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いつか叶う約束  作者: トウリン


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苦戦

「ファラシア?」

 追っ手を見据え、振り向くことなく問い掛けてきたノアに、ファラシアは指一本動かすことができない身のまま答える。

「ごめんなさい、油断、した。彼の集中を、一度……一度だけでいいから、断って」

 肺から息を吐き出すようにして、何とかそう伝える。けれど、ノアはチラリと『協会』の面々に目を走らせて微かに眉根を寄せた。

「彼、とはどいつのことだ?」

 魔力を察知することのできないノアには、『彼』と言われても、いったい誰が結界を張っているのかなどということはさっぱり判らないようだ。口を開くことにさえ汲々としているファラシアに代わって、カイルがディアンを指差した。

「ほら、あの人。あの、一番お上品そうなのだよ」

 カイルにうなずき返したノアが弓をつがえ、地に爪を立てたゼンが頭を低くする。ノアの動作は滑らかだったが、ゼンの方にはファラシアに対して張られている結界が影響を及ぼしているらしく、その動きはややぎこちない。


「本ッ気で、やる気なのな」

 身構えた一人と一匹にルーベリーがぼやいた。

「仕方がねぇ」

 その一言に次ぐ短い呪文の詠唱と共に、彼の周囲にいくつもの炎の弾がうまれる。

 ルーベリーの『ソル』の称号は伊達ではなく、数語ていどの呪文であるにも拘らず、一つ一つの炎弾からはかなりの熱量が感じられた。

 その数、十はくだらない。

 ルーベリーがパチリと指を鳴らすとそれらが一斉に放たれ、ファラシアとカイルの盾となっているノアとゼンに襲いかかった。

 すかさず、並の炎などものともしない身体のゼンが、ノアを庇う形で彼女と炎との間に立ちはだかる。


 白銀の体躯に黄金に輝く灼熱の弾が触れた。


 刹那。


「ギャゥッ!」

 白い毛皮が朱色に染まり、一気に燃え上がった。


「ゼン!?」

 悲鳴のようなファラシアの呼び声に応える余裕も無く、ゼンは苦悶の叫びと共に転がり回り、まとわりつく炎を消そうと地面に全身を擦り付ける。

 ゼンは、並外れた炎の力を持つ魔物だ。上級とは言え、魔道士の――ヒトの力でこれほどの痛手を負うとは思えない。そんなはずがない。


「なんで――」

 つぶやき、ファラシアは気づく。

「結界……」

 ディアンのそれは、ファラシアの予想以上らしい。彼女の力を完全に抑え込んでいる結界の威力は、ゼンの身体能力のみならずその魔力にさえも、少なからぬ影響を及ぼしていたようだ。

 そもそも護符というものは、どれほどの効果を発揮するのかは作った者にしか予測ができないものだ。ディアンは、ファラシアのことをよほど買いかぶっているのか、よほど強力な護符を用意してきたらしい。


 火を消そうと躍起になっているゼンの隣で、ノアは更なる攻撃を牽制すべく続けざまに矢を放った。だが、次々と射掛けたそれは、いずれも彼らの数歩手前で燃え尽きる。

「正面からじゃ、ダメだわ」

「え?」

「炎の障壁、が、あるの」

 ファラシアの目には陽炎のように揺らめく熱の壁が見て取れた。その一つ一つは大きくないけれど、追っ手たちそれぞれの正面に、盾のように存在している。


「どうやら、直接仕掛けるしかないようだな」

 ノアはつぶやき、短弓を腰に差して代わりに剣を抜き放った。

「ゼン、行けるか?」

 追っ手たちに目を据えたまま問いかけるノアに応え、ゼンがくすぶる身体を持ち上げる。踏ん張るように四本の足で立ち上がった彼は、参ったとばかりに頭を振った。完全にはその力を封じ込められていなかった為、赤剥けにはなっていないけれども、その傷は決して軽いとは言えないものだ。

 ゼンの毛が焦げる臭いが風に運ばれ、ファラシアの元へ届いた。自らの甘さによって引き起こすことになった仲間たちの苦境に、彼女は何もできない我が身のもどかしさに唇をかみ締める。カイルがなだめるようにファラシアの腕を軽く叩いたけれど、あまり心を休める働きは果たしてくれなかった。


 一瞬の溜めの後、ノアが腰に下げた小さな布袋から取り出した何かをディアンたちに投げ付ける。それが破裂し周囲に目晦ましの煙が充満すると、触れた粒子が燃え上がり、不可視の盾がその姿をあらわにする。と同時にゼンの身体が宙を舞い、ディアンたち五人の頭上を一息に飛び越えて彼らの背後に下り立った。

「この、化け猫!」

 ギリ、と奥歯を噛み締め、ルーベリーが振り向きざまに炎を放ったけれど、同じ手は喰わんとばかりにゼンは身軽くそれをかわす。

「ルーベリー、前!」

 イオザードの声に振り返ったルーベリーは、間近に迫ったノアの刃に目を見開く。振り下ろされた彼女の剣を、間一髪でイオザードの剣が薙ぎ払った。

 特殊能力者は、魔道での戦闘能力はあまり高くない者が多い。イオザードやクリミアも同様で、そういった魔導士たちはいざ戦いという場面になった時に足手まといとならないように、物理的な攻撃手段を会得している。その中でも、イオザードはかなりの手練れだった。


「ルーベリー、お前はあの化け猫の方を頼むぜ。クリミアは援護を」

 流石に文句が言えるような状況ではないことを解っているのか、クリミアは何も言わず弓を手にイオザードの背後に立つ。

「ああ。魔力を封じられたお前など、ただ馬鹿でかいだけの猫に過ぎないさ」

 頭を低くし臨戦態勢をとるゼンを前にして、ルーベリーがうそぶいた。そして、そのまま、続けざまに火炎の弾を打ち出す。

 先のものよりも発現が早いものの威力は数段落ちていた。けれど、さっきで懲りたらしいゼンは侮ることなくそれらを左右に跳んでかわす。本来なら構わず突っ込めてしまうところをそうできないのが苛立たしいのだろう。ゼンはもどかしそうに唸り声を上げた。


 一方、ノアも、隙在らばファラシアに手を伸ばそうとする、そこらの兵士よりはよほど腕の立つ二人に息を吐く暇も無く攻め立てられ、事態を改善する為の一歩を踏み出すことがなかなかできずにいた。今も、ファラシアに向けてクリミアが放った二本の矢を短剣で叩き落し、返す手でイオザードの剣を受け止める。


 事が長引けば、身体を使って戦うことを生業としているノアと元来野生動物であるゼンの二者に軍配が上がることは当然判りきったことだ。それに、結界を張るディアンの魔力も無尽蔵ではない。

(時間をかければ、必ず勝機は訪れるはず)

 単なるお荷物でしかない我が身にやきもきしながら、ファラシアは自分にそう言い聞かせて事態を見守る。


 鋼と鋼がぶつかる音。

 苛立ちを滲ませる唸り声。

 目を射る炎の煌き。


 ノアとゼン、そしてルーベリーとイオザード、クリミアとの間には、圧倒的な腕の差、力の差があることはファラシアにもはっきりと見て取れる。いくらイオザードとクリミアが体術にも長けているとはいえそれは魔道士の中での話で傭兵稼業のノアに敵うはずもない。ゼンにしたって、魔力を封じられていても爪と牙がある。にも拘らず、情勢は一進一退だった。


 何故、容易にケリがつかないのかと言えば。


(これも、わたしのせい)


 ファラシアが、『協会』の者を傷付けたくないと言ったから。


 ノアもゼンも、それを叶えようとしてくれている。

 今も、炎の隙間を縫って大きく跳躍したゼンが鋭い爪を振り上げ、ルーベリー目がけて振り下ろそうとして、ハッとそれを引っ込める。直後、逆巻く炎がまた白銀の毛皮を焦がした。


(ごめん……ごめんなさい)


 もう、いいから。


 そんな言葉が喉から飛び出しかける。


 そのとき、ほんの一瞬、ノアがファラシアに目を走らせた。


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