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いつか叶う約束  作者: トウリン


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人の中へ

 旅の仲間が二人と一匹となってから、三日。

 身をひそめていた森の奥の洞穴を後にしたファラシア、ノア、ゼンの一行は、今、ドゥワナでも五本の指に入る規模の都市であるガルディアを目指して歩を進めていた。


「身体はつらくないか?」

 樹もまばらになり、そろそろ人に会う危険も出てきたからと、少し前からゼンの背から降りて自分の足で歩いているファラシアを、ノアが振り返った。ゼンはといえば、猫並みの大きさになってファラシアの足元にいる。


「平気。わたし、丈夫だから。多少の体調不良はすぐ回復しちゃうの。めまいも吐き気も全然なし」

 ファラシアは笑顔と共にそう返して見せたけれども、ノアは納得がいかなそうに眉をひそめている。

「だが、傷は魔道で治癒しても、相当量の血が失われたはずだろう? あの村の少女の話を聞いた限りでは、そう簡単に回復できるような貧血とは思えなかったが」

「ミリアのこと? きっと、驚いていたから多く感じたのね。でも、もう顔色だって良いでしょう?」

「……まあ、確かに」

 ノアは不承不承という風情でうなずいた。

「ね? わたしの身体は問題なし」

 にっこり笑ってファラシアはそう断言する。が、ふとその笑みを消して、今度は彼女が眉間にしわを寄せた。


「でも、本当に大丈夫なのかしら?」

 足を止めてのつぶやきに、ノアは「またか」と言わんばかりの眼差しを投げてくる。

 ファラシアがこの問いをノアへ向けたのは、これで三度目だ。『何が』をすっ飛ばした問いかけに、ノアはそれまでの三度と同じ調子で同じ返事をよこす。

「いつまでも森や山の中で生活していくわけにはいくまい。これから季節は冬だ。それなりの用意をしなければならないだろう」


 淡々とした口調は、ファラシアの体調を案じていた時の十分の一の心配すら感じさせない。

 けれど、そうはいっても、今のファラシアは立派なお尋ね者だ。それも、『協会』の。

 このドゥワナでは、統治の主導権を握っている『中央』よりも、魔物への対抗手段である『協会』の方が民への影響力が強い。税とか公共事業とかそんなものよりも、目の前にある魔物の脅威の方が、遥かに恐ろしいからだ。皆、『中央』の触れは聞き流しても、『協会』が発したものであれば、たとえそれがくしゃみであろうが全身を耳にして応じようとするだろう。

 そんな『協会』から目をつけられているファラシアが街中に赴くことに、ノアは全然不安を抱いていないらしい。


 ファラシアはノアの態度を頼もしいというべきか、それとも『協会』のことを何も知らないと呆れるべきか、決めかねていた。


「人のいるところに行けば、『協会』の人たちに見つかってしまうわ。できることなら彼らとは揉めたりしたくないの。やっぱり、わたしだけどこかで待っているから……」

 止まってしまったファラシアの足に、ノアとゼンが振り返る。

「ガルディアほどの大きな都市であれば、そうそう見つかったりはしない。人は他人のことなどそれ程気に留めていたりはしないものだ。お前だって、擦れ違った人間の顔などいちいち覚えてはおるまい」

「それは、そうだけど……」

「大丈夫だ。髪と目の色は外套を被っていれば隠せる。この時期だ、誰も気にはしない」


 言われて、ファラシアは自分の髪をつまんで持ち上げる。


 黒髪、そして、黒い瞳。

 ガスの村でも、言われた。国中を回ったが、こんな色の髪は見たことがない、と。

 それは、『協会』の任務で各地に赴いてきたファラシア自身も感じていたことだった。

 濃い茶色の髪、目の色の者は、いる。

 けれど、漆黒は、いない。こんな、どんな色でも呑み込んでしまいそうな、黒は。


 物心ついたころにはもう「お前は拾い子だ」と聞かされていたファラシアは、一度、師匠に自分を拾った辺りにはこの色の者がたくさんいるのかと訊いたことがあった。彼の返事は「さあな」の一言で、それからは、同じことを尋ねても片手を振って追い払われた。


(この国には、珍しい色、なんだよね)

 手配書には、最大の特徴として、この色が必ず記されているのだろう。


 たとえ一見『普通の人間』でも、力でも、容姿でも、ファラシアはどこに行っても『異物』なのだ。


 ギュッと、髪を握り締める。

 と、不意に。


 ひらりと何かが肩に乗った。

 頬に触れる、柔らかな、白銀の毛皮。

 盛大にゴロゴロと喉を鳴らしつつ、ファラシアのこめかみの辺りにゼンが頭をこすりつけてくる。


「ゼン……」

 それはまるで、彼女のことを慰めようとしてくれているようで。

 目を閉じ、フワフワで温かな身体に頬を埋めるファラシアに、ノアが静かな声をかけてくる。


「それほど、ヒトの中に在りたいのか?」

「え?」

「これほどヒトから弾かれているというのに、どうして、ヒトの輪の中に在ることに拘る?」

 ノアは、本気でそれを疑問に思っているようだった。


 ファラシアは束の間考え、小さくかぶりを振る。

「判らないわ。多分、私が人間だからじゃないかな。人間だから、人の間に立っていたいの」

 それに、と微笑んだ。

「それにね、確かにちょっと腹が立つこともあったけれど、それ以上に、良い思い出が多過ぎるの。たとえ九つ嫌なことがあっても、一つの良かったことで帳消しになっちゃう。百人がわたしのことを疎んじていても、一人わたしのことを好いてくれる人がいれば、その人の為に人とつながっていたいと、わたしは思うの」


 ノアはファラシアの言葉を咀嚼しているかのようにうつむきがちに黙り込む。ややして、彼女はふと顔を上げた。


「だったら、なおさらだ。なおさら、いつまでも人里を避けているわけにはいかない。お前が人の中で生きていく方法を考えよう」

「ノア……」

「さしあたり、お前がその魔力を使いさえしなければ、足が付くようなことはないはずだ。強大な魔力の発動は山を越えたところにいる追っ手ですら呼び寄せてしまうだろうが、魔道を用いなければ昼間の蛍の光程度のものだ」

 だから、使うな、と念を押すノアに、ファラシアは深くうなずく。

「ええ……ええ、絶対に使わない」

 強い声でそう誓ったファラシアに、しかし、ノアが首を振った。


「いや、『絶対に』という言葉は気安く使わないほうがいい。この世の流れを操っている『何か』がいるとすれば、それは『絶対に』と思った事ほど、覆させたくなるらしいからな」

 根っからの現実主義にしか見えない女性には似つかわしくない台詞だ。その気持ちが丸々顔に出ていたファラシアに、ノアが生真面目な顔を返した。

「ファラシア?」

「え……いえ、そうね、解った。できるだけ、使わないようにする」

 言い換えたファラシアを見つめ、ノアが頷く。

「そうだな、その方がいい」

 もっともらしくそう言ったノアはファラシアを促し、自らも歩き出した。


 立ち止まったままのファラシアを、ゼンがどうしたのかというふうに鼻づらで突いてくる。彼へ微笑みを返すと、ファラシアは足を踏み出した。半ば小走りに、大分先へ進んでしまったノアを追いかける。


「そうね、一生隠れ住んでいるわけにはいかないものね」

 ノアの隣に並ぶと、ファラシアは彼女の顔を覗き込むようにして、そう言った。



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