になりたいと思っている――それはときに、我が身を守るよりも強い願いにもなって。


「ワタシタチがやろうトしテいる事ヲ知るト、皆、そんなこトヲする必要ハ無いト言ッタ。それハ皆の本当の気持チ。でも、ワタシトきあにハ、口から出るのでハない、もう一ツの声も聞こえテいタ──助けテ欲しい、何トかしテ欲しい、ト。どッチの声も、本当」

 最後にポツリとこぼされた言葉に、ファラシアはうなずいた。

「そう、ね」


 そのとき彼女の脳裏に浮かんでいたのは、一人の少女の顔だ。森の中の小さな村で、凶悪な魔物の脅威に恐れおののきながらも、ファラシアに「逃げてもいい」と言った少女、ミリア。

 それまで、ファラシアに対してそんなことを言ってくれる人はいなかった。

 だからこそ、彼女のことを何が何でも守りたいと、思ったのだ。


「独りきりになる事、そうしテ、ずット生きテいク事。それハ……それハ、寂しくテ恐い事。けれど、どうしテか、嫌な事ではなかッタ。きあにそう言ッタら、きあハ笑ッタ。笑ッテ、そういうものだよト、言ッタ」

 魔物はそう言って首を傾げたから、キアという魔道士の言葉を、まだ理解できていないのだろう。


 不意に、ファラシアは目の前のこの巨大な魔物のことが、愛おしくてたまらなくなった。

 自覚もなしに、人間を愛してやまないこの異形のことが。


 目の奥に生まれた熱を散らそうと幾度か瞬きをしたファラシアを、紅金色の魔物の目が見下ろしてくる。

「きあトワタシがどうしテもやる気だトいう事が解ッタ皆ハ、一ツだけ、自分タチの言う事ヲ聞いテ欲しいト言ッタ。それハ、皆の中から誰か一人、連れテ行くトいう事だッタ──ワタシヲ独りきりにするわけにはいかないから、ト。きあもワタシも、勿論駄目だト言ッタ。一度ここに入れば、魔力の無い人間は外に出る事ができない。ワタシハ魔物だから、ここでも生きテいける。でも、人間にハ無理。きット、あットいう間に死んでしまう。だから、絶対に駄目だト言ッタ」

 深い、ため息。

「――ワタシタチハそう言ッタのに、皆ハ聞かなかッタ。何人かが、ワタシト一緒に行ッテも良いト――行きタいト言ッタ。そのうチの一人がワタシトここに来テ、……今ハあそこにいる」


 そう言うと魔物はぐるりと上体を捻って、部屋の奥を見遣った。


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