目覚め
彼女は夢を見た。
それは過去の出来事。
彼女は農家として生まれた。小さい頃から自然に囲まれ、触れ合い育ってきた。
そして農家としての仕事もしてきた彼女は、植物が大好きであった。
友達は家から少し離れた村に数人居たが、植物といる方が長かった。
そのためか、彼女は植物にまで話し掛けていた。これは彼女による植物に向けた愛情表現であるが、当然周りからは白い目で見られることが少なくなかった。
しかし、彼女の妹は違った。植物に話し掛ける姉に対して嫌な表情は一切見せず、むしろその輪に入っていくような人物であった。
彼女は妹ことが好きだったし、妹も姉を同じように想っていた。
そして彼女が10歳になったとき、早朝いつものように自分の持つ小さい畑に行き、世話しようとしていた時、ある植物に奇跡が起こっていた。
彼女が苗を植えてから、7年間大切に育ててきた木。植物の中でも特に好きだったイオの木に実が成ったのだ。
イオの木は、木の種類の中でも特に成長が早く、2メートル程しか大きくならない。そして、7~10年で完全に成長をし、実を成す。
しかし、作られる実は少なく、更に寿命もかなり短いということで、その実はとても希少価値があった。
ちなみに、イオの実は野苺のような見た目と大きさで、食べた者の魔力量をその実に含まれる魔力分だけ上昇させる効果がある。だが、元々が小さい為に増える魔力量は微々たるものだ。
話を戻し、その実が成ったことが奇跡なのではなく、その実が“黄金”に輝いていたのが奇跡であった。
このような現象は今までで発見例は無く、間違いなく歴史上初の快挙であった。
しかし、当時の彼女は10歳だった。未だ幼く、これを売れば大金持ちになるとは思いもよらず、彼女がとった行動は。
それを食べたのだ。
黄金の実を誰かに見せびらかすこともせず、大切に保管しておくこともせず、ただ本能に従ったかのように、徐にその実を採り、食べたのだ。
瞬間。彼女の身体が強い白い光を放ったかと思うと、しかしそれは直ぐに収まり、今度は身体の芯から焼かれているような痛みが発生する程の熱が込み上げてきた。
彼女はその不可解な現象を体験し、流石に狼狽したが、後からでた熱も次第に引いていくのを感じて、落ち着きを取り戻していた。
彼女の身に起きたこと。それは、“総魔力量の増加”と“スキルの取得”だ。
本来、スキルと呼ばれる技能若しくは才は、鍛練や生まれつきによる会得が殆んどだが、稀に、彼女のように何かの理由でとてつもない程の魔力をその身に受け、その影響でスキルを新しく得る者が居る。
今回の場合、二つの現象は彼女が育てたイオの実が原因だ。
イオの実は苗の時に“ある一定以上の魔力を朝日が昇るまでに注ぎ、それを実が成るまで続ける”と、出来る実はとてつもない魔力を蓄えた状態で成り、金色に光るのだ。
そしてそれを食べた彼女は、新しくスキルを得る条件に偶然にもクリアしていたのだった。
そうして得たのは、イオの実の効果で取り込んだ凄まじい量の魔力と、その法外な魔力によって取得したスキル。【植物魔法 A】だ。
Aというのはその魔法のランク、つまり強さ、優位性を示す。
ランクはF~SSまであり、SSが最高ランクとなる。
植物魔法のような特殊な方法で得た“ユニークスキル”は大体が取得直後から高ランクであることが多い。
ちなみに、難しいがスキルランクは熟練度合いによってランクが上昇することがある。
既に分かっていることだろう。この魔法の持ち主こそ、6年後に魔王と呼ばれ畏怖される人物-
「ルテア姉!大丈夫!?さっき何か光ってたけど--」
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懐かしい夢。私が魔法を得た日、まだ楽しかった頃。
そのあと私はルーシアだけに黄金の実と植物魔法のことを教えて、それで私達だけの秘密にしたんだっけ…。
ルーシアは黄金のイオの実が見たかったと頬を膨らましながら不満を漏らしていたっけ。
「もうどれくらい眠り続けたかな」
彼女はイデアに敗北後、地下深くに潜り眠り続けていた。
そんな彼女の容姿は、地下に潜る前と何ら変わらない若さを保っていた。
というのも、魔王として畏怖され始めた16歳の時に多くの魔物、人間と戦闘を繰り返していたために、植物魔法のランクが知らずうちにAからSSに上がっていた。
その時に、ランクSSになった彼女は、【超再生】と【不老】の恩恵を取得していたのだ。
恩恵というのは、そのスキルランクに見合った副次効果のことで、スキルのように受動による発動、行使ではなく、自動で効果を発揮する“パッシブスキル”というのが得られる。
彼女はイデア戦の時、失った半身を元に戻せたはこの超再生が働いた結果である。
ちなみに、服は植物魔法で作った植物繊維を緻密過ぎる操作によって修復していた。
「…あれから何年経ったか地上の植物に聞いてみようかな」
彼女は植物と意志疎通のようなものが出来る。質問に対してその植物が知っている情報を返すだけのことだ。
植物達からは話し掛けず、答え方も曖昧であったり、簡単なものだったりする。しかし、現在時刻と暦はしっかり答えられるのである。
「いや、ダメ。反省のためにここで眠り続けてるのに」
彼女の反省方法として、恐れを抱かせた人達の前から姿を消し、当時のルテアを知っている者がいなくなるまで表に出ないもとい、寝続ける選択をした。
本来ならば迷惑を掛けた人達のに頭を下げ、賠償なりし、身を粉にして罪滅ぼしをしないといけないだろうが、彼女はそれより、イデアを選んだ。
あの時もしも地面に潜らず、地上にでたまま罪滅ぼしの旅をしたとなると、当然イデアは魔王討伐の任務は失敗したことになる。
いやいや、魔王が改心しているから世界を救ったことに変わりない。と思うかもしれないが、もしあなたの街で大量殺人犯が改心したからとそこで住み始めたとして、あなたは安心出来るたろうか。
もしまた殺人をしたらとか、もしかしたら自分の命か狙われているかもだとか思う人も居ることだろう。
そうした不安が残るだけで、人は気が収まらず、今回の場合、勇者に何故魔王を殺さなかったと声を荒げる人が出て、最悪、暴動が起こるかもしれない。
そうなると、イデアは完全に英雄視されることはなく、強い勇者止まりだったかもしれない。
地上に出なかったのはそれが一番の理由であったが、他にもルテア自身の目標達成が困難になることも懸念していた。
その目標とは、奴隷制度廃止若しくは解放だ。
ルテアは、妹のルーシアが奴隷にされ酷い扱いを受けていたのを目の当たりにした過去がある。
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ルテアが14歳の頃、ルテアが家から少し離れた自分の畑で植物の様子を見ていた時、事件は起きた。
その日は大雨が降っており、農作業を止め、ルテア以外の家族全員が家で寛いでいた。ルテアは植物が心配だからと皆の抑止を振り切り大雨のなか家を出ていっていた。
もし、この時ルテアが畑の様子を見に行かずに家に居たら、また違う運命を辿っていたことだろう。
ルテアが畑に着いたちょうどその頃、ルテアの家には汚れた服装、ギラついた目付き、そして剣を携えた複数の男達がやって来ていた。その者等は所謂盗賊であった。
盗賊等はこの大雨の日を好機と見て、村から少し離れたこの家を襲撃したのだ。
家から聞こえる悲鳴や怒号、何かを壊したような音などは全て大雨によって掻き消されていたのだ。
そのせいでルテアを始めとした村の人々もこの騒動に気付くことはなかった。
結果、ルーシアは盗賊に連れ去られ、両親は抵抗の末なのか無惨にも殺されていた。
それにルテア気が付いたのは全ての事が終わった後であった。
畑から帰ってきたルテアは、家具だった木材が散らばる屋内と血まみれの両親の亡骸を発見した。ルテアは両親の名を呼ぶが返事はない。そんな両親の顔は何かを叫んでいるような表情のまま死んでいた。
両親の死を目撃してしまったルテアは大雨の音にも負けないくらい大声を上げながら泣いた。
なぜ、どうして。そんな何処へ向ければいいのかわからない様々な思いをぶちまけず押し殺す。心臓は今にも張り裂けそうで苦しくてどうにかなりそうだった。
そして、ルーシアが居ないことに気付き、悲鳴にも似た大声で呼ぶ。
しかし、何処にも居ない。
家中を駆け回る。
居ない。
家の外に出てルーシアの名を叫ぶ。しかし、雨によって声は遠くまで届かない。焦り、不安、恐怖。そんな感情渦巻く彼女は足元にあった物に躓き、転んでしまう。
そこで、ルテアは自身が躓いた物に目がつく。
それは酒瓶であった。
ルテアの両親は酒は呑まない。勿論ルテアやルーシアも同様だ。
つまり、これは盗賊が落としていた酒瓶であった。
ルテアはそのことに気付き、盗賊という存在を思い出す。親に何度も気を付けろと言われていた存在。略奪、暴行、殺人などを行う犯罪者。
時には奴隷にするために若い娘も拐うことも--
その瞬間ルテアの心にどす黒い感情が生まれる。
もう盗賊が両親を殺し、ルーシアを拐ったことは状況からして確定であった。
そこからルテアは家にあるお金や食料になりそうなものをかき集める。武器は農作業用のスコップ。そして、植物魔法。
準備を終えたルテアは両親を手厚く葬った後、すぐさま出発する。
ルーシアを探すために。
そこからの彼女の行動力は異常であった。
先ず、隣街まで走ってそのまま冒険者ギルドへ行き、冒険者登録をした。
冒険者ギルドというのは国家公認の組合で、冒険者はギルドに集まる依頼や、世界中に蔓延る魔物の討伐を主に仕事として生計を立てている。
そしてなにより、ギルドには多くの情報が集まる。
ルテアは自らルーシア捜索の依頼を出し、自分の足でも捜索を始める。
ギルドから情報を聞き出し、ルテアのいたハッカ村を中心に盗賊の目撃情報や被害情報を集める。
その結果、2ヶ月という早さで家族を襲った盗賊の居場所を突き止めた。
ルテアはその盗賊のアジトに単身で出向く。常識的には無謀という言葉が当てはまる。しかし、ルテアはAランクの植物魔法を持っており、尚且つ、凄まじい怒りによって彼女は豹変していた。
結果は虐殺。それはルテアの手によってもたらされた。
アジトは短時間で死体の山と化していた。
盗賊に捕まっていた人達は解放してあげ、その中にいるであろう妹を捜す。
しかし、ルーシアの姿が見当たらないことに彼女は心臓の鼓動が速くなった。
この時ルテアが盗賊の頭を生け捕りにし、情報を聞き出すことが出来ればすぐさま妹の居場所が突き止められるのだが、冷静ではない彼女は奴隷として売られている可能性を失念していた。
失念によってまた最初から捜さなくてはいけなくなったことにルテアは、情けない自分に対して怒り、奴隷として妹を買ったであろう者に対し、殺意をその目に纏わせた。
その後のルテアは行く先々の村、街、王国に足を踏み入れ、騒動を起こしていった。
彼女は人を人と思わず、蔑ろにする者に対して異常なまでの敵対心を持つようになった。
ある時は盗賊を、奴隷商人を襲い、またある時は奴隷の所持者を襲った。
殺してはいないが、犯罪者として大陸中から追われる身となってしまう。
来る者を撃退しつつ妹を捜す日々が続く。こうしている今にも妹が酷い目にあっていると考えてしまい、徐々に心は焦燥によって磨耗される。
結局、妹が見つかるのは、誘拐されてから2年後のことであった。
妹はとある王国のとある貴族の元に居た。
ルテアはすぐさま妹を救出し、貴族等は殺した。
ルテアはやっとの思いで妹に出会えたこと、救いだせたことに歓喜した。
しかし、この2年という期間は、遅すぎたのかも知れない。
妹ルーシアは盗賊に貴族に慰み者にされていた。両親を目の前で殺されたこと、望まない命をその身に宿したこと。
それにより、ルーシアは既に心が壊れていた。まだ幼い彼女にとって、これらの悲惨な体験は彼女にとって耐えがたいものであった。
姉であるルテアに助け出されるも、もう生きることを辞めたかった彼女は。追っ手が来ない深い森の中、そこまで連れてきてくれた姉の寝た姿を見て、頭を撫でた後、遠くの崖まで歩き、そこから飛び降りた。
ルーシアがルテアの頭を撫でた時の顔は寂しそうで苦しそうなでもどこか優しげのある笑顔であった。
翌日、ルテアがルーシアの遺体を見つけたとき、ついに彼女の中の何かが壊れた。
心の中に生まれた黒い、何処までも黒い感情が彼女を支配する。
もはや感情は無い。彼女は家族を襲った盗賊、妹を助けず売り物にした奴隷商人、そして妹を自殺に追いやった貴族。
ただただ、それ等を殺すだけの存在に成った。それが死んだルーシアの為になると信じて。
そして、彼女は自身から漆黒の魔力が知らずに溢れ出していた。その黒い魔力は暫く吹き出た後、巻き戻しのようにルテアの身体に戻っていった。
それは彼女の心に現れた闇が魔力を黒色に染めたもの。それはとあるスキルを得る条件をクリアする。
これによりルテアは新しく【闇魔法 B】を得た。
それからのルテアはまさしく悪魔のようであった。
彼女が殺すと決めた相手はどこまでも追いかけ、許しを請いても必ず殺していた。
今までと違い、彼女を追い、攻撃をしかけてくる人間はどれも高ランク高戦闘力を誇る者であった。
しかし、どれだけ高ランクの冒険者であろうが、名を轟かせた傭兵だろうが、様々な勲章を得た王国騎士だろうが全て蹂躙していった。
いつしか彼女は魔王と呼ばれ、世界中から恐れられる存在となった。
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このような過去があった為、今も奴隷商人やそれを扱う人間が嫌いであった。ただ、中には奴隷に対し比較的扱いが良かったり、優遇したりしている人が居たため、奴隷を扱っている人が全て嫌いという事ではない。
要は、こうして地下に潜り、ルテアを知る人が居なくなれば彼女は動きやすくなることも考えていたのだ。
「うん、大丈夫。ほんの少し確認するだけ」
長い間一人で居たために独り言が多いのは仕方のないことだろう。
「よし、行こう…」
ルテアはついに地上に出る決心をした。
この時既に、ルテアが地下に潜り始めてから100年は経っていた。
そして、彼女は地上にて躍進と問題を起こすのはまだ先の話である。