強引な合意
光に包まれ、視界が真っ白に染まる。静寂。
体には不思議な浮遊感。
一瞬のようで永遠のような、ふわふわとした感覚に身を委ね、時間の感覚すら失ってしまいそうな―――
「ほら、起きて。」
少女の声と共に光は弾け、視界が徐々に明瞭になっていく。意識もだんだんとはっきりしてきた。見慣れない天井。辺りを見回すと、そこは六畳ほどの広さの、フローリングに敷かれたもこもこしたマットの上だった。僕はどうやら、この部屋に寝転がされていたらしい。体を起こしてあぐらをかくと、ベッドの上に腰かけた制服美少女と目が合う。
「初めて意識がある状態で道を通ったから、びっくりしたでしょ。隙間へ向かうときに居た場所、今回の場合は現実世界のこの部屋をしっかりとイメージしていないと、戻ってこれてもうまく覚醒できないのよ。さっきみたいに誰かが声をかけてくれなかったら、だいたい二日間くらいはあのふわふわの感覚の中を漂うことになるわ。だから、隙間に行く際の注意点の一つ目は、道を開いた現実世界の場所をしっかりと覚えておくこと、ね。」
「注意点、他にいくつあるんだ?それと今回はどうやらレシートでうまくいったみたいだが、もし仮にこれが道を通るための標として相応しくなかった場合、一体どうなるんだ?」
「うん、聞きたいことはたくさんあるでしょうし、私にもあなたに説明することは山ほどあるの。でも、今日はここまで。根の詰めすぎは体に毒よ。」
初対面の一般人にスタンガンを二度も喰らわせたやつがよく言うよと悪態をつきたくなるが、ぐっとこらえる。僕だって、今日の出来事を一度しっかりと自分の中で整理したい。
「そうだな、実際へとへとだし、今日はもう家に帰らせてもらうよ……。」
「それがいいわ。じゃあこっち。この部屋は店のレジ横にあった暖簾の奥にある私の部屋よ。だから、この部屋を出てすぐ右手に……、ほら、玄関みたいになってるでしょ。あなたの靴はそこの靴棚に入ってるわ。」
「ご丁寧な説明どうも。スマホはレジカウンターに置きっぱなしなんだよね?」
「ええ、今日は私しかこのお店にいないし、あなたを連れて隙間に行く前に店は閉めたから、誰も入れなかったはずよ。盗る人なんてそうそういないだろうけど。」
誘導されるがまま、僕は靴を履き暖簾をくぐった。外は夕焼けのおかげでオレンジに染まっていた。今は冬だから、日の入りは大体十七時前後だろうか。などと考えつつカウンターの上を見ると、僕のスマホがぽつんと一人、夕日を浴びて悲しく横たわっていた。おいたわしや。自動ロックをかけていなかったため充電は切れてしまっている。スマホを上着の右ポケットに入れながら店内を見回すが、M山の姿は無い。連絡も無しにこの時間まで戻ってこないのはさすがにおかしいが、その連絡があったかどうか、今は確かめる術がない。充電させてもらおうかとも考えたが、今日はもう捲里と一緒に居たいとは思えなかった。
「じゃあさっきも言ったけど、明日のー……そうね、午前十時頃またここに来てちょうだい。」
「さらっとスルーしようと思ったけど、やっぱり明日も来なきゃダメかぁ…。」
「いい?あなたはもう巻き込まれてて、それは夢なんかじゃなくて本当の、現実問題なの。それだけはちゃんと理解しておいて。」
「分かってるって。それじゃ。」
その後、出くわすかもしれないと少し期待していたM山と会うことはなく、出会いたくないと願っていた怪しい連中に絡まれることもなく、僕は家に着いた。