枕投げ大合戦!
たらふく夕飯を食べた夜、風呂にも入って後は寝るだけという状態で、悠利達は宿泊用にあてがわれた大部屋でごろごろしていた。そう、大部屋である。
里長様のお屋敷は大きかったが、流石に全員に個室を用意するのは無理だったらしい。何せ今回はそれなりの人数で押しかけているので。そのため、部屋は男女で分けて大部屋となっている。なお、忙しいかもしれないからと、アリーだけは個室である。大人は大人の話があるので。
リヒトは大人枠であるが、一応訓練生。わちゃわちゃ大騒ぎしそうな子供達の監視役という感じに大部屋でご一緒だ。ついでにジェイク先生もご一緒であるが、彼は持参してきた本を夜遅くまで読もうとしてはリヒトに没収されるポジションなので、どう考えても問題児枠である。安定のジェイク先生だ。
「人数多い分、男部屋の方が広いんだな」
「そっちは四人だもんね。流石にこっちと同じ大きさだと広すぎるでしょ」
「それはそう」
ミルレインの言葉に、悠利は苦笑しながら答えた。ミルレインも異論はなかったのか、素直に頷いている。四人と九人、しかもこちらは大柄な大人もいるので、同じサイズの部屋では不都合が生じる。
ちなみにワーキャット達の生活文化として、寝室では靴を脱ぐというものがあるらしい。他の部屋は土足でうろうろしてオッケーなのだが、寝室だけは入り口で靴を脱いで素足で上がってくれという扱いだった。
なお、日本人の悠利にとってはむしろ好感触である。寝る部屋の床を土足で動き回りたくはない。スリッパならまだしも。
そして、皆の寝床は雑魚寝であった。ワーキャット達はベッド派と床寝派とがいるらしい。個室のアリーはベッドだが(それでも寝室は土足厳禁)、人数の多い悠利達は床に布団を敷いて寝るスタイルだった。そこは男部屋も女部屋も同じである。
床に寝るとはいえ、布団はふっかふかだった。板張りの床の上ではあるが、身体が痛くなることもなく快適だった。聞けば、小さな子供は危ないので床寝らしく、リディやエトルはこのスタイルに馴染みがあるそうだ。
そんなわけで悠利達は、布団の上でごろごろしている。男女入り交じってごろごろタイムなのは、まだ就寝には早いので皆で話をしようということになったからだ。……正確には、若様が遊びに来るから全員で待ってろと言ったからである。安定の若様。
寝る前の身支度を全部調えるまでは遊びに行くのを許可されていないらしく、今はリディを待って手持ち無沙汰な悠利である。他の皆は何だかんだで雑談をしていたり、本を読んだりと時間を潰しているが。
大部屋に布団が沢山敷いてあって、そこに皆が転がってわちゃわちゃしている光景。それは、悠利の中のある記憶を刺激した。
「修学旅行みたいだなぁ……」
その独り言は誰にも聞かれなかったので、特にツッコミは入らなかった。
そう、悠利は今の状況が修学旅行みたいだと思ったのだ。大部屋に雑魚寝で、寝る前の一時を皆が思い思いに過ごしている。それは修学旅行などの学校行事での光景を思い出させる。
楽しかった思い出が蘇って、そして悠利は思った。
修学旅行と言えば、枕投げだ、と。
何でそうなるというツッコミは横において欲しい。やはりこう、修学旅行の醍醐味は枕投げだと思っているタイプなのだ。ちなみに悠利は枕投げに参加したことは、一応ある。何故か気付いたら参加することが決定されており、それなりに良い感じに活躍はした。
悠利はぽやっとしているので認識されないが、運動神経はそこまで悪くはない。ついでに悪意も害意も持たないし、そういうのが表に出ないので相手を警戒させない。しかし当人は割と合理的で、枕投げなんだから敵には思いっきり投げて良いよねと思って全力でやるタイプである。
そんなわけなので、枕投げ楽しかったなーと思い出に浸る悠利であった。同級生達に「お前ちょっとは遠慮しろ!」とか、「マトモに顔面狙うな!」とか言われたことは忘れている。楽しかった思い出だけが残っているのだった。
なので、その言葉はするりと悠利の口からこぼれ落ちた。
「やっぱり大部屋だと枕投げだよねぇ」
うんうんと一人で頷く悠利。先ほどの独り言にツッコミが入らなかったので、今回もそうだろうと思っていた。ちょっと故郷の思い出に浸ってみただけだった。
けれど――。
「まくらなげってなに?」
「へ?」
「ゆーり、まくらなげってどういうの?」
「……えーっと、リディ、もう寝る準備は出来たの?」
「できた」
待たせたな!と言いたげなドヤ顔で立つ若様。ちなみに寝る準備が完了している証明のように、若様はパジャマ姿である。ついでに、耳の部分に穴が空いた三角の帽子も被っている。ナイトキャップというやつだろうか。
お付きのフィーアとクレストを従えて、今日も今日とてフリーダム。いつもなら既に就寝している時間だろうが、お構いなし。せっかく悠利達がいるのだから、少しぐらいは夜更かししてお喋りしたいというのが若様の主張である。
ちなみに、エトルは夕飯前には家に帰っているし、多分今頃は本日の振り返りと明日の準備を終えて大人しく寝ているはずだ。ご学友は真面目なのに、若様はその半分も大人しくなかった。いつも通りである。
「で、まくらなげってなに?」
話題を逸らそうとした悠利であるが、好奇心に駆られた若様は誤魔化されてくれなかった。キラキラと顔を輝かせて悠利を見ている。きっと何か楽しいことがあるに違いない、という謎の期待が滲んでいた。……あながち間違っていないのが辛い。
枕投げは、単語だけ聞くと何のことだか解らないだろう。枕は寝るときに使うものである。間違っても投げるものではない。第一、何で投げるんだと言われそうだ。
しかし、若様はその単語から、面白さ、遊びの気配を察知したのだ。……得てして子供はそういうところは聡い。
誤魔化すのは無理だと理解した悠利は、困ったように笑って枕投げについて説明することにした。多分、確実に、やりたいと言い出すだろうなと思いつつ。
「枕投げっていうのは、言葉の通りに枕を投げ合ってやる遊びだよ」
「まくらを、なげる?」
「相手にぶつけて遊ぶ感じ……?勝ち負けとかは地域によってルールが違うらしいけど、僕がやってたのはとりあえず皆でわーわー言いながら枕をぶつけ合う感じかなぁ?」
「へー」
悠利の物凄くざっくりとした説明に、若様は静かになった。ふむふむと何かを考え込むような姿に、悠利はちらりと視線をフィーアとクレストに向けた。世話係と護衛役として常に若様の傍らに侍る二人は、悠利を見てすっと視線を逸らした。それが答えである。
少しして、リディはにぱっと笑った。愛らしい子猫がそんな顔をすると、見ている方は思わず表情が緩む。……その口からこぼれた言葉がなければ。
「よし、みなでやろう!」
あぁ、やっぱりそうなるんだなーと悠利は思った。やりたがると思ったんだよなぁ、と。そもそも大勢がお泊まりしているという状況が、若様のわくわくゲージを上昇させているのだ。いつもと違う何かが出来るとなれば、食いつくに違いない。
やると言ったらやる若様である。とりあえず、ちょっとやったら大人しくなるだろうという判断で、悠利達三人は合意した。ほどほどの時間で若様は部屋に連行されることが決まっているが、ここでやらせなかったらずっと駄々をこねるに決まっているのだ。
そんなわけで、悠利は仲間達に枕投げをやろうと持ちかけた。もとい、若様がやりたがってるから付き合ってほしいと話を通した。
枕投げって何だ?みたいな状態だった仲間達は、悠利の話を聞いてノリノリになった。正確には、身体を動かすのが好きそうな面々が面白がった。どうせならチーム戦にしようと言うことになり、どうやって分けるかと見習い組を中心に相談が始まっている。
その間に、フィーアは枕を追加する手はずを整えてくれていた。この部屋には悠利達の分の枕しかないので、一人一つにするにしても数が足りないのだ。最低でも一人一つはないと、枕を投げられないという状況で若様が拗ねる可能性があるので。
「僕は見学してますね~」
ひらひらと手を振って、部屋の中央壁際にちょこんと座っているのはジェイクだった。誰も異論はなかった。非力でか弱い学者先生に参加しろとは誰も言わない。むしろ、うっかり参加して被弾したあげく、ぶっ倒れたらたまらない。
審判というほどではないが、見学するついでに危なそうなときには口を挟む役目をジェイクが担ってくれることになった。口で言っても届かない場合があるので、その手には愛用の鞭が準備されている。ジェイクの鞭は殺傷力よりも捕獲力を重視しているので、当たってもあんまり痛くないのが特徴だ。
……ちなみに、普段は鞭で本をぐるぐる巻きにして運んでいたり、室内でちょっと遠くのものを取るのに使っていたりする。鞭の使い方としては間違っているが、意外と器用に使っているのだ。
そんな中、大真面目な顔でリヒトが数名を集めて注意事項を通達していた。集められているのは、ウルグス、ラジ、マリアの三人だ。共通点は力自慢である。
「ラジとマリアはお互い以外には本気を出さないこと。ウルグスも、枕とはいえ当たったら危ないから手加減を心がけるように」
「解ってます」
「あら~、大丈夫よぉ~」
「気を付けます」
「特にマリア。相手は子供達だし、悠利もいるんだから、本当に、本当に気を付けてくれ」
「いやねぇ~。戦闘じゃあるまいし、ちゃんとやるわよ~」
「……そうしてくれ」
イマイチ信用出来ないと顔全体で表現するリヒトに、マリアは楽しそうにカラカラと笑った。ウルグスは豪腕の技能持ちゆえの腕力を、相手を傷つけないように使うためにはどの程度なのか一生懸命考えていた。ラジの方は力加減をちゃんと心得ているので問題はない。
ちなみに、チーム分けは少なくともこの4人は均等に分けるべきだという判断となり、ラジとウルグス、マリアとリヒトが同じチームになっている。片方に力自慢が集中すると、相手が投げた枕を受け止めたり防いだり出来ないので。
最終的なチーム分けは、悠利、マグ、ミルレイン、マリア、リヒト、リディのチームと、ヤック、カミール、ウルグス、ラジ、アロール、ロイリス、イレイシアのチームとなった。まぁ、チーム分けをしたとはいえ、厳密な勝敗はあまり関係ない。心置きなく遊ぶぞーぐらいのノリだ。
何故かというと、勝敗を決める形にしてしまうと、皆のやる気が変な方向に発動して危険だと思ったからだ。それなら、わいわいがやがや遊ぶ方向にした方が良いという判断である。
「それじゃ、怪我をしない、させないように気を付けて、枕投げをしまーす」
「危ない行動が見えたらジェイクから注意が飛ぶから、そこはちゃんと聞き入れろよ」
「「はーい」」
悠利とリヒトの言葉に、皆は元気よく答えた。勝負事でないというのを念押ししてあるので、ロイリスやイレイシアのようにあまり闘争心がない面々も楽しそうにしている。やったことがない遊びを楽しむと考えれば、気楽に参加できるのだろう。
そして、ジェイクが合図のようにパンと手を叩いた瞬間、枕投げが始まった。
一人一つ枕を持って、一斉に反対側の陣地へ向けて投げつける。相手に向けて投げるとはいえ、枕だ。多少当たっても痛くはないと解っているので、皆、気兼ねなく枕を投げ合っていた。
「くそー!マグ全然当たらねーな!」
「気配」
「ウルグス通訳!」
「通訳言うな!……気配がバレバレだから軌道が読めるってよ!」
「今のでそんな意味あるとか解るかよ!」
ていていとマグに向けて枕を投げるカミールが、思わず叫ぶ。何度投げても、マグはひらりひらりとカミールの投げる枕を避けるのだ。よそ見をしているときですら避けるので、カミールが何でだよと叫ぶのも無理はなかった。
なお、マグに言わせれば自分を狙っている気配がバレバレなので、こっちに向かってくるなと解るらしい。……普通、見習い組ではそこまで正確に気配を察することは出来ない。しかしマグは隠密の技能を持ち、暗殺者の職業を持っている規格外だ。身のこなしも軽やかなので、そう簡単に枕に当たってはくれなかった。
ちなみにそのマグはと言うと、当然だと言いたげにウルグスの顔面ばかりを狙って枕を投げていた。力はそれほどないのだが、遠慮なく全力でぶん投げてくるので、なかなかのスピードだ。それを受け止めたり叩き落としたりしつつ、ウルグスは吠えた。
「お前は何で俺の顔面ばっか狙うんだ!」
「……的?」
「的なんだから当てるのが当然とか抜かすなー!」
誰が的だ!と怒鳴るウルグス。しかしマグは悪びれず、やはり相変わらずウルグスの顔面を狙っていた。……多分、遠慮なく絡めるのがウルグスなので、当人はとても楽しんでいるのだろう。顔面ばかり狙われるウルグスはたまったものではないが。
そんな風にちょっぴり殺伐としてる者達もいれば、楽しげに枕を投げ合っている面々もいる。投げてぶつけるというよりはパスを出しているようなものだが、当人達は楽しそうなので問題ない。
「投げるのが枕なので、痛くないのが良いですね……!」
「そうだな。……ロイリス、もうちょっと強くてもアタイは平気だぞ」
「そうですか?じゃあ、頑張ってみます」
「おう、頑張れ!」
日頃から交流のある職人コンビは、まるでキャッチボールのように枕を投げ合っていた。どうやら、小柄で力の弱いロイリスのトレーニングのような感じでやっているらしい。当人達が楽しそうなので問題はない。
そこに時々イレイシアも加わって、ぽんぽんと軽快に枕が三人の間を移動する。たまに身体に当たっても、当たっちゃったねみたいな感じでほのぼのしている。……枕投げにしては随分と微笑ましいが、平和なので良いだろう。
そんな中、枕投げご希望の若様に向けてラジが、その隣の悠利に向けてヤックが枕を投げる。ラジは勿論手加減をして、ヤックはそれなりに本気で投げるつもりのようだ。
「行くぞ」
「ユーリ、覚悟ー!」
「リディ、来るよ……!」
「わかった……!」
負けない……!みたいな顔をするリディ。ぶんっとラジとヤックが振りかぶり、リディと悠利に向けて枕が飛んでくる。風を切って飛んでくる枕。それを受け止めるか、叩き落とすか、それとも当たってしまうのか。
しかし、結論はそのどれとも違うものになった。
「キュピ-!!」
「「え?」」
「「は?」」
呆気にとられる悠利達四人の前で、ぽよんと跳ねたルークスが枕を受け止めてしまった。そのまま、ぺいんっと弾くようにして枕を遠くへやってしまう。キリッとした眼差しの愛らしいスライムは、悠利とリディの真ん前を陣取った。
「……えーっと、ルーちゃん?何してるの?」
「るーくす、なんでまくらはじいた?」
「キュイ!」
枕投げなんだけど、と続けた悠利に、ルークスはぷるぷると身体を震わせた。何かを訴えているようだが、悠利には意味が解らない。揉めている気配を察したらしいアロールと目が合ったので、悠利はお願いと言うように手招きをした。
十歳児の僕っ娘魔物使いは心得たように枕片手に移動して、ルークスとしばし話し込む。そして――。
「何か、枕でも当たったら痛そうだから守りに来たって」
「……ルーちゃん」
安定の、今日も悠利の護衛を自認しているルークスだった。遊びだというのは理解しているようだが、それでも目の前で枕がぶつけられるのは見ていられなかったらしい。従魔の優しさはありがたいが、今はちょっとそれじゃないんだよなぁ状態である。
「……るーくす、それじゃまくらなげ、できない」
「キュピ!?」
悠利同様ルークスに庇われたリディが、ぼそりと呟いた。その声は沈んでいた。何で邪魔をするんだと言いたげな若様の言葉に、ルークスは驚愕したようにその場でびくりと震えた。大事なお友達のために頑張ったつもりが、物凄くしょげられてしまったのだから驚いたのだろう。
しかし、リディの言い分は正しい。だってリディがやりたいのは枕投げだ。投げられた枕を自分で受け止めたり、当たったりしてみたいのだ。枕だから痛くないのは解っているし。
「キュ、キュピ、キュイイイ……!」
「うん、君が悠利とリディの身を案じたのは解ってる。解ってるけど、コレは枕を投げ合って遊ぶゲームだから、君がやったのは邪魔になるんだよ」
「キュウゥ!?」
「枕で怪我はしないだろうから、君はナージャと一緒にジェイクの隣で見学。本気でヤバそうなやつだけ止めにいくこと」
「キュキュゥ……」
「シャー」
アロールに諭されて、ルークスはとぼとぼとジェイクの傍らへと移動していく。さっさとしろと促すナージャはいつも通りだった。その寂しそうな背中に向けて、悠利は声をかける。
「ルーちゃん、ゲームの邪魔にはなったかもだけど、守ろうとしてくれたのは嬉しかったよ」
「キュ?」
「僕は嬉しかったよ。ありがとう。リディは?」
「ん。まくらなげにはならないからこまるけど、たすけてくれたのはうれしい」
「キュ!」
自分の気持ちが大好きな二人に通じていると解って、ルークスは嬉しそうにぽよんと跳ねた。跳ねて、そのまま今度は軽快に移動していく。やれやれと言いたげなナージャと一緒に。
それでは気を取り直してもう一度枕投げを、と思った瞬間だった。悠利達の側で、ドスっという何とも物騒な音が届いた。何かがぶつかったような強い音である。思わず、全員が動きを止めた。
音のした方を見れば、何故かシュウゥと煙が出ていそうな雰囲気の枕を受け止めているラジの姿。……え、アレ枕だよね?と悠利は顔を引きつらせた。何で枕から湯気が出ているみたいに見えるのだろうか。摩擦のアレっぽい。
「……マリア」
地を這うような声がラジの口からこぼれ落ちた。あぁやっぱり、アレ投げたのマリアさんなんだ、と皆は思った。この場であんな音がするような投げ方が出来るのは片手で足りる。そして、遠慮なくそれをやりそうなのはマリアただ一人である。
ラジに名指しされたマリアは、にっこりと微笑んでいる。ひらひらと手を振る姿は麗しく、何も知らなければ綺麗なお姉さんだなーと思うような感じであった。
「ちょっと全力で投げてみたくなっちゃって」
「ヤックに当たったら危ないだろうが!」
「当たらないわよぉ。だって貴方の方が前にいたんだもの」
「僕がよそ見してたらどうするつもりだ!」
「あらぁ、よそ見してても反応するでしょう?貴方なら」
にっこりと微笑む妖艶美女。ラジの実力を認めているからの発言であるが、色々とアウトである。楽しい枕投げを物騒な大会に変えないで貰いたい。
ぶーぶーと周囲からブーイングが出ている。楽しく遊んでいるのに、いきなり怪我の危険性がある感じで物騒を混ぜないでもらいたいのだ。ここには小さい子供だっているのだから。
そんな中、審判担当のジェイクがしゅるりとマリアの腕に鞭を巻き付けた。
「あらぁ?」
「マリア、ペナルティーですよ」
「何がかしらぁ?怪我はさせてないし、相手はラジよ?」
「枕が壊れます」
「「あ」」
淡々としたジェイクの言葉に、全員がラジの方を見た。正確には、彼が手にしている枕を、だ。
皆の視線に促されるように、ラジは枕をそっと確認した。全体的には枕は無事に見える。他の枕同様に、枕カバーに包まれた普通の枕。……しかし、よく見たら枕カバーがちょっぴり裂けていた。勢いが強すぎて布が負けたのかもしれない。
「……枕カバーがちょっと裂けてるな。ユーリ、後で繕ってもらえるか?」
「了解ですー」
「と、いうわけですので、マリアはちょっとお休みですね」
「えー、せっかく楽しかったのに……」
「はいはい、僕の隣で待機ですよー」
「はぁい」
唇を尖らせて文句を言いつつも、素直にジェイクの隣に移動するマリア。枕投げってこんなんだったっけ?と悠利は思った。多分何か違う。
とはいえ、物騒お姉さんがいなくなったなら、楽しい枕投げになることは間違いなかった。全員でわいわいがやがや枕の応酬だ。誰に向かって投げるとかあまり考えず、全体対全体で枕が飛び交う。
宙を舞う枕。小さなリディはあまり的にならないが、落ちてきた枕を取ってはていていと投げつけている。子猫の力で投げつけられてもそんなに痛くないので、当たっても誰も文句は言わない。そしてまた枕がリディの側に落ちるの繰り返しだ。
「リディ、カミールが背中向けてるよ」
「よーし、くらえー!」
枕を拾うために背中を向けているカミールに向けて、リディがてーいと枕を投げる。若様の投げる枕はへっぽこだが、それでも背中を向けていれば当たる。ぺしんと枕はカミールの背中に当たって落ちる。
枕が当たったことに気付いたカミールが、くるりと振り返る。えっへんとふんぞり返る若様と、褒め称える悠利を見て、誰の仕業かを理解したらしい。にやりと笑うと、両手に枕を構えて声を上げた。
「やったなー!二人とも、食らえー!」
「わっ!?同時投げ!?」
「ふたつとは、ひきょうだぞー!」
「一度に一つしか投げちゃダメなんて決まりはない!」
文句を言いながらもリディの顔は笑顔だった。悠利もカミールも笑顔だ。遠慮なく遊べるのが楽しいのだろう。カミールが投げた枕はぼふっと悠利のお腹とリディの顔に当たった。当たった枕を拾った二人は、顔を見合わせてにっと笑い、カミールに向かって同時に投げる。
「あ、こら!お前ら一人に対して二人は卑怯だぞ!」
「チーム戦だから問題ないよ!」
「かみーるは、てきー!」
「おのれー!」
ぎゃいぎゃいわいわいと枕投げは続く。大騒ぎだが、若様の楽しそうな声が響くので館の者達は微笑ましく聞いているようだった。時々、使用人が興味深そうに覗きに来て、楽しそうな若様を見て満足そうに笑って去っていくので。
結局、遊び疲れて若様がおねむになるまで、楽しい楽しい枕投げ大会は続くのでした。
なお、「お前ら夜にあんまり大騒ぎするな」と全員アリーの小言は食らいました。でも情状酌量の余地があったのか、比較的優しいお小言でした。
大部屋で大人数でお泊まりときたら、枕投げですよね!みたいな話。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、感想返信は基本「読んだよ!」のご挨拶だけですが、余力のあるときに時々個別でお返事もします。全部ありがたく読ませて頂いております!





