追跡隊
逃亡したファラシア・ファームの追跡隊の一人、ルーベリー・ソル・ダムは、この村でのまとめ役と思われる男と話をし、改めてあの少女の力の物凄さを思い知らされていた。
男はガスと名乗り、ファラシアがこの村に着いてから魔物を倒すまでの間、寝食を共にしていたということだった。
他の村人たちのもとに出向いていた仲間、ディアン・ソル・グレイシャ、イオザード・ミル・カルバム、クリミア・ミル・クィンの三人も、ほぼ同じ内容の話を聞かされてきたようだ。いずれも同じような顔をしている――半信半疑、わずかな恐怖。
そもそも彼らがここに辿り着くことができたのは、昨晩この辺りで発生した強大な魔力の放出のお陰だ。遠く離れた地からでも察知できるほどの力を発することができるのは、『協会』の魔道士たちの中でも一握りの──ファルの称号を持つ者しかいない。
恐らく、魔道士たり得るほどの魔力を持った者ならば、皆、あれを感知したはずだ。
身が震えるような、畏怖と共に。
「最強の魔物と互角以上に戦える奴を相手に、この面子で何とかなるわけが無いだろうが」
龍という言葉を口にすることがそれを呼び寄せることになるのを恐れつつ、ルーベリーはぼやいた。
あの魔力が龍だけのものであったとしても、それを撃退したのはファラシアだ。つまり、あの魔力を放出した龍と同等以上の力があるということになる。そんな相手を捕まえろなどとは、無謀もいいところだ。
この追跡隊の隊員の能力が『協会』の中で劣っているというわけではない。いや、むしろ、ルーベリーとディアンはソルの中でもかなり上位の部類に入る。しかし、それでも、龍を相手にするなどヒトにとっては夢のまた夢、とうてい実現し得ないことである――そのはずだ。
「それを、あいつはやっちまったんだろう?」
ルーベリーは深々とため息をついた。
追っ手を十人に増やそうが、百人に増やそうが、きっと大差ない。『協会』がファラシアを捕らえることができる確率は、ほぼないに等しかった。
ルーベリーは肩をすくめて集まってきた仲間三人を見遣る。
「どうだった?」
訊ねたルーベリーに肩をすくめたのは、クリミアだ。
「皆口をそろえて、『あの娘は魔物だ』ってだけよ」
うんざりと言わんばかりのクリミアに、ディアンとイオザードが続く。
「私のところもそうだ」「僕も」
ルーベリーは眉間にしわを寄せて唸る。
「オレたちだけじゃ、とうてい勝ち目がねぇよな。あいつの養い親って奴はどうなってやがるんだ? 至急戻ってくるようにあちこちに通達を飛ばしているはずだろう。まだ捉まらないのか?」
それに返したのはイオザードである。彼の肩に留まっている魔道鳩は、今朝方戻ってきたばかりだった。
「まだらしいな。故意に無視しているとしか思えんが」
「けどさ、イオザード。そんなことをしたらそいつも──クリーゲルって奴も追われることになりかねないじゃない。そんな馬鹿な真似をするわけが無いわよ。あの娘の師匠ったって、そいつ自身は下級なんでしょ? 力の無い奴が追われることになっても、先は知れてるわ」
紅一点のクリミアがあからさまに見下した口調で言うのを、ディアンがやんわりと窘めた。
「しかし、子どもの頃はかなり凄い力を持っていたという話ですよ、クリミア。それこそ、ファラシアのように、最年少でファルの称号を受けるのでは、と囁かれていたほどに」
「あら。じゃあ、大人になったら唯の人ってやつなのね」
鼻で嗤わんばかりの彼女の態度は変わらない。無駄なことは止めておけよという顔で、ルーベリーがディアンに肩をすくめてみせた。能力によって厳密な階級分けが成されている『協会』の中では、彼女のように力なきものを侮る者は少数派ではない。
「まあ、とにかく。我々だけで彼女の後をできるだけ追うとしよう。万が一追い付いたとしても、手は出さずに追跡し、援軍を待とう。何はともあれ、居場所を把握しておかなければ狸の皮算用に過ぎないからな」
イオザードの提案に、皆は一様に首を縦に振る。
「では、行きましょうか」
ディアンの促しで村の外につないである馬のもとへとゾロゾロ歩き出した三人のしんがりにつき、ルーベリーはひっそりとつぶやく。
「何しろ、相手は『化け物』だからな。魔物よりも性質が悪いぜ」
足を動かしながら、ルーベリーは過去の記憶を辿っていた――初めて、ファラシアという少女を目にしたときの記憶を。
この四人の中で、直接ファラシアと会ったことがあるのは彼だけだった。他の三人は噂でしか彼女を知らない。
――あれは、三年前。
まだ、彼女がファルの称号を受ける前のことだった。
ルーベリーを含む五人の魔道士たちは、犬の変化と対峙していた。いや、対峙していた、などという格好の良い言葉は使えない。それの餌になろうとしていた、だ。
上級魔道士が二人、中級魔道士が二人、そして下級魔道士が一人。
通常の相手であれば、戦力的に、充分なはずだった。
だがその変化は規格外で、ルーベリーたちは満身創痍となり、魔力が尽き、あとはもうそいつの腹の中に納まるまではどこにも行けないだろう、という状況に陥っていた。
そこに、彼女が現れたのだ。まだソルの称号を冠していた、ファラシア・ファームが。
ルーベリーは初め、まさかその少女が『協会』の中でも特異な力を持つ存在であるとは夢にも思っていなかった。住人の子どもが迷い出てきてしまったのだ、と。
「に――」
逃げろ、そう言おうとした彼の機先を制して。
「下がっていてください」
まだ幼い声がそう告げた、直後。
その小さな身体から噴き出した凶悪なほどの魔力のことを、どう言えばここにいる三人に正確に伝えることができるだろうか。
ヒトが、あれほどの魔力を放出することができるはずがなかった。
それほどの力を、ヒトごときの身が閉じ込めておけるはずがなかった。
その時少女に対して抱いた感情を偽ることはできない──それは、紛れもない恐怖だった。
つむじ風のように突然現れたその少女の力は圧倒的だった。たった一人で、ほんの一瞬で、上級魔道士二人を含む討伐隊を全滅させかけていた化け犬を、赤子の手を捻るかのように下してしまったのだ。
そして、この件からひと月後、ファルの称号授与の最年少記録が塗り替えられたのである。
過去に取り込まれかけていたルーベリーは、いつの間にか仲間の視線が自分に集まっていたことに気付き、取り繕うように笑みを浮かべる。
「あいつは、ある意味、魔物よりも始末が悪いぜ。たいていの奴ならあの見てくれに騙されるだろうよ。ミリアだっけか? 村長ん家の娘は、すっかり入れ込んじまっているみたいだしな」
「いや、別にあの子はファラシアの見た目で彼女を庇っているというわけではないと思いますが……」
「そうか? あいつがいかにも極悪非道な面構えだったら、全然違うと思うぜ。あんたはあいつを見たことがないんだろ?」
肩をすくめたルーベリーに、ファラシアのことをほとんど知らないディアンが苦笑しながら答える。
「ええ、まあ」
「驚くぜ、実物見ると」
「なぁに? そんな虫も殺さないような顔してんの?」
興味津々という風情でクリミアが身を乗り出した。
「いや──気は強そうだな。……ただ、無茶苦茶、キレイなんだよ」
「綺麗ぃ? それだけぇ?」
自身も整った顔立ちであるクリミアが、つまらなそうに首を振る。
ルーベリーはそれ以上続けることを断念した。
あれは、言葉でこうだと説明することは難しすぎる。確かに、ただ立っているだけならばファラシアの容姿は『整っている』で言い表すことができるほどのものに過ぎない。しかし、力が溢れた瞬間、それは寒気を覚えるほどのものに変わったのだ。言うなれば、普段彼女を覆っているものが、その瞬間取り払われたかのように。
決して外見が変化したわけではない。だが、明らかに何かが違っていた。
あの美しさは、ヒトを魅了する。
かつて、ルーベリーがそうであったように。
「ま、その時になりゃ、オレの言うことが理解できるって」
不満顔のクリミアに、ルーベリーはそう呟く。それに対して、彼女は鼻を鳴らしただけだった。




