釈明
「…え、えーーーーっとおぉー…、すみませんもう一度ぉ…
「だ、か、ら。さっきの告白は一体何なのって聞いてるの。あの状況で、助けを求めるでも許しを乞うでもなく、告白するって一体何を考えていたの?」
実際、あの時の思考回路のバグり方は異常だった。でも命の危険を田舎の古書店で味わうなんて、誰が想像できようか。ありのまま、あの時は頭が混乱してて…、と伝えれば、さっきのトンデモ言い訳を信じてくれたこの少女は、きっと素直に納得してくれるだろう。少し恥ずかしいが、僕はあの時考えていたことをそのまま伝えることにした。
「…あ、あの時は殺されると思ったんです。だってかわいらしい少女が急に鬼とかゴリラとかそんな感じのオーラ出して、男みたいな低い声で、『申し訳ないけど、そう易々と帰すわけにはいかないわ。』とか言うからそりゃもうビビり散らかしましたよ。で、必死にどうしたら生きて帰れるかって考えても、うまく思考がまとまらなくて、心臓がどきどきして、それで僕は気づいたんです。これが恋だって。で、何か言わないと殺されると思ったから、咄嗟にその気持ちを口にしたんです。どうですかこれでいいですk………
バチバチと音を上げて発光するそれを、それはもう満面の笑みでこちらに見せつける少女。おかしいな、どこかでフィクションを混ぜてしまっただろうか。僕は拭うことのできない汗を滲ませながら、ニッコニコの少女に問いかけた。
「…スゥ、アッ、そのぉ、ですね…、僕は本当のことしか言ってないのですが…、どこかに間違いがありましたでしょうか……。」
少女はその表情を崩すことなく、
「そう、あなたはあの時思った事を、全部正直に話したのね。誇張やこの場を和ませる冗談ではなく。なるほどなるほど。あなたがどういう人か、よーく分かったわ。
――あなたは鬼やゴリラがタイプなのね。」
再び鬼ゴリオーラを纏う少女。右手には青白い電。僕は少女が言い放った最後の言葉の意味を、今度は三秒もかけずに理解することができた。だが、時すでに遅し。二の句を継ぐことは許されず、僕は人生で二度目のスタンガンを喰らうこととなった。気絶こそしないものの、体に走る痺れと痛み。何か喋ろうとするがうまく声が出ず、代わりに掠れた呻き声のようなものが口から零れる。少女は気が多少は晴れたのか、仁王立ちになってふすーっと鼻から息を吐くと、くるりと身を翻し、僕の正面に置かれた椅子に座った。
しかし、この少女意外と感情的に動くんだな、と僕は現在唯一まともに動く頭を使って考えていた。初見で受けた凛々しく、何事にも動じないという風な印象はどこかへ消え去り、自分の考えにとても正直に動く、いかにも年ごろの少女という印象で上書きされた。今までその圧と印象から自然と敬語で話していたが、どう見ても年下の少女の方がタメ語で話していて僕が敬語で話しているのはおかしいな?と今更疑問に思う僕であった。喋れるようになったらタメ語でいこう。さすがに彼女もそんなことで理不尽にキレたりはしないはずだ。
……しないよね……?
「話せるようになったら声をかけてちょうだい。私はここで読書してるから。」
椅子に座るなり少女はそう告げると、手に持った大きく分厚いハードカバーの本を膝に乗せ、ポケットから文庫本を取り出して読み始めた。読まないのになぜその本を持ってきたんだと問いかけたくなるが、まだ声は出ない。
特にできることも無いので、僕はこの不思議な異空間について少し考えることにした。辺りに浮く本は時折パラパラとその中身を見せるが、中の文字は小さく、ここからでは読めない。そもそもこの浮いている本に近づけるかどうかすら、分からないのだ。周囲は真っ暗でどこまでが床でどこからが壁なのか。最近ではめっきり失われていた好奇心が、僕の中にふつふつと湧き上がるのを確かに感じた瞬間だった。
視線を少女の少し後ろに向けると、先ほどは焦りやらなんやらで気が付かなかったが、一冊だけ異様に大きな本が浮かんでいるのが見えた。表紙の文字はここからでも見えるが、タイトルが日本語で書かれておらずその意味は理解できなかった。ただその雰囲気から、明らかに何か特別なものであるということは、一般人の僕でも感じ取ることができた。
それから声が出るまでしばらく周囲の本を観察していた僕は、あることに気づいた。他の浮遊する本と違って、その特別な本はだけは、一度も開かないのである。まぁこの異空間自体が僕にとっては全く理解できないんだ、そんなどうでもいいこと、聞かなくてもいいか。そう思い至ったところで、やっと声が出せるようになった。