プロローグ
初投稿です。
ルビのつけかたすらわかりません。
よろしくお願いします。
「魔王を討ち取れ!」
とある王国“オムニール”の城下町の広場、そこに声を荒げる者が居た。
彼の目の前には、多くの冒険者を薙ぎ払い、商人や貴族を殺害し、数多の街や王都を襲撃した“植物の魔王”と呼ばれる見た目16歳程の少女を討ち取らんと、武器を構えた大勢の兵士や冒険者が彼女を囲んでいた。
そして、先の合図を聞き、彼等は一斉に攻撃を繰り出す。
魔法使い、魔導師達は、火球や風刃といった魔法の詠唱をし、魔王に向けて発動させた。
その魔法が発動された数秒後、それの後を追うように、戦士達は剣や槍を構え、駆け出す。
そして、離れた場所から戦場を睨んでいるのは、相手の動きの阻害や戦況把握を兼ねた弓使い達。
この統率された動きと、B~Aランク級の強者達の連携、さらに、後方部隊に回復魔法を得意とした支援部隊も存在していた。
冒険者はF~Sまでランク付けされており、Sが最高ランクだ。
Bランクは強者、Aランクは達人となる。
同じように魔族、魔物にもランクがある。F~Sで、Sランクは魔王と呼ばれる。
閑話休題。
これなら、Aランクもしくは、Sランク級の魔族、魔物までもが、苦戦を強いられるような戦闘力を誇るだろう。
そう、誰もが思っていた。
魔王と呼ばれる少女は、迫り来る脅威に焦ることなく、ただ、佇んでいた。
彼女は左手を軽く挙げる。それだけで彼女を中心として、広場を埋め尽くすような範囲に、凄まじい数の荊のような植物が地面を突き上げながら5メートル程の高さまで伸び出た。
それは、まるで意思をもっているかのように動き、魔法や兵士、冒険者を弾き、巻き込み、無力化させていった。
先程まであった怒号は、一瞬にして凪ぎのように静まり返り、眼をぎらつかせ、敵意が剥き出しだった者達は、まるで死人のように動かなくなっていた。
そんな惨劇を見る魔王と呼ばれている少女は、自身の強さに酔いしれているのだろうか。破壊衝動のまま暴れて満足気な顔をしているのだろうか。
はたして、彼女の表情は暗かった。
「…これは酷いな」
先程の戦いからしばし経ち、植物の牢獄と化した城下町の広場に彼等は辿り着いた。
目の前の惨状に、これから戦うであろう相手の強さを感じ、額に汗をかく。
彼等は、単身でAランク級の魔物を討伐することが出来るSランク級の猛者。人類の頂点。
-“勇者”と呼ばれる者達だ。
勇者達は魔王討伐を目的とし、各国から4名程集まっていた。
彼等はオムニール王国から“我がオムニール国に、植物の魔王が侵攻してきた。我が国ではこれの討伐は困難を極める。莫大な報酬を用意する。勇者による救援を求む”という救援願いが各国に渡り、これを受理した国の勇者が魔王討伐に向けて、行動を共にしていた。
「しかし、死者がゼロとはなんとも不思議だな」
大剣を背負う勇者がポツリと言葉を溢す。
それを拾ったのは、槍を携えた勇者だ。
「確かにな。だが報告によると、かの魔王が殺害したのは奴隷商人やそれを扱う奴とからしいぞ」
「それなら知っているさ。だが、奴隷なら大体の人間が所有している。俺だってそうさ。でも、襲撃を受けた街の住人に奴隷持ちなのに襲われなかった奴が居る。それが不思議でな」
「なにか理由があるのかもしれんが、考えた所で目的は変わらんよ」
「あぁ、違いない」
そんな話をしながら、勇者一行は植物によって変わり果てた広場前に居た。
殆どの勇者はSランク冒険者か、元Sランク冒険者の王国騎士であり、数名のパーティーを組んでいる。そのため、10人程の塊が出来ていた。
「おしゃべりも良いけど、魔王を捜そうよ」
二人の会話が途切れた所に提案をした女性は、魔導師の勇者だ。
それから話し合いによって、オムニールの斥候から得た魔王が居ると思われる場所へと行くことに。
何故、居場所を特定出来ないのかと言うと、魔王は植物と意思疎通が出来ると言われており、近付く者はその能力によって直ぐにバレてしまうと信じられているからである。
勇者等は、目的地へ行こうと移動を開始し、5分程歩いた時。
「…ッ!全員構えッ!!」
いきなり、先頭を歩く者の一人が声を荒げた。
その声で彼に注目し、そして武器を構えながら彼の視線の先へ視線を移す。
そこに居たのは、淡い緑色の髪を腰まで伸ばし、白いワンピースを身に付け、胸元に大きな花飾りを付けている、16歳程の少女が居た。
そう、“植物の魔王”だった。
「…まじかよ、ここで来るかよ」
「…予想外だが、気を張れ!油断はするなよ」
「ここでの戦闘はマズイ…!周りに被害が出る」
勇者達は予想外の魔王の出現に焦りを感じるも、目線は魔王から離さず、ジリジリと動き、陣形を形作る。
魔王は勇者の一人、自分と年齢が余り変わらないぐらいの少女だけを見ていた。
その隙に、勇者は小声で勇者以外の者に城と街の安全確保を指示。速やかに行動を開始する。
その動きすら気にせず、魔王は未だに少女を見続けていた。
(…え?なんで私のことを見てるの?…狙われている?…嫌、怖い)
見続けられている少女は、見られている理由が分からず、恐怖を感じていた。
「……ルー…シア…?」
そんな、蚊の鳴くような声で誰かの名を呼ぶ。
誰も聞こえてはいないが、そう呼ばれた勇者の少女はルーシアという名ではない。
どうやら、ルーシアという人物に似ていたため、彼女を見続け、名を呼んだようだ。
だが、そのルーシアは既にこの世に居ないことは彼女が良く知っているので、名を口にした後、少し俯く。
そんな様子を見ていた勇者等は、それを攻撃のチャンスと感じた。
「いくぞッ!!」
掛け声と同時に駆け出す大剣の勇者。
それに一歩も遅れずに移動を開始する他の勇者。それは流石と言うべき反応速度であった。
ただ、ルーシアと呼ばれた勇者は魔王の少し悲しそうな表情に意識を奪われ、行動が一瞬遅れてしまっていた。
だが、その遅れが命運を別けたのだろうか。勇者等が駆け出したのとほぼ同時に、この世とは思えない程の魔力が魔王から噴き出る。
世界の命運を別つ勇者と魔王の戦いは、一瞬で終わりを告げることになる。
ルーシアと呼ばれた勇者は、目の前の光景に身体が、思考が止まりかける。どうにか気力を振り絞ろうとするも、復帰するには既に遅く、彼女はただ傍観することしか出来なかった。
彼女は一体何を見たのか、それはほんの少し前に遡る。
魔王から膨大な魔力を感じ、「“深淵の黒腕”」と聞こえた直後、地面から無数の黒い手が突き出て来たのだ。それらの動きは勇者の彼女でも目で追えるかどうか程の速さだった。
一歩先に出た勇者等は突如として出た黒い手によって魔王への攻撃を中止せざるを得なくなり、これへの対応に追われた。
ある者は大剣で斬り付ける。ある者は魔法で燃やそうとした。またある者は距離を取り、様子を窺った。
勇者が振るった大剣は凄まじい衝撃波を巻き起こし、何十もの黒い手を細切れにした。
女勇者が放った豪炎魔法は、何十本もの黒い手を覆い、地面もろとも高熱で溶かしていた。
その様子を窺っていた槍の勇者は、斬撃も魔法も効果が有りと見て、前の勇者二人と出遅れた勇者の中間に位置取り、戦況把握と援護をした。
魔王が放った複合魔法と思われる黒い手は、勇者の手により次々と消されていく。その光景は勇者等に自信を与える。
過去最強とまで言われた魔王を相手に戦えていると。そう勇者等は思うが、次の瞬間に苦虫を噛み潰したような顔に様変わりする。
何故なら、先程から消滅させているハズの黒い手の数が一向に減っていないからである。
つまり、消滅した黒い手と同等の数の黒い手が新たに生み出されていることを示している。
いや、同等などではない。こちらが消す数よりも多くの手が出現していた。
数多の魔物を屠り、勇者とも呼ばれ、自信が強者であることを自覚していた彼等であったが、この結果が疲労と焦燥を誘うのには、時間の問題であった。
そんな勇者等の隙を見逃さず、黒い手は肉薄する。
彼等は、それに対処するにはもう手遅れであった。次々と迫る黒い手に身体を掴まれる。
握り潰される痛みを想像し、血の気か引くような感覚に襲われる。しかし、不思議と痛みは無かった。
黒い手に掴まれて1秒といったところか、急に手が“何かを握った”まま身体から離され、拘束が解かれる。
困惑と少しの安堵を感じた勇者達。
あの手は攻撃でも拘束でも無かった。はたして…と思考を巡らしたのも束の間。
黒い手が完全に身体から離れる瞬間。意識までもが離れていく感覚が勇者達を襲う。
(マズイ…ッ!)
気付いた時には既に手遅れであった。
勇者等は、皆操り人形の糸が断たれたかのように、力無く地面に崩れ落ちる。
もはや、戦いと呼べるようなものではなく、瞬く間に勇者等は地に伏せられ、蹂躙された。
ただ一人の小さな勇者を除いて。
その者は、生まれつき強い魔力を持ち、天賦の才に恵まれ、齢14にして勇者の称号を得た少女。先程、魔王にルーシアと呼ばれた少女。
名を“イデア”と呼ぶ。彼女はただ一人、地面に足をつけ立っていた。
つまり、イデアだけが攻撃されなかったのだ。攻撃が来ないのは途中で分かっていたが、仲間を助ける隙が無く、動き出せないまま、戦闘が終了してしまっていた。
(…何も出来なかった。レベルが違いすぎる。…皆やられてしまった、自分の無力さに嫌気がさす!何が、何が勇者!)
彼女は自分を責める。無力さに苛立つ。
(けど、ここで私は逃げちゃいけない。…たとえ力の差があろうとも、たとえ仲間を守れなかった無能だとしても…)
「私は“勇者”だ!!!」
(“勇”気を持って皆を護る“者”として、戦わなくちゃいけないんだ!)
イデアが覚悟を決め、叫ぶと同時に彼女の持つ剣は眩い光に包まれ、輝く。
「全力の!“煌めく閃光”!!」
スキルを使用して放たれるは、輝く白い光線。
ゴウッ!と音を響かせて、剣から放たれた光は、一直線で魔王に迫る。
これはイデアの最強の技で、貫通力はこの上なく強力だ。
この技を喰らえば、たとえ“他の”魔王だとしても、無事では済まされない。
この植物の魔王もその例に漏れなかったのか。だから、光線を喰らい、腹部に大穴が出来たのか。
それもそのはず、魔王は防御や回避などをせず、光を受け入れていた。
「…んぅッ…ルー…シア…」
魔王は低く籠った声を出し、誰かの名前を呼んでいた。
その様子を見て、無害だと直感で感じたイデアは剣を仕舞い、近づき話し掛ける。
「…私は、ルーシアじゃないの」
声を掛けられた魔王は、そちらに顔を向ける。
その眼には、出会った当初のような冷たい視線はなく、知性の感じる柔らかな眼になっていた。
「…あぁ、ごめん。違うのにルーシアと呼んで…。私の…妹とあなたが似て…。あなたの攻撃を受けた時、目が覚めたよ…。私がしてきたことは妹の為にならなかった。…私の自己満足…」
ぶつぶつと呟き、未だに地面を、いや何処か遠くを見ていた。
しかし、ハッとして、喋るのを止め、俯きかけた顔を上げてイデアを見る。
「この人達は無事、気絶してるだけ。起きたらごめんなさいと言っておいて。…それと…あなたにありがとうを」
「えっ?」
彼女の変貌ぶりと、突然の感謝の言葉を投げ掛けられ、思わず困惑してしまう。
そんなイデアの様子には触れず、言葉を続ける。
「他にも色々な人達に迷惑を掛けた。中には取り返しのつかないこともした。でも、あなたが私の頭を冷やし
てくれた。私はただの復讐の鬼だった。」
「…」
話を真剣に聞くイデア。
彼女は復讐によって人格が変わり、破壊の限りを尽くした人間と対峙したことが何度もあった。
毎回彼女は暴徒と化した人を止めるのに、何とも言えない感情を抱えてきた。
その経験からか、復讐に走る人をどうにかしてあげたいと考え続けていた。
そして、考え込んでしまう彼女は、魔王が既に身体を再生させ終えたことに気か付いていなかった。
「私は反省のために、消える。だから、最後に恩人のあなたの名前を教えて欲しい。」
イデアは消えるという言葉に内心ドキッとする。しかし、でもそうか。と自分がした攻撃で命が終わりかけていることを思い出し、彼女の要望通りに返事をすることにした。
「イデア。私の名前。貴女の名前も教えて」
イデアは名前だけでなく、他にも色々教えて欲しいと思っていたが、堪えて、名前だけでもと聞くことにした。
既にイデアの中では、彼女は魔王などという恐怖の象徴ではなかった。
そんな考えが通じたのか、植物の魔王は軽く微笑み、名乗る。
「私はルテア。イデアはこれからきっと、英雄として名を馳せる。この私を倒したからね…じゃあね、イデア」
そんなユーモアを含めた返事をし、相手の反応を待たず、大きな“緑色”の植物で出来たような手を地面から出現させ、自身を包み込むように覆った。その後、地面に沈んでいき、辺りには静けさが戻った。
ルテアは最後まで微笑んでいた。
イデアはその笑顔がずっと、脳裏にこびりついて取れなかった。
「…ルテア。さっきのが本来の彼女。魔王ではない彼女。……復讐か」
ルテアが言った言葉を頭の中で巡らせ、考えるイデア。
そして、最後の笑顔のルテアを暴走させる原因となった復讐というワードに眉を潜めるも、先程のルテアの身体を思い出して、青ざめる。
「あれ?…傷…治ってなかった?」
実はというと、身体だけでなく服までも修復済みであったが、イデアの頭はいっぱいいっぱいであったので気が付いていなかった。
そんなうんうん唸っているイデアに声が掛けられる。
声を掛けた人物は、別の勇者が城や街の住人の避難とそれらを守るように指示されていた勇者達のパーティーメンバーであった。
イデアは考えるのを止め、気持ちを切り替えた。そして、皆に魔王を“封印”したこと、倒れてる勇者達は気絶しているだけで無事なことを伝えた。
その話は瞬く間に世界に広まり、全ての人から感謝されることになった。
その後、イデアは世界中から救世の英雄として。史上最強の魔王を倒した最高の勇者として、名が知れ渡る。
植物の魔王討伐時に居たイデア以外の勇者3名も、イデア程ではないが、莫大な報酬と名誉を受け取ったという。
やはり、世界の脅威を取り除いた英雄達の人気は、鰻登りに上がっていった。
その中でも特に人気があったのはイデアだ。
彼女の整った顔立ちと、10代半ばながらもまるでベテラン冒険者のような鋭い目付きが人気を呼んだ。
世はまさにイデア時代。彼女の半生と魔王“討伐”の戦いを書いた本が出版され、イデアがショートソード使いだったために、ショートソードが流行り、見かける冒険者達は皆その剣を使い始める等の様々な社会現象を引き起こした。
新しく生まれてきた子供はイデアのような英雄を目指し、各国の王族やら貴族やらは、妃や妾にしようと彼女を目指した。
殆どの結婚希望者は踵を返す羽目になったという。
時は経ち。イデアは出身国のシュルトン王国から近い場所に自らの国を建国することになった。
彼女は王女として君臨し、王子、王女も生まれ、城下町は活気に溢れ、商店街も繁盛していた。
特に問題もなく国土を拡げていき、平和な時間が過ぎていった。
彼女は復讐や争いを嫌うことで有名であった。そんな彼女を見て育ってきた国民は、人間同士の争い事を嫌い、殺人等の犯罪が年々減少していき、治安も改善された世界でも珍しい国となった。
そんな大国にまでなった国の名前は、世界に名を轟かせ、多くの人がその国へ訪れて来ていた。
その国の名は“ルスティア”。
イデアは寿命で命の灯火が消えるまで、彼女のあの時のどこか寂しそうな優しい笑みを忘れることはなかった。