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魂の宿る物語  作者: 凧花
序章:廻り出した物語
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始まりは平凡な

 ホーホケキョ。


季節外れの(うぐいす)(さえず)りで目が覚める。寝ている間に掛け布団から少し出ていた足から、寒気が伝播し体がぶるりと震える。


せめて鳩時計にしてくれればよかったのに。極めて独特なセンスの持ち主であり、この鳩時計ならぬ鶯時計を買ってきた母に心の中で文句を言い、ベッドの中でしばしもぞもぞする。


いけない。このままだと綺麗な二度寝をかましてしまう。そう自分に言い聞かせるものの、真冬の布団の引力は凄まじく、結局這い出るまでに三十分くらいかかってしまった。恐るべし、ぬくぬく。


今日は十二月二十三日。クリスマスイブ前日のこの日、僕は休日であるにもかかわらず、一般的に”朝”と呼ばれる時間帯の起床に成功していた。普段の休日ならば、ましてこんな真冬の寒い日には、昼過ぎまで惰眠をこれでもかとむさぼるのだが、今日はそうできない理由があった。それは友人のM山とのお出かけの約束である。


『二十三日、買い物に付き合って^^ついでにラーメンでも食いにいこうぜb』


とラインが来たのは一昨日の夜。どうせ暇だし最近外食もしていない。了承の旨を返すと、集合時間と集合場所もとんとんと決まった。しかし、


「この時期に買い物に付き合えとは、アイツもしかして…。」


と、年齢=彼女いない歴の僕は、考えたくもない可能性を思案しつつ水道の蛇口をひねる。だばだばと流れる水を両手で受けるとあまりの冷たさに心の臓が悲鳴を上げ、思わずひゅっと息をのんでしまう。なくなっていく手の感覚が、徐々に温まる水道水と共に復活していく。ようやく温水になったところでばしゃばしゃとそれを顔面にぶちまける。


…どうでもいい話だがどれだけ腕まくりをしていても洗顔すると袖が濡れるのはなぜだろうか…。


冷水攻撃とさっぱり感で完全に覚醒した僕は、そのまま自室へと戻る。集合場所はこの辺じゃあ一番の街中、その最寄り駅で、十時ごろに落ちあう予定になっている。しばし暇になったところで、僕はベッドに腰かけ今朝見た夢について考えることにした。


辺り一面時計だらけの謎の空間。童顔の少女。舞うフリルのその中に潜む白の……。あの幼い笑顔にしては割かし大胆なものを穿いていた。あれが夢ならば僕は、潜在的なそういう趣味の持ち主ということになる。なってしまう。自分自身に変態の嫌疑をかけてしまう前に思考を別の物に移そうと試みる。


「そういえば…」


あの少女が発した言葉、その中に気になるものがあったはずだ。


『―ずっと、ずっとお待ちしておりました―』


待っていた、と確かにあの少女はそう言った。僕は過去に彼女に会ったことがあるのだろうか。僕にはそんな記憶は無い。ラノベやアニメはそこそこ嗜んではいるが、あの容姿や特徴を持った女の子は見た事が無い。やはり僕の中にいるリトル僕が生み出した妄想の産物、欲望の結晶なのだろうか。空から少女が降ってきて自分が受け止める、というシチュエーションすらその賜物だとしたら、僕はある種の尊敬を僕自身に向けるべきなのだろうか。いや、向けるべきは畏怖かもしれない。リトル僕、頼むから鎮まれ。


…話の軌道を例の世界へと戻す。シチュエーションといえばあの世界にはリアル同様重力が働いていた。もしくは重力に相当する、地面からの引力のようなもの。少女を受け止めた時もそれなりの衝撃は受けたし、その辺はリアルと変わらないらしい。最も、辺りに漂っていた無数の時計、そして針の進まなかったひと際大きな時計については何も分からない。


「まぁ、結局のところ少しリアリティのある夢だったというだけの話だよな…」


と、極論に達してしまったところで時刻は午前九時を迎えようとしていた。


出る前に軽く何か口に入れておこうと台所で向かう。台所には数日前に買っておいた菓子パン惣菜パンの類がいくつか残っていた。適当に手に取ったのはカレーパンだった。安くておいしい偉いやつ。袋の口を少し開けてレンジに放り込み20秒ほど温める。冷蔵庫から牛乳をだしてコップに注ぎ、それらをぱぱっと流し込む。


あとは今日の持ち物だが、さほど荷物があるわけでもない。出かけるときには大抵トートバッグに財布とスマホ辺りをぽいっと投げ入れて持っていく。春先など花粉が舞い散る時期なんかはビニール袋と箱ティッシュもぽいぽいしておかなければ出先で地獄を味わうことになるが、この時期には必要ない。髪は適当にワックスで流すだけで十分だろう。


そして忘れてはいけないのが、この年季の入った腕時計だ。ローマ数字を用いた文字盤に、少し洒落しゃれたデザインのアワーマーク、カレンダーやブランドマークは無いが秒針はある、といった、ごくごく普通の腕時計。祖父から譲り受けたのは何歳の頃だったか。詳しくは覚えていないが当時は大喜びで、経年劣化による不調で針が動かなくなった時は、それはもう大泣きしたらしく、今でも親が話のネタにするくらいだ。やめてほしい恥ずかしい。今日も正常に針が時を刻んでいるのを確認し、左腕に大切にまきつけた。


誰もいない家に出発の挨拶を投げ、家を出る。


腕時計は元気にカチカチと歌い、その顔は九時四十分を示していた。



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