100年後の世界
暗い空間の中から一気に光が溢れる場所へと切り替わる。
「…着いた」
私は長らくぶりに地上に出た。
というのも現在の暦を確認する為だ。けど正直な所、このまま今の世界を探索しようとも考えていた。
ぐーっと背伸びをする。
髪を撫でる風と太陽の光がとても心地良い。
ずっと狭い空間に居たために身体があちこち固い気がする。
ぶっちゃけ私は人間辞めてるから、同じ姿勢をし続けたとしても何ら異常は起きない。気分的に伸びをしたのだ。
ふと、周りを見渡す。
んん?ここは何処だろうか。
私はイデアに敗れた後、その場所から真下に潜ったハズ…。
つまり、オムニール王国に居るハズだ。その国からは出ていないから恐らく街中に出るだろうと考えていたのだが。
いや、“人が居る”街中と思っていた。
何が言いたいかというと、人の気配は無く、辺りには戦争でもしたかのような痕跡が至る所にあった。
建物は黒焦げていたり崩壊していたりと酷い有り様だった。
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どういうことだろうとルテアはその場で考える。
(私が地下にいる間に戦争が起きたのか?若しくは魔族による侵攻か。
とりあえず、今の暦を調べよう。)
ルテアが地下に籠る時の暦はカンディア暦832年であった。
ルテアは近くの死んでいない木に念のようなものを送り、話しかける。
「(今。暦。何年?)」
「(936年)」
ルテアは衝撃を受けた。
ルテアは精々30年ぐらいかなと予想をつけていたが、それが104年ともなると驚きもするだろう。
むしろそれだけ籠り続けた自分に嘲笑してしまう。
「…ふふっ。まぁ予定通り。これで私を直接知る人間は居ない」
全く予定通りではないが、1世紀程現世から離れるという目的は達成していたので、これでルテアはまた地下に潜るなんてことはしなくて良くなったのだ。
ふと、思い立つ。
いくら1世紀経ったとしてもルテアを知る者は完全に居なくなったのかと。
ここは情報を早急に得るべきだと考える。
それにより今後どう行動するかが決まるからである。
色々考えたが、とりあえず同じスキルを持つ者は二人として存在しないユニークスキル。-【植物魔法】は極力隠そうと思うルテアであった。
「んー、どれもこれも壊れてる」
眉を潜めながらかつて街だった所を散策していたルテア。
しかしどの建物も中まで破壊の跡があり、入るのもままならない程であった。
オムニール城に向かって歩いてるとルテアの感知に何かが引っ掛かった。
どうやらまだ生命体が居たようである。しかし、それが人間でないことはルテアは感知で分かっていた。
暫く歩いて、その生命体が居るであろう所まで行く。
そして目視出来るまで近づいたそこには、身長1.2メートル程の全身緑色の魔族--ゴブリンが居た。
ルテアの接近にようやく気付いたゴブリンは目を見開き驚いた様子で城門前に佇んでいた。
「ナニ者ダテメェ!!」
聞き取り難いが共通言語で話し掛けて来たゴブリンは警戒を露にする。
しかし、接近してきた者が華奢な少女だと分かるや否や、警戒を解き下卑た視線をぶつける。
さらに先程のゴブリンの声を聞き付けて5体新たにやってくる。
計6体のゴブリンはルテアを獲物として見ているようだ。
当のルテアはというと…。
「成る程。魔族にやられたのか」
極めて冷静であった。
ルテアはゴブリンに質問をする。
「ねぇ、ここの生き残りは居ないの?」
「ガガッ、ナンダオマエ冒険者カ!」
「シカシ一人ダケトハ馬鹿ダナ!」
「大人シクシテイレバイタイメニハ合ワナイゾ!」
質問はどうやら無視されたようだ。
ならばと、こちらも相手の言葉を無視し、次の質問をした。
「ルテアって知ってる?」
ゴブリン達は意味が分からないと言わんばかりの態度をする。
「グガッ、何ダ?ソノ“ルテア”トヤラヲ探シニ態々来タノカ?友達思イダネェ」
少し呆れたような、しかしニヤニヤしながら答えるゴブリン。
これに対しルテアもほくそ笑む。
(…やっぱりルテアの名は知られていない。魔王してた時代の呼び名は“植物の魔王”とか“緑の悪魔”だったから私の名前が伝わってない予想が当たっていた)
ルテアは幸先が良いと思いつつ、とある質問をしたらどう反応するのだろうと欲が出た。
「いや、知らないなら良い。なら植物の魔王は知ってる?」
直後、ゴブリン達の表情が険しくなった。何故今その名を出したのかわからない顔だ。
「ンギッ…。ソノ魔王ガドウシタ!ソノ魔王ハ遥カ昔ニ討伐サレタゾ!」
「そっか、ありがと」
どうやら植物の魔王の名は100年経った今でも知られているようだ。
「それとね」
「ウルサイ!モウオ喋リハオ仕舞イダ!」
痺れを切らしたのか、ゴブリン達は一斉に棍棒を振り上げ接近する。
(うん。名前は変えなくて良さそうだ。にしても、植物の魔王は語り継がれてきたのかな?まぁとにかく今は…)
徐に左手をゴブリン達に突き出す。
ゴブリンは不意に挙げられた手に吃驚するが、既に自身の間合いにルテアが入っているので思考は相手をどう気絶させるかに切り替える。
殺さないのは、ゴブリンにとって他種族の雌は自分等の苗床になるからである。
閑話休題。
ルテアは闇魔法を発動した。
闇魔法は引力と破壊を司る。
ルテアのランクは現在Aなのでとても強力な魔法が使える。
本来なら詠唱を行いイメージを固めてから魔法の名称を言い発動するが、ルテアは【詠唱破棄 S】のブレス“無詠唱”を得ているのでそれらは必要ない。
つまり、黙って挙げたルテアの手から飛び出た黒い球はゴブリン達同士を引き付ける。
更に、ゴブリン達は身体が闇の力によって破壊されていく。
そうしてゴブリン達が一塊になった所にすかさず別の魔法を繰り出す。
今度は水魔法。
ルテアは水魔法の適性があったので、元々使えていた。
今はランクBだ。
塊に向かって放つは高水圧の水。
今度は右手を挙げ、掌を開く。
瞬間、ルテアの右掌から凄まじい勢いで大量の水が放たれる。
ゴブリン達の塊は完全に水に埋もれ、その勢いで遠くまで吹き飛ばされる。
飛んでいった先は城門。
ドカンと激しい音をたててぶつかる塊と水。
その圧力に負けた門は堪らず崩壊してしまう。
ゴブリン達の身体はあちこち変な方向に曲がっていたり潰れていたりしており、既に事切れていた。
それを確認したルテアはふぅっと一つ息を吐く。
(…100年振りの魔法は特に問題なさそうだ)
ルテアは久々に使用する魔法に劣化が見られないか確かめるために二つの魔法を使用したようだ。
安堵したルテアはポッカリと大口を開けている城門へと歩き出す。
「さて、城を取り戻そっか」
そう、独り言つ。
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旧オムニール王国、現ゴブリン城の謁見の間。
そこには王族を連想させる程豪華な服と王冠を被る長身のゴブリンの王マモンと、光沢を放つ鎧に身を纏った側近のこれまた長身のゴブリンジェネシスが居た。
これらの服や鎧は奪い取った物だろう。
「ナ、ナンダ今ノ音ハ!?」
マモン達は突然の轟音に狼狽する。
今度は扉が開かれる音が響く。
「ホ、報告致シマス!」
突如入ってきたゴブリンは突如起きた出来事を報告していく。
城門が破られたこと。今もゴブリン達が倒されている状況。
そしてそれを実行したと見られる謎の少女が今、たった一人で城内を移動中だということを。
「ソ奴ハ勇者カ!?」
「恐ラクソノ通リカト…」
「バカナ…“|南に<<・・>>”勇者ハ居ナイハズ…」
大陸を上中下で三分割したなら、中が魔族魔物が支配しており、上下は人類が占めている。が、現在魔族魔物の侵攻により下の方面は魔族に占領され始め、今や大国は2つほど落とされていた。
そして、その侵攻が成された背景として、南方には勇者が一人も居ないことが原因であった。
「マモン様。今ハソノ勇者ノ迎撃準備ヲシタ方ガ宜シイカト…」
側近の一人がマモンに声を掛けた。
「…ワカッテオル。…ジェネラル全部隊デ迎エ撃テ。私モ行ク」
「ハッ!」
マモンの命を受け、すぐさま行動を開始する部下達。
(…コノママ南ヲ制スルコトガ出来レバ魔王ト成レタノニ、上手ク行カナイモノダナ)
マモンは溜め息を吐く。
マモンはゴブリンの王にしてBランクの魔族。
個の力としては強すぎるということではないが、マモン率いるゴブリン族の数が7桁を超えている為、その圧倒的な数量が強みだった。
しかし、その過半数は今、旧オムニールの近くの要塞に居る。更に接近の反応を示さず城内に入られると数が強みの部隊もまるで意味を成さない。
つまり、今ここで直ぐに集められる戦力をもって迎え撃たなければならなかった。
「んー」
ルテアは歩きながら眉を潜めて前方を睨む。
たったそれだけで目の前のゴブリン達は気絶する。
そしてその無防備な状態にすかさず水魔法を当てる。
この行動を繰り返してゴブリン部隊を着実に減らしていった。
ある程度進んでいると、等級の高そうな鎧姿のゴブリン達が決死の表情で向かってくるのが見えた。
「んんー」
今度は先程より強めに“威圧”を放つ。
そしてまた、ゴブリン達は気絶する。
「ゴブリンの強さは昔とさほど変わらないな」
そう言いながら蹂躙していく姿はかつての魔王のようであった。
暫くして、どうやらここのボスが来たようだ。
緑色の肌を更に青ざめた表情でこちらを見る王族のような服装をしたゴブリン-マモンは数十のゴブリンジェネラルに自身を守らせながら来た。
「あなたがここのボスね?」
「…アァソウダ。…私ハ“マモン”。ゴブリンヲ統ベル王。貴様ハ勇者カ」
「違うよ」
「嘘ヲ付クナ!貴様ノヨウナ人間ガ居ルカ!」
言外に勇者は人間ではないという意味を匂わせていた。
つまり、ルテアも化け物に見えているということだ。
そこへは突っ込みはせず、ルテアは悪戯っ子の様な笑みを浮かべ、一言。
「私はルテア。100年前に植物の魔王と呼ばれていた」
「…ハ?」
酷く困惑した表情になるマモンとマモンの側近達。
死んだ人物の名前を自信満々に告げる少女を、狂った人族と認識していた。
しかし、その考えは直ぐ改められることとなる。
ルテアから凄まじい魔力が放出される。それはかつて勇者に放った黒腕の再来。しかし、今度は別の“複合魔術”であった。
(イメージする。…大きな刺。付着するのは出血毒…)
「“|血濡れの黒刺<<ウィケッド・ブラックベリー>>(ウィケッド・ブラックベリー)”!」
それは植物魔法と闇魔法の複合魔術。
無詠唱を得ていても、複合魔術は術名を言わなければならない。
更に複合魔術は使用した各魔法のランクによって強さが異なる。
例えば、今回の様にSSとAの場合ランクの高い方の魔法を放つことが出来る。
つまり、SSランクの超強力な魔法を使用することが出来るのだ。
そうして出現したのは黒い巨大な刺。城の柱はあろうかと言う程のその刺には出血毒が大量に塗られてある。
その刺はマモン達の真下から何本も垂直に突き出る。
突然のことに反応出来ないでいたマモン達はその黒刺を喰らってしまう。
まさに阿鼻叫喚。
身体の中心を貫かれ即死したものは幸いだったのかもしれない。
というのは、間一髪で少し肉が抉れた程度になった者や運良くかすり傷程度の者でも皆絶叫していた。
たったのかすり傷でも刺に含まれた毒が進入していた。
それは出血毒であるが、神経毒でもあった。
つまり、血液凝固を阻害し、更に鋭い痛み発生させていた。
血が流れ続ける感覚と共に耐えがたい痛みが襲ってきていたのだ。
勿論そうしたのはルテアである。
全員この毒にやられている所にルテア近づき、比較的タフなマモンに話しかける。
「どう、信じてくれた?」
「グアアッ…!アア信ジタッ!ダカラ助ケテクレッ…グゥッ!」
「…ここに元々いた人達はあなた達に助けを乞わなかった?」
「……ッ」
マモンは答えられなかった。
分かってしまったのだ。この少女、いや植物の魔王が救わないことを。
例え地面に頭を擦り付け許しを乞うても、以前自分達が人間にしたことと同じ様に、戦意が無い者でも殺したように。
マモンは恐怖した。
何故死んだと伝わっていたかの魔王が今甦ったのか。
何故かの魔王が我々魔族を襲っているのか。魔王それすなわち魔族の王であるからして、彼女の襲撃の対象にされる理由が見当たらなかった。
何故。
どんどん血が抜けている感覚が気が付けば無くなっていた。
いや、もはや全ての感覚が無くなっていた。
マモンは涙を流しながら苦悶の表情のまま息絶えた。
「…せめて魔石として役に立って」
ルテアはマモンの死体を先程の黒刺で真っ二つにする。そして中から野球ボールぐらいの魔石を入手する。
魔石は魔族魔物のみその体内に入っている。
長寿の者や強者等は魔石が高品質で大きい。
そしてそれら魔石はあらゆる場面で活躍する石となる。魔道具の動力や様々な燃料として活用されるのだ。
魔石を腰の巾着に入れた後、死体から視線を逸らす。
辺りを見ると他のゴブリン達も既に死亡していた。
これにて、ゴブリンに支配された旧オムニール城はルテア一人によって速やかに取り戻されていた。
ちなみに、ゴブリンの死体は城の外の庭に一ヶ所に集めて埋めてある。
それからルテアは気配感知と魔力感知スキルをフルに使い、城内の生き残りを探していた。
するとどうやら地下に数人の存在が確認できた。
直ぐに地下へ移動する。
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異臭。異様。
まさしくそんな感じだ。
今私は地下牢に居る。
感知スキルを使って来た結果だ。
そして目の前には一人のみすぼらしい格好の女性が両腕に枷を付けられた状態で居る。
他にも同じ様な状態の人が各部屋に一人ずつ収監されていて、合計で16人居た。全員女性だ。
皆死んだような目をしている。
これを見て、ゴブリン達になにをされていたのかが想像出来てしまう。
つまり繁殖の為にここに監禁されていたのだろう。
そして私が来たのに気付いていないというか意識が何処かへ飛んでいるところを見る限り長い間監禁されていたようだ。
ゴブリンの数に対して人数が少ないと思うかもしれないけど、殆どの人はゴブリンと行為をする前に自殺する。それほどまでに女性からしたら耐えがたいモノがある。
そのためこうして数が少ない。
けど、中には自殺する勇気が無い人が居る。そういう人はこうなってしまう。
「あの、助けに来ました。もう大丈夫です」
「…」
「…聞こえていますか?」
「…」
やっぱり反応が無い…。
見ているこっちが辛くなってくる。
兎に角助け出そう。
他の人達にも同じ様に何度か声を掛けたがみんな無反応だった。
中には獣人族や小さな女の子まで居た。
このままではダメだ。
だから私は無理矢理連れ出すことにした。
私は運搬用に植物魔法を使って“植物型魔動人形”通称ゴーレムを8体造り出す。
私は何もないところからでも色んな植物を生やすことが出来る。
そして植物の性質も変えられる。
だからこんな芸当もできるのだ。
ゴーレムの見た目は太った人形の木だ。
本気で造ってないからこの程度だけど、頑張れば限りなく人に近づけることも出来る。植物なのに。
私はそのゴーレムに牢屋の鉄格子と手枷を外させて、女性達を担がせる。
そしてそのゴーレム軍団は私の後を着くように命令する。
ちなみにゴーレムは一々命令しなくてはいけない。同時に複数の命令とか複雑な命令だと動いてくれないのだ。
そうして城を出た私は目的地を考える。
今このオムニールを取り戻したといっても物資は何も無さそうだし、人も居ない。だからオムニールで彼女達の面倒を見るのは却下だ。
だから人が居る場所が良い。
今は100年後だから心配だけど、当時の地図を思い出す。
ここから更に南へ行った所にシュルトン王国があったハズ…。
いやいや、遠いよ。
途中で街とかなかったかなぁ…?
うーん、とりあえず…。
「…食料を持って南へ行こっか」
更にさっきより大きいゴーレムを3体造り、城に残っていた食料を出来るだけ持たせる。
もしこのゴーレム達を見られそうになったら直ぐ木に戻せば、植物魔法使いだってバレないし。
ん。これでOKだ。
いやまぁいろいろと不自然ではあるけども、何とかなるでしょ。
私率いるゴーレム軍団はとりあえずシュルトンを目指して歩き出す。
途中で人が居る街があることを願いながら。