自己紹介
「…あ、あーーー。よし、ちゃんと出るな。んーっと、ところでお嬢様、あとどれぐらい質問は残ってるの?」
「あら、もう声が出るようになったの。…そうね、質問はちょっと置いておいて、ここまでのあなたの動向をもう一度整理してもいいかしら。途中に間違いがあったら指摘して。まず――
悲しきかな彼女のいないあなたはクリスマスイブの前日なんかに、男友達と二人寂しk
「はいはいはいちょぉっと待ちましょうお嬢様」
「ねぇそのお嬢様っていうのやめてくれる気持ち悪い。私にもちゃんと日本語の名前がある一般市民なのよ?あでもあなたに名前教えるのなんか嫌だわ…。」
「えぇ…すっごい傷ついた……。そんなに言う?てか名前あるのよとか言いながら教えないとか、じゃあなんて呼べっていうのさ!だいたいさっきからアッすみません先に名乗りますから無言でポケットに手を突っ込まないでアッ……」
これ以上喰らってたまるか。
「…僕は時雨暁刻。シグレの字は分かると思うけどトキにアメのあれで、アケトキはアカツキに時刻のコク。友人からはトキって呼ばれてるけど、好きなように呼んでくれて構わないよ。」
「そう。なよなよしい見た目のわりに尖った名前してるのね。見合うように体鍛えたら?」
なんだこのお嬢様は。いくら見た目が良くてもそろそろ僕も怒るぞ。
…でも確かに名前の強者感のわりに、運動が得意とかではない。バリバリのインドア派なのだ。高校までは運動部に入っていたがそれももう昔の話で、2年半以上運動と呼べる運動をしなければ、体も貧弱になるというものだ。身長に関してはもうどうしようもない。おぉ神よ。今からでもこの可哀想な一六三センチに救いの手を…。
「で、名前だったわね。できれば言いたくなかったけど、お嬢様って呼ばれる方がもっと気持ち悪いから仕方ない。私の名前は美記捲里。ウツクしくシルすに、マクるサト。私も姓、名どちらで呼んでくれてもいいわよ。」
神に祈りを捧げている間に、少女――捲里は自己紹介を済ませていた。僕が言えた事じゃないが、彼女もあまり聞かない名前をしていると思った。しかし僕と違ってその名前は、彼女の見た目にとてもしっくりくるもので、ついつい
「…いい名前だね…。」
なんて言ってしまった。これはまずい。性懲りもなくやっすい言葉で口説きやがってとまたポケットに手を突っ込むかもしれない…。だって結構珍しい名前だけどそれにドンピシャな見た目してるんだもの。誰でも言っちゃうってこんなの。慌てて捲里の反応を窺うと、彼女は―――
赤面していた。少しうつむいて。一体捲里の中での褒め言葉と口説き文句の境界線はどこに引かれているのだろう。
「な、なかなか分かってるじゃない。ほんの少しだけ見直したわ。…こほん。話を戻すわよ。
――トキは十二月二三日、友人と寝猫町にある古書店、寝猫堂へ初めて訪れた。目的は友人の知り合いに頼まれたという本。この時点ではまだトキはその目的を知らなかったのね?」
「ああ、その通りだ。僕はその時はまだ、友人が古本に興味があると思っていたからね。」
「その後友人から目的を教えてもらい、本のタイトルと掠れて読めない著者の書かれたメモの写真を送ってもらった。しばらく探し回った後、昼食のために一旦店を出て表通りのラーメン屋、しんびょう軒へ。そこで友人は一足先に店を出てどこかへ行ったきり、と。」
「うん、その通りだよ。そこから寝猫堂に戻って三十分くらいで捲里が出てきたんだ。あとはまぁ…。」
「鬼かゴリラに似ていたからという理由で恋に目覚めて告白したと。」
もう許してください。
「どちらかと言うとトキよりもそのどこかへ消えた友人の方がどうしても気になってくるけど、まぁそこは今言っても仕方ないわね。」
結果として今日の出来事を振り返ることになったが、捲里が出てくるまでは結構普通に休日を過ごしていたと思える。しかし捲里にあれこれされる原因を作ったのは目的の本であり、M山であり、その知り合いでもあるのだ。そう考えると、今日この古書店へ誘われ、承諾した時点でこうなることが決まってしまっていたのだろうか。人生は選択の連続だとどこかの誰かが言っていた気がするが、今身をもってそれを実感させられている。
「じゃあトキ、これが最後の質問よ。
―――この空間に、もしくはこの空間に似た空間に、見覚えはある?」