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いつか叶う約束  作者: トウリン


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蘇生

 嵐さながらに逆巻いていた魔道風が、大地に吸い込まれるように消え失せる。


 打って変わって静まり返った中で、ファラシアは呆然と周囲を見回した。

 目に入るのはなだらかな平地が続く野原ではなく、岩と土ばかりが目立つ荒野だ。

 追っ手たちの姿はおろか、彼らの魔力の気配すらない。


 ふと、気配を感じて隣を見下ろした。そこにいるのは、カイルだ。

 そして、少し離れたところに、ノアと、ゼン。ディアンの結界の影響下を離れたことで魔力が回復したのか、ルーベリーの炎の魔道に焼かれていたゼンの毛皮はすっかり元の輝きを取り戻している。


 ファラシアに背を向けうなだれたように頭を下げているゼンの陰に、何かが見えた。何か、黒いものが。


(あれは……)


 ファラシアは目をしばたたかせ、刹那、全てを思い出す。衝動に駆られて転移の魔道が発動する直前に起きた出来事を、全て。


「師匠!」

 叫ぶように呼ばわったファラシアのその声に、ゼンが横に跳ぶようにビクリと動いた。けれど、彼の陰にいた、地面に横たわるその人は、微動だにしない。

 ファラシアの背筋にゾッとおぞけが走った。

 すくんだ身体に鞭を打ち、クリーゲルのもとに駆け寄る。

 半ば伏せた状態のクリーゲルの下には、たった今移動してきたばかりだというのに、すでに大きな血溜まりができていた。彼の横に膝を突いたファラシアはその身体に手をかけ、ゆっくりと仰向けにする。薄っすらと開いた口から低い呻き声は漏れたけれども、眉間にしわを刻み固く閉ざされた目蓋は開かない。


 少し遅れて向かい側にひざまずいたノアが、クリーゲルの首筋に触れた。滅多に動くことのない彼女の表情が、微かに曇る。

 その変化で、ファラシアは全てを察した。


「いや……」

 つぶやき、両手を養い親の身体に伸ばす。彼の漆黒の長衣に指を沈ませると、深紅の液体がジクリと滲み出した。大きく切り裂かれた衣の隙間から覗く傷は、深い。そして、今もそこから拍動に伴う出血が続いていた。


「師匠」

 囁くようにファラシアが呼んだ瞬間、彼が咳き込む。その口からは血泡が吹き出し、喘いで息を吸い込もうとする喉はギュウギュウと変な音を響かせた。


 クリーゲルは、まだ、死んでいない。

 けれど、彼のその状態は、限りなく死に近かった。


 喪失への恐怖感が、どうしようもなくファラシアを襲う。


「いや……師匠……死なないで……」

 無意識のうちにつぶやきながら、ファラシアは冷え切ったクリーゲルの身体に己の力を注ぎこむ。いや、ぶちまけるといった方がいいか。力に方向性を持たせることも、加減することも考えられず、彼女はただただ彼を癒すことだけで頭の中をいっぱいにして、魔力を放出させた。


 クリーゲルの傷は見る見るうちに塞がっていき、次第に呼吸も落ち着いてくる。のみならず、溢れたファラシアの力の余波を受け、荒れた大地に新芽が萌え始める。茶と灰の世界が、彼女を中心に緑に染まっていく。そこかしこで花が綻び、実を結ぶ。

 いつしか鮮やかな新緑の草原となったその中心で、ファラシアはひたすらクリーゲルに力と想いを向ける。


 やがて、クリーゲルの出血は止まり、傷も跡形残さず消え失せた。だが、彼の目は開かない。


(まだ、足りないの……?)

 肉体的な損傷を癒したはず。けれども、ほとんど失いかけていた命を取り戻すことは、容易な(わざ)ではなかった。


 ファラシアは目を閉じ、ただただクリーゲルを取り戻すことだけを念じる。


(もっと、もっと、もっと)


 願いに伴い、身体の奥底から何かが引きずり出されていくような、感覚。

 徐々に赤味を取り戻していくクリーゲルと引き換えに、ファラシアの頬は見る見る蒼褪めていく。


「ねえ、ファー、もう止めてよ」

 その声に重い目蓋を持ち上げれば、間近に大きく見開かれたカイルの目があった。

「いくらファーでもやり過ぎだよ」

 いつの間にそこに来ていたのか、ファラシアの隣に膝を突いた彼が、怒ったように言った。そうしながらクリーゲルの身体に触れているファラシアの手をどかそうとしたけれど、彼女は頑として応じなかった。


「駄目、まだ駄目。もうちょっと……」

 ほとんど独白のように言った矢先に、ファラシアの視界がぶれた。大きく揺らいだ上体を、カイルが支える。

「ファラシア、もう止めるんだ! 君の身体がもたないよ!」

 カイルの声が、先程よりも厳しいものとなった。そんなカイルの手を押し退け、ファラシアは更に続けようとする、が、そこまでだった。完全に力の抜けた身体は言うことをきかず、また慌てて支えようとしたカイルに引っ張られ、彼の腕の中に倒れ込む。

 遥か遠くで自分を呼ぶカイルの声が聞こえたような気がしたけれど、応える為に口を開くことさえ至難の業だった。手も、足も、目蓋も、まるで鉛のように重い。


「わたしは、大丈夫」

 かすむ視界に映り込んだいくつかの眼差しに向けて、そう言ったつもりだったけれども。


 ファラシアは、急速に遠退いて行く意識をそれ以上留めておくことはできなかった。



   *



「ファラシア、目を開けてよ。ねぇ、ファラシアったら!」

 呼び掛けに全く応えないファラシアに焦り、カイルは隣に腰を下ろしたノアを見上げる。

「ノア……どうしよう。かなりまずいみたいだ」

 泣きそうな顔で問われ、ノアはファラシアの首筋に手を触れた。肌はヒヤリと冷たく、脈は速く浅い。あまり良くない兆候に、ノアの眉根が微かに寄った。


 取り敢えず楽な体位を取らせようとファラシアの身体に手を掛けたノアだったが、ふと何かに気付いたようにその手を止める。何故止めるのかと、カイルは彼女の視線を追った。そして、目を丸くする。


「やあ、初めまして、と言っておこうかな」

 場違いなほど陽気な声。それは意識の無くなったファラシアの向こう側から届けられた。

「俺はクリーゲル。この子の養い親兼魔道の師匠だ、よ、いしょ、と」

 短い掛け声と共に身軽く上体を起こしたクリーゲルは、カイルの腕の中で硬く目を閉じたまま身じろぎ一つしない少女を覗き込む。


 そして、舌打ち。


「まったく、死人を生き返らせるような真似しやがって……無茶にもほどがあるだろうが」

 次いで、彼はぐるりと周囲を見渡した。

「それに、この、無駄っぷり。第一、あれほどの怪我をここまで完璧に治す必要なんぞないってのに。まあ、こいつが自覚を持てば、それすら大したことじゃなくなるんだろうけどな」

 苦笑しながらそうぼやいたクリーゲルの眼差しは、呆れながらもこの上ない温もりを含んでいた。


「取り敢えず、そいつを何とかしようか。これくらいで死にゃしないはずだが、思い込みに身体が引っ張られちまうってことはあるかもしれないからな」

 ブツブツと言いつつ彼はカイルからファラシアを抱き取ると、片手でファラシアの肩を支え、残った手をゼンに向けて伸ばす。

「少しばかり、こいつに力を分けてやってくれ。俺のだけじゃぁ、足りないからな」

 クリーゲルの依頼に、それまで少し離れた場所でしょぼくれていたゼンが歩み寄り、彼に向けて神妙に頭を差し出した。


「ありがとな。ったく、お前も莫迦な主を持つと苦労するなぁ」

 同情混じりの声でそう言って、クリーゲルはゼンの額に手を伸ばす。


 ゼンにかざしている手から、ファラシアに回された手へと、クリーゲルの身体を通じて力が流れ込んでいく。


 次第にファラシアの頬にはほのかな血の気が戻り始め、伏せられていた睫毛が微かに震えた。


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