理想郷・未完
リーゼロッテが小汚い部屋で目を覚ましてから2年が経った。
2年前に彼女の隣にいたのは彼女の母親であり、母親の言動やリーゼロッテの身体の状態から1歳の時にタイムスリップ……否、タイムリープしたようだった。
2年の歳月でわかったのは、魔力は1歳の頃のものに減少しているものの邪神の神力は3割ほどが残っている事と魔法の練度は以前と変わらない事、そして何故か現人神になる前に勇者一行と戦った際に砕け散った魔道具『強欲のナイフ』の能力が自身に宿っている事だった。
そして食事の際に食生活の落差に絶望したリーゼロッテは、かつて世界中の人を幸せにする為に創った魔法『理想郷』の雛型『理想郷・未完』を発動し、貧しい農村を生命力溢れる肥沃な土地に変えた。しかも2年後に彼女の師が訪れるまでは辺境の土地であるため、魔法使いにバレる心配はない。
おかげで今ではパンとスープ、稀にハムが食べられるようになった。
******************
未だ裕福とは言えない村では数少ない本を黙々と読み進めるリーゼロッテ。
そんな彼女の耳に母親の声が届く。
「リーゼ、服洗濯してきてー」
「もう終わった」
「じゃあ、お皿洗ってー」
「さっきやった」
「なら、村長のとこのジャック君に家事教えに行ってあげてー」
「わかった」
人口の少ないこの村では助け合いは必要不可欠。
リーゼロッテはかつて彼女もそうしてもらったように村長の次男、ジャックの元へ家事を教えに向かった。
(一時期ジャックは忌み子じゃないかって言われていたな……。もしかしたら"テンセイシャ"と呼ばれる者かもしれない)
ーー少なくない下心を胸に秘めて。
「あの、わた…じゃなくて僕は家事は一通りできるのでもう帰っていいですよ」
恐る恐るそう言うジャック。
その喋り方には多少の違和感があった。
「どうして?」
「いや、その、お母さんがやっているのを見ていたから……」
しどろもどろ言い訳するジャック。
言葉に信憑性はあるもののその仕草はまるで疚しい事でもあるかのようだった。
自分の推測に確信を得たリーゼロッテは決定的な言葉を放った。
「もしかして、あなたがテンセイシャだから?」
「ッッ、なんで!!?」
リーゼロッテはジャックが叫ぶ直前、高速で結界を貼って音を遮断しながらジャックの頭を右腕で掴んだ。
「へ?」
「『強欲のナイフ』」
ジャックの間抜けな声を無視してその記憶を切り取る。
『強欲のナイフ』はあらゆる形のない物を切り取る事ができ、使い勝手が非常に良いのだ。
そしてリーゼロッテの脳内をジャックの前世の記憶が駆け巡った。
(沖田玉子、日本人、滋賀県、地球、異世界、チート、転生……やはり転生者とは"急造勇者"の故郷から転生した者たちの総称だったか。……数学、地理、理科、電気、エネルギー、パソコン、電話、銃、気、マンガ……っ!)
ジャックの前世の記憶を次々に読み取っていくリーゼロッテは、ある物を見た時に雷が落ちたような衝撃を受けた。
「……そうか、夢の中なら不可能はない」
「あれ?どうして僕は寝てたんだ?」
ジャックは首を傾げながらリーゼロッテに尋ねた。
「家事を教えた後にいきなりフラっと倒れたんだよ。忘れたの?」
「えっ、ごめん。
今日はありがとう。おばさんによろしく言っといて」
「それじゃ」
「また明日」
ピキーン
神「ジャックの反応が、消えた……?」