冒険者ルテア①
「ここもダメだった」
ルテアはゴーレム軍団を率いて旧オムニール王国付近の小さな村に来ていた。
しかし、既にここも魔族等によって壊滅していた。
穴だらけの家。血痕が残る地面。
生き残りの人は居ないようだ。
もう既に日は沈みかけているのでルテアは大きな家で一晩明かそうと考えていた。
「ここなんか良いかも」
目の前には30人は雑魚寝出来そうな程広い家が半壊状態だが、建っていた。
どうやら二階建ての屋敷のようだが、二階部分は屋根含め吹き飛んでおり、辛うじて一階の部分が残っている状態だった。
しかし、人数が多いために、雨風を最低限凌げるだけの場所があれば良かったので、これ幸いにとそこで寝ることにした。
広いスペースに植物魔法で作った藁を敷き、そこに女性達を寝かせる。
未だに反応は見せないが食事はするようで、ルテアが作った料理を口元へ運んでやると食べたのだ。
ルテアは少し安心した。
ふと敷き藁を見て、改めて植物魔法は便利だと思うルテアであったが、同時に植物魔法をこれから使用を控えられるかどうか不安になってしまっていた。
長い間積極的に使用していた植物魔法は無意識下でも発動が出来るようになっている。
要は、ついうっかりで人前で植物魔法を使ってしまう可能性があるのが心配であった。
ちなみに、ゴーレムで既に魔法は16人に見られているが彼女達の意識がほぼ無いので心配の必要が無い。
気を付けるしかないと自分に言い聞かせ、視線を上げる。
視界に助け出した女性達が映る。
そういえば女性達を良く見ていなかったなと気付き、そちらに意識を変える。
改めて彼女達を見る。
皆同様にどこか虚空を見つめている。
体型は痩せているが、痩せすぎと言うわけではない。
どうやら捕まっている間も食事は与えられていたようだ。
次に種族を見る。
自分と同じ人族が11人。
猫の耳と尻尾が生えている猫耳族が2人。
鼠の耳と尾が生えている鼠人族が1人。
狼の耳と尾が生えている狼耳族が1人。
一人一人に生活魔法の1つ“水洗”を使って身体を綺麗にしていく。
その後濡れた身体を生活魔法“乾燥”で乾かしていく。
生活魔法を掛けている途中でルテアは気付いたことがあった。
それは、猫耳族の一人に黒い首輪が嵌められていたのだ。
その首輪をルテアは知っていた。
「…奴隷の首輪」
眼光が鋭くなるルテア。
奴隷はルテアにとってとても因縁の深いもの。
妹のルーシアにも付けられていたのを思い出す。
(…無理に外すと首輪を付けていた者が死ぬ呪いの首輪)
他にも、装着者には所有者の命に逆らえない。所有者に攻撃を加えることが出来ない。等の制約がある。
この呪いのせいで道具より酷く扱われてしまう奴隷が多かった。
(首輪を外すには隷属魔法による解呪と所有者の持つ首輪を外すキーが必要…)
王国を出る前に首輪に気付いてればと後悔した。
もしかしたらそこに解除キーがあったかもしれない。
しかし、今更戻るには少々遠すぎる。
(一度人が居る街を探して、そこに預けてから模索すればいい。今は安全が優先)
この廃れた街に来るまでに実は何度も魔物に襲われていた。
勿論女性達は無傷、そして敵は全て返り討ちにしたが、万が一の事があるので確実に安全とは言えない。
なので出来るだけ早く人が居る場所へ着きたかったのだ。
「…今日は一先ず寝よう」
気付けば辺りは暗くなっていた。明かりなど無い。僅かな月明かりだけが差し込んでいた。
ふぁ~っと欠伸をするルテア。
周りを見ると女性達は既に寝息をたてていた。
「おやすみ」
敷き藁に身体を預け、瞼を閉じた。
-----
翌日。
既に朝食などを済まし、ルテア一行は出発していた。
ある程度整備された道をひたすら歩く。
途中で彼女達の様子を伺いながら、襲いかかってくる魔物を素材に変えながら。
夜は野宿をすることも多かった。
その際見張り兼撃退役はゴーレムにやらせていた。
そんな日々が続いていく。
-----
約一ヶ月後。
結構ハイペースで歩いたお陰で目視出来る所に要塞が見えた。
ルテアは見覚えが無いが、今はそんなことはどうでも良かった。
「誰かが居る…!」
ルテアの感知に生命体の存在があの要塞から確認出来ていた。
更に近づいて、非常に数が多く群れてることがわかった。
魔族や魔物の可能性もあるが、人の可能性の方が高かった。
なぜなら、遠目で馬車が出入りしているのが確認出来たからだ。
人は荷物を長距離運ぶのに馬を使う。一方魔族は荷物持ち係か魔物に運ばせるのだ。
魔族か魔物かの違いは知能を持つかもたないかだと言われている。
ここで知能を持つのは魔族である。
その魔族は元々力が強く、荷物は自分で持ったり、魔物を力で屈服させ使役したりする。
つまり、馬車を使っている時点で人であることは確定なのだ。
「ようやく辿り着いた…」
ふぅ、と安堵の息を吐く。
「…そうだ、ゴーレム戻さないと」
植物で造られたゴーレムを見られたらかつての植物の魔王とバレかねないので、ゴーレムをただの木に戻す。
そして、その木を今度は船の形に変形させていく。
勿論、これも植物魔法の力だ。
5~6人乗りの木船を3隻作る。
船はわざと、素人が頑張って作ったような感じにした。
その上に女性達を乗せた。
そして、これを牽かせる動物を探す。
「…少し遠いけど、居た」
遠くの林の近くに野生の馬が2頭確認出来た。
ルテアは遠くの林を操り、馬を2頭優しく縛り上げる。
そしてそこへルテアは近付き、複合魔術を発動する。
「“知恵の果実”」
それは植物魔法と闇魔法の複合魔術。
これは食した者に知恵を与える果実。
見た目黒いリンゴを馬達に無理矢理食わせる。
与えた知恵は言語理解。
つまり、こちらの言った言葉を理解させることが出来る。
なぜこんなことをしたかというと、次の複合魔術に理由がある。
「“侵食する音色”」
今度は植物魔法と風魔法の複合魔術。
掌を下に向け、掌から白いベルのような花を咲かす。
そして手を軽く左右に振れば、鈴のような音色が響く。
これはこの音色を一定時間聞き続けた者の精神を操るという効果を持つ。
動物だとしても効き、例外は無い。
要は、こちらの言った事を聞く存在になるということだ。
ここで最初の複合魔術が意味を成す。
ルテアは馬達を解放し、語りかける。
「馬さん。私の言うことを聞いて欲しい。向こうにある私の船を要塞まで運んで欲しいの」
馬達は頷き、船のある方へ向かって走っていく。
(…この魔術はあんまり使いたくない)
ふと、ルテアは馬に置いてかれていること気付き更に落ち込んだ。
ようやく木船の所に辿り着いたルテアは先に着いていた馬達に木船を植物魔法で出した頑丈な蔓で繋げていった。
片方の馬は2隻牽いているのにぐんぐんと進んでいく。
後ろには線が引かれていく。
ちなみに今度は馬に乗っているので置いてかれてはいない。
暫くして要塞の門前まで辿り着いた。
門番の人達は驚きながらこちらを見ている。同様にこちらに気付き目を見開く商人や冒険者らしき人がいた。
驚くのも無理は無い。
なんせ馬が女性を乗せた木船を牽きながら来ているからだ。
異様な光景なのは一目瞭然だ。
ルテアは門に出来ている待ち列に並ぶ。
人の視線が集中するが、気にも止めていない。
すると声を掛けてくる人が居た。
前に並んでいる馬車から出てきたのは商人ギルドのバッチを胸に付けたまさしく商人の男だった。
「なぁ、君はどこから来たんだい?」
オムニールと言いかけて、留まった。
正直にオムニールと言っていいものなのか。
100年経って名前が変わった可能性があるので簡単には喋れない弊害が出てきてしまった。
とりあえず咄嗟に思い付いた事を言うことにした。
「…ゴブリンに支配された王国から逃げて来たんです」
あながち間違ってはいない。
上手いこと言えた!と心の中で喜ぶイデア。
「…!まさかオムニールからか!?」
どうやらオムニールのままだったらしい。
ルテアは頷く。
「…冗談だろ?」「あの娘は何者なんだ…?」「後ろの動かない女達はどうしんだ?」
商人との会話を聞いていた人達がざわざわと疑念の声を上げる。
(…ん。ここは私が考えたストーリーを話して私が“助けられた側”だと思い込んで貰おう)
「…実は」
ルテアはここに来るまでに考えていたストーリーを話始めた。
内容は、ルテア含めここの17人はゴブリン達に捕まって地下牢に入れられていた。そこへ勇者と名乗る男性が助け出してくれた。
彼は私達を急遽作った木船に乗せ、馬で牽かせてこの要塞付近の村まで護衛してくれたこと。
その後、その村で彼とは別れた。彼曰く「オムニール王国の後始末をする」と。
その後、今に至る。
話終えた後、見事にルテアへの疑惑は薄れ、その勇者は何者だと議論を交わし始めた。
(ふふ…また上手くいった…!残念ながらその勇者はフィクションなのです!)
ルテアは肩を震わせ俯き、笑うのを堪えた。
その様子を見た周囲は「ああ、余程辛い目にあったのだろう」と都合の良い解釈をしてくれていたが、ルテアはそれに気付いてなかった。
ルテアの話は門番まで届き、直ぐ様要塞内へ入れてくれた。
どうやら身元確認は後程落ち着いたときにするみたいだ。
ちなみに、ここまで運んでくれた馬はこっそり逃がしてある。
高い外壁で囲われている要塞の中へ入り、そして見た光景はまるで街のようであった。
一般人や子供は普通に居て、食事処や商店、宿屋なんかも見える。
(これは昔とはまるで違う…)
100年前の要塞と言えば国の兵士のみで占められ、宿屋や商店なんかは無かった。
しかし、現代の要塞はまるで一つの街もしくは国ように感じた。
(これじゃあ魔族や魔物が侵攻して来た時に犠牲者が多く出る…)
それは当然の考えである。
疑問に思ったルテアはルテア一行を馬車で送る準備をしている兵士に聞いた。
「…あぁそれはね」
魔族や魔物の侵攻に対して兵士だけでなく冒険者も駆り出されるようななったのが起因で、冒険者の為にギルドや商店、宿屋等開設していった結果、街のような内部になったので、一般人や貴族で希望者はその要塞へ住むことを許可したところ、この様になったという。
(…戦える人が多ければそれだけ安全か…?)
少し納得しきれないが、理由は分かった。
どうやらこれは5年前から始まったらしく、そもそもの原因はオムニール王国の陥落だとか。
つまり、オムニールで出会った女性達は5年もの間あそこにいたことになる。
ルテアは少しゾッとした。
(それならあそこまで廃人になるのも頷ける)
話し終えた兵士は別の兵士が準備してくれた馬車を3台受け取り、ルテアに話しかける。
「この馬車で冒険者ギルドへ貴女達を送ります。そこの宿を利用させてもらう手筈は済みましたので、暫く休息を取って下さい。ご飯はギルド内の酒場で無料でお出ししますし、犯罪等の危険はギルドであれば安全です」
理解させるために少し間をおく。
「それで、疲労している中で申し訳ないのですが、翌日になりますがギルド職員が貴女に事情聴取をするので、協力して頂けますか?」
「わかりました」
返事を聞いた兵士は頷き、近くの兵士にアイコンタクトを取る。
それを確認した兵士達は皆でルテア達を馬車へ乗せる手助けをする。
全員乗ったのを確認した兵士は、では出発しますと言い、馬車の御者台に座った。
3台の馬車はゆっくりと冒険者ギルドへ歩き出す。