たのしいおはなし
「で、あなたは一体何をどこまで知っているの?全部しゃべるまでお家には帰してあげないんだから。」
意識を取り戻した僕に遣う気など無いと、容赦なく厳しい視線と質問のナイフをこちらへ投げてくる。身に刺さる感覚も無ければ痛みも無いが、冷や汗が止まらない。なぜならば僕は今、間違いなく現実の世界では無い謎の空間にて、両手足をきつく縛られ、腕を後ろに回す体勢で椅子に固定されているからだ。さながら拷問のような状況なのである。目の前には例の黒髪美少女。先程と違うのは店のエプロンを外していることと、左手で大きな本を抱えているという二点だ。それらが僕のこの状況を打破するものたり得ることは、恐らくないだろうが。
「…ちょっと聞いてるの?あの本のことを見て驚いた私を見て、あなたは逃げ出そうとした。それはつまり、私があの本のことを知っているという事実に、なにか思うところがあったということでしょう?さぁ、あなたは何を知っているの?答えて!!」
涙目で震える僕に痺れを切らしたのか、少女はダンッと地面を踏み鳴らす。揺れる黒髪とスカートが、この危機的状況の最中であってもかわいいと感じてしまう辺り、僕も相当キテいるらしい。この異様な空間も、僕の頭がイカれた副産物なのかもしれないと、軽い現実逃避を始める。
今僕がいる空間は、異空間と表現するより他にない。多種多様、大小様々な本があちらこちらに浮遊しており、不規則な間隔でページをめくる音が聞こえてくる以外に環境音は無い。他に聞こえるのは僕の動悸といつもより早くなった呼吸、そして目の前の少女の荒ぶる声と地団駄の音くらいなものだ。
「今から十秒以内になにか喋らなかったら、お返しにまた電撃をプレゼントしてあげる。」
そう言って彼女はスカートの右ポケットからスタンガンを取り出す。気を失う前、体に走った衝撃と痛みの正体を、僕は今理解した。そして、何か言わないとまたあれを食らうという彼女の宣言を咀嚼して飲み込むまでに、およそ三秒かかった。
「…六、五、四、…
「あああ待って待って待って!!話す!話すから!えっと、その、とりあえずあなたはすごい勘違いをしてるんです!だから!そのスタンガンしまってあああこっち来ないで嫌だああああああ!!!!」
バチバチと電流が迸るスタンガンを見せつけながらにじり寄る彼女に、涙目になりながら全力で釈明を試みる。さすがに彼女も人の子だったらしく、素直にスタンガンをスカートのポケットに戻した。
「っ……はぁ…、はぁ…、とりあえず僕の話を聞いてくれますか…?」
「ええ、素直に全部話すならこれ以上痛めつけたりはしないわ。で、勘違いって一体なんの事?私そう簡単に騙されたりしないんだからね。」
「いや、本当に僕は冤罪で、何もやってなくて…。とりあえず、僕は何も知らないんです。あなたが何を知ってるのか僕は知らないし、あの本についても、何も。」
「なら、なんで私が驚いたのを見て逃げるように店から出ようとしたの?」
「あーーー…、その、あれはなんというか、あの本がやっぱり財宝の在処を指し示す手がかりだったんだと思って、そうだとしたら命とか狙われたりしそうだなって思って…。」
「…はぁ???」
くりくりとした大きな瞳を見開き、ぱちくりとまばたく少女。嘘じゃない。紛れもなく本当のことなのだ。なのになんでこんなに胡散臭いのだろうか。自分が逆の立場だとしたら絶対に嘘だって追求するぞこれ。でも嘘じゃないんだ…。
「…えっと、何?あの本が財宝の在処の手がかりで、そういうのに関わったら命が危ないと思ったから、とっさに逃げようとしたって、そう言いたいの?」
「そ、その通りです!嘘じゃないんですホントにあの時はそう思ってひぃっ
またもや靴底で地面を殴りつける少女。やっぱり信じて貰えなかったようだ。
――お父さん、お母さん、おじいちゃん、続々と家族の顔が頭をよぎる。おばあちゃん、遺影でしか見たことないけどお父さんにそっくりだったなぁ…。M山、さすがにそろそろ既読くらい付けてくれたかな…。中学の頃、僕のことをギョーカクギョーカクとしつこく呼び続けたあいつ、今も元気にしているだろうか…。これが走馬灯かと感傷に浸る僕を現実に引き戻すかのように、再び地面がダンッと叫ぶ。
「…じゃあ私は勘違いで…、無関係の人を…、スタンガンで…………、いやでも………」
少女はすごく狼狽していた。僕のトンデモ言い訳、じゃないけど限りなく言い訳に近いソレを信じるか信じないかで、相当苦しんでいるようだ。僕の言ったことを信じるならば、早とちりで僕を気絶させ、こんな変な場所へ連れてきた挙句、一歩間違えれば拷問のソレを行おうとしていたのだ。逆に嘘と決めつけてしまえばそれらの全てを正当化できるということでもあるのだが。果たして彼女は、
「…いっそこの場でこの人をやって、何も無かったことにしてしまえば…。」
とんでもない結論に達しようとしていた。考えうる限り、いや考えもしなかった最悪の選択肢を彼女はボソリと呟いた。まだ命が惜しい僕は心の底からの言葉を必死に彼女へぶつける。
…
「ま、待って、待ってください!その!僕が言ったことを信じてくれるなら、絶対にあなたを恨んだりしないし、よく分からないですけど、これ以上あの本にもあなたにも関わらないと約束しますから!」
「……ほんと…?ほんとにほんとね…?」
全力で縦にかぶりを振る。好きなアーティストのライブでもこんなに激しくヘドバンしたことないぞ僕。すると少女は、意外にも大人しく引き下がってくれた。
「…ひとまずは信じるわ。でもまだ聞かないといけないことがあるの。」
さっきまでのそのかわいらしい見た目に似合わない気迫はどこかへ消え、少女はただの制服美少女に戻っていた。ともかく、何か分からないが、彼女が敵視する何かではないと、ひとまずは信じてもらえたようだ。人生で三本の指には入るくらいのものすごい安心感から、全身の筋肉が緩んで力が抜ける。
少女は気持ちを切り替えるためか、可愛らしい手でほっぺたをぺちぺちと叩き、こちらへ向き直した。
「まず、あなたの今日一日の行動を教えて。出来るだけ細かく。」
僕の怪しいところを潰していくことで、僕が無関係で何も知らないことを確かめるようだ。特に後ろめたいことはない。僕は起きてからここに至るまでの全てを彼女に話した。彼女も目立って怪しいところは無いと判断してくれたようだ。
「じゃあ次の質問よ。あなたの友人から、さっきの写真を送ってきた人物について、何か聞いたりしていない?」
「んー…、本のことについては聞いたけど、その送り主についてはそこまで追求しなかったから、全くと言っていいほど分からないですね。Mや…、あー、友人との関係性も特に聞いてないです。」
「ふーん、ほとんど手がかりは無しか…。現実世界でこの本を知る人なんて、そうそう居ないはずなのに…。まぁいいか。じゃあ次の質問。
――あの告白、一体何なの?馬鹿にしてるの?」
…新たな拷問の始まりのゴングが、高らかに鳴り響いた―