冷やし異世界転生はじめました。
人生はじめての転生は、とまどうことばかりだ。
はじまりの日。
背中を押すように涼しい春風が肌をなでる。朝の太陽に照らされた草木の一部もつられて、この道の先を指し示すようにさわさわと揺れた。転生をした王城からすぐの草原に俺は立つ。そうお察しの通り、今日俺は転生して、ここにいた。
おもしろくなさそうだから経緯はあんまり意識しなかった。
えっと、その辺は、トラックに轢かれるなり、まあ、なんなりがあったような、気もする。死んだシーンは、そこはほら大事じゃないからさ。ネコ型ロボットがなぜ道具を出すことにしたか。それといっしょだ。
憶えているのは女神がチート魔法を義務的にくれたところ。
その魔法とは‐‐
「フォースエターブリザード」(要 触媒)
効果:氷柱を99本発生させる。レンジ9999。パワー9999。※一本あたり
高い追尾性を誇るそれは対象が生きていると認識する限りは続けざまに天空より射出されて正確に命中する。
相手は死ぬ。
チートは転生にとってなくてはならないものだろう。もらえてうれしくなるひともいるかもしれない。けど、そんなに俺はこのチート喜べないのはさ、説明の概要から、遠距離魔法だと読み取ったからだ。あと、氷柱ってつららってよむんだね。
やっぱ、接近戦。燃え上がるような剣劇に、熱くなりたかったんだ。こんな読むからに9999とかお寒い性能の冷却効果などいらなかった。このレンジって、なんだ?
遠距離はもうたくさん。俺のいままでのネトゲースタイルは、すべて及び腰になりながらの引き気味で安全を確保しての確実にリターンが取れるところなど事前に研究してからなおかつ仲間を引き連れてそいつらを盾にしてがやを入れてそこでようやく後ろから自らが動かんとするときには勝敗はすでに決まっているような、見方によっては合理的であり、ある決意をした俺から見れば寒い動きばかりだった。
だがしかし、今までの俺とは心機一転することにするわ。だって転生ものだもの。かっこよく無鉄砲さを出し、危険も背負って、ほんと(?)の冒険するぞおぉ! と剣とか買って息巻いていたとこで、突如立ちふさがった不穏な影が、ひとつ。
「おい、お前、すげえー魔法持ってんじゃあねえかあ!!! くそなまいきだなおい!」その不穏な影はただの人である。
頭には2本の角の生えた無骨な兜。一振りの手斧がその右手にはぶら下がっている。ここで筋肉ムキムキのならず者(男)を想像した、なら違う。そこのかっこの男を(女)に変えればすばらしくそのままだ。不穏だろ? 感想としてはとりあえず、男のままでも、見た目は大体あっているのは、悲しいことだった。
それと、すげえだみ声で言われた「すげえー魔法持ってんじゃあねえかあ!!!」とはここらにいる生命体はさっきまでは3つでそれは俺と、俺の目の前の筋肉と、それから俺が「フォースエターブリザード」(エターナルフォースではない)の試し打ちで、天から光り輝く摂氏の振り下ろされた鉄槌で、地面に張り付いたまま、永久凍土化した同情すべきスライムくん。
その戦闘にもならなかった魔法の行使の様子をどこからか見ていたらしく、近づいてきて声をかけてきたようなのである。……他にもう見ていないよな?
「やれやれ……めんどくさいなー、ふう。目立ちたくないのにさっ」とため息をつき、さっと目をそらし、そう返してしまう。まごうことなき本音だ。いちおう女の子にかまわれてツンデレうれしい素振り、なわけがない。
「ったく、まんざらでもなさそうな反応しやがって……くそオスガキ」
「……あ?」
「図星ときたか? おい。くそしゃあねえな。てめーがある程度強いとこ見せたら、あたいが仲間に、なってやんよ?」
「あ…………遠慮できませんか?」
真剣な声で俺は思わず頭を下げる。その礼ポーズに隠されし左腕で、後ろのポーチを探り始める。
‐‐そう、ロッドです。魔法を行使するためには、触媒が必要なのです。それは強力な、たとえばチート魔法を使うときには、それだけの消耗をしてしまいますの。え、そうなのですか!? それは、こまりました……。はい、なので、サービスです。今だけ、今回だけですよ? とりあえず、99本は初期で持たせますので、尽きたら、買うか、死んでくださいませ、ありがとうございます、などと‐‐ていうか99本どこに持たせるんだい?‐‐女神が転生前に持たせようとしてくれた空中にふわふわと浮き上がる99本はさすがに遠慮して、5本もらったぶんの中で、スライムに使ってない短いロッドを手中に忍ばせる。ちなみに使った一本はもう、光らない。発動一発でオシャカになった。
余談だが、表情をくるくるとしながら、会話を一人だけでつなげていって、なんと成立させてしまう異能を女神さまはお持ちになった。一人で会話を進ませる相手に対抗して俺がしゃべったところ? 「あ、5本で」。あのお方は、実に義務感にあふれてた。笑顔の底にぜったいに転生させてやるという強い執念と、9に対するこだわりも感じた。
‐‐しかし、魔法を使って倒すのは、たやすいが、なにか忘れてやしないだろうか? ん?別にこいつが仲間になる、ならないの話ならまったく問題の起こりようがないだろ。だって、なんせ「FEB」(フォースエターブリザード)だ。そこじゃなくて、そう、熱さである。たぎらなくちゃ、もっと。熱くなれよ。
戦う前に武器の話になるが、現在の使えるロッドの所持数は、2本である。
転生した直後に2本売り払ったからだ。5本から2本売って1本消費して、残り2である。女神があんな持てあましたロッドは、城下町では高額にて売れて、そのお金でポーチを含む身の回りの装備を買いあさった。その中でいちばん高かったのが‐‐
俺は左腰付近にぶら下がった豪華な装飾の鞘からよく磨かれたロングソードを引き抜く。
「はあ? なんで魔法じゃねんだ。なめてんのか?」
俺は剣の構え方などわからないが、相手に戦意だけは伝わるように切っ先を突き出す。
「なめてない。初めて、本気かもしれない」
「そうか……そんな大けがしたきゃ……させてやる!!」
女戦士は叫び終わる頃には大地を蹴って、その衝撃にちぎれ跳ぶ青草が、ひらひらと地面に着地する前に、視界を埋めるように目の前に‐‐
「っ!」
俺との5メートルくらいを一瞬で潰しながらふりかぶる上段切りの烈風を、あわてて剣の刀身中央の付近で防ぎ止め、と同時で大げさにグガギィーンという効果音と黄色い火花エフェクトが四方八方にほとばしっていく。
「っそらぁ!」という女剣士の鋭い声とともに、俺の腹の鳩尾あたりが突如穿ちぬかれ、「うぐっ」と、映った視界につづいてその身までもぐるっと横転してしまう。
地で転がりきった後に何されたんだ? と動揺しながらもガバリと半身を起こした。
開戦前よりも離れたそこには、さきほど交差していた刀身の位置ほどに、右ひざを出したポーズの、片足立ち筋肉質の姿が! ニッと得意げなその筋肉スマイルだけは、すぐにやめてくれ。
ヤツの右ひざ打ちで仰々しく吹っ飛んだようで、転がった関係もあり相手との距離はかなり開いている。その上、相手は余裕のポーズ中。これだけの状況をみて、本能が反応したのだ。だから、気づいた時。もうこの戦闘自体終わっていた。
いや、女戦士は永遠となった。
あたりが暗くなる。
太陽を覆い隠しながら天空に、展開される。巨大な魔法陣。唖然とする筋肉。上空に表記された美しくも得たいのしれない青紋様を、塗りつぶすようにInfinity―∞をかたどりながら99本のつらら‐‐いや大きな柱‐‐が、ただの2秒ですべての本数生えそろい、そこで気づけば俺の左手は、ロッドを握りしめていた。まあ……その、長年の癖は、なかなか抜けぬものであるし、あと、お前も遠距離で硬直時間長すぎ!
打ち出られた最初の一本だけが直撃する前の女剣士の「う、おおお……!?」という叫びを残し、まわりには、冷気による白い煙と、砂埃とが混ざり合った不透過な気体が、ぶわりと膨れ上がり、俺の前方をまんべんなく覆いつくしていく。そのあと、残りの98柱は、打ち出されもせず、もれなく消滅。周囲は明るさを取り戻し、俺はしまったという表情でああ、殺ったな、と見届ける。疑問形ですらもはやない。感傷系だな。
立ち上がった俺はその周辺へと霧を縫って歩みを進める。
相手は死ぬ。
じゃり、っと霜のような感触を足裏に認める。
それは確実‐‐!?
もうもうと、満ちていた霧がすうっと晴れたとき、そこにいたのは肩の高さまで盛り上がった氷塊から顔だけ出した女戦士だった。
……えっと? なんか筋肉ダルマが、氷ダルマになってるっす!?
「おい、お前、すげえー魔法持ってんじゃあねえかあ!!! 惚れました……」
俺が、すげえー魔法持ってんことは知ってただろ? 最後の不穏な一言は聞き流すことにする。って、死んでねえ!
「こ、これを、お受け取り、ください。ここより先に進む関所を、通れる……符です」
急に声でしなをつくりだした筋肉は木でできた複雑な文様をぼろん、と落とす。かわいそうに、寒くてろれつ回らないのだろう。いや、まて、どこから出てきた。どこから出した。これがないと先に進めないだと。
なにより、恐ろしかったのはこれがおそらく重要なイベントだったことだ。こんなこと転生した奴ら、みんなやってんのか……。あと、お前がそれを入手した経緯を俺は激しく知りたいわ。血塗られてんじゃねえのその関所。
こいつが死なないのは仕様なのね? 説明欄に嘘つかれたかと思ったわ、と思いながら俺は極力筋肉を見ないように符を適当にポーチに入れて……。
そうして、俺の冒険が終了するきっかけが起こるのだ。
ごろ…ごろ…。
ん? なんだか不規則にゴロゴロと音が耳に入る。
突如、周囲に見えていた色味が一瞬で暗くなり、天を見上げてみたら、青空のほとんどすべてを黒々とした雲が塗りつぶすように広がっている。雨雲か?
そこから発光物が周囲を光り輝かせながらいきおいよく降ってくる。
雷だ! 視界へひびを入れるかのようなジグザグの白い落雷が、体の芯に響き渡るくらいの轟音を乗せ、50メートル先に生えていた岩石を激しく打ち砕く。
そのとき、ある可能性を思いついて、ポーチを探る。取り出す。ロッドは、光ってない。俺は魔法を使っていない。なのに、なぜ?‐‐なんだ? なにが起きている!?
岩をも砕いた落雷の影響で地面には電気が走っているんだろう。謎の落雷の堕ちたあたりは白くビカビカまぶしい。それが落ち着いていく。
と、そこにいたのは‐‐
岩が粉々となった中央に、薄暗い空間に際立つ赤い目をたたえ、凛々しくこちらを見据えている。
黒いマントを羽織った、幼女だった。
「われは魔王だ」
見た目のままの幼い声だ。
「は?」
「よくぞ来た勇者よ……」
「いや、来たのはお前だよ?」
「……」
「いや、なんかいえよ!」
どうなってんだよ一体、と女戦士に助けを求めるために俺は後ろを振り向く。
「こ、これを、お受け取り、ください。ここより先に進む関所を、通れる……符です」
あ、やっぱ死んでる。脳死だね。
そのとき‐‐
きらりとしたものを視界の端に感じ、何事かと魔王の方に向き直れば、何かをチャージするかのように、バチバチ球状の光を右手に白く収めている。
「チイ!」
俺は気づくや否や、回り込んで筋肉の後ろに隠れる。数舜遅れて、さきほど岩を砕いた雷と同種であろう光が、筋肉の氷山を挟んだ前方を真っ白に明るくした。けたたましい音が鳴り響く……耐えられるかな? 筋肉!!
轟音が止んだ後、あいかわらず、「こ、これを、お受け取り、ください」をリピートする筋肉氷塊は無事であった。
たぶん、雷魔法が直撃したはずだが、なるほど、おそらくすでに死んだことになっているせいだ。耐久力の概念がなく、永久凍土の不可侵ゾーンになっているわけだ!……ほんとか?
すでに俺は隠れている間に、魔王に対するアプローチを決めていた。
逃げるでも、ロングソードで切りかかるでもない。エターを使う! と。
ここで逃げたら、激寒である。ここから切りかかるにも、黒焦げだろう。そして、ロッドをここから先の冒険では所持したくなかった。持ってたら、どうにも使っちゃう。
それに、読み通りなら‐‐
俺は陰に隠れながら、魔法を発動し様子をうかがう。それと同時に魔王も魔法を繰り出した。先の雷ではない。バリヤーだ。白い幕のようなものが魔王をおぼろげにしていく。そして、こうなるだろうと思っていた。
この世界では魔法に属性があり、それぞれで優劣もある。氷は、雷に弱い。つまりこうかはいまひとつなのだ。いくらチート魔法でもこれだけでは戦いは終わらない。そこから熱い戦いが始まる。
一瞬は動きの止まるだろう魔王に向かって俺は接近戦に持ち込むべく、氷から身を乗り出し、打ち出された一発とともに熱意を漲らせ無謀にも突っ込もうとした‐‐しかし、
突如まわりが、ふっと明るくなる。
つまり、打ち出された一発だけで、魔法の発動は終わったことになる。それから、魔王の降臨から起きていた演出の曇り天候も、だ。
ま、まさか……。
そこには、凍りダルマの幼女がいた。
僕はそれを目にとどめてから、ホーム画面に戻った。
見ていた光景は3センチくらいに縮小され、画面の右上に小さくまとめられる。光景があっというまに切り替わる。いくつかのボタンからゲーム終了を選択する。
「……ふう」僕はため息をついて頭からヘッドギアを取り外す。「……はじめて、全身VRの異世界転生もの、やったけど、これはずれだな」
期待して説明書とか読んで、属性とか把握して、でも、魔王は、耐えられなくて……。ていうか、なんで序盤で魔王で負けイベントでも何でもないんだよ! 絶対イベントだと思うでしょ普通。
後日調べたところ、ただのバグだったらしい。でっかいバグだなおい、デバック何したんだよ。いくら最先端の技術が開発されて浅い時期に発売したソフトだとしても。
もっと、ちゃんと、やれよ!
最後に少しだけ、怒りで熱くなれた気がした。