第三の鍵 sideルカ
アロイス先生からミッションの説明を受けた僕は、ちょっと目を丸くした。情報源が、蘇芳要塞都市へ行っているはずのレティだったからだ。まあ僕にしろレティにしろ、タンラン人のスパイを一目で見抜けるほどのベテランというわけでもない。それでもレティが「それっぽい」と見極めたポイントについては、グラオの大人たちも納得できる内容だった。
今回僕とツーマンセルで潜入するのはカミルだ。この人選にも意味がある。相手がタンラン人の場合、遁甲の気配を知っている人物であることがまず第一条件。さらに姿を見せて溶け込もうとした時に「見た目で威圧感のある人物(つまり筋肉もりもり)」は、蘇芳では何はともあれ一目おかれるからだ。ヘタするとカイやカミルがその辺に突っ立ってるだけで、周囲の者は「あの方は名のある武人に違いない」とまで勝手に誤解する。
――うん、アルが蘇芳へ留学した時に馴染みきれなかったわけがわかった。単純に筋肉が足りなかったってことなんだな。
まあ今回は僕が不可視にしての隠密行動なので、カミルが担当しているのは保険って感じかな。ちなみにタンラン人も蘇芳の筋肉自慢を見ると無条件に怯むらしいので、ラウードって人が何かやらかした時にカミルはいい牽制になる。
『ルカ、俺の位置は把握してるな?』
「もちろん。一階Aブロック、最奥のパーティールーム」
『うっし、レティの映像記憶で見た男を視認した。確かにタンランぽい顔してるが、言葉がかなりスムーズだなこいつ』
「そういえばレティと挨拶した時も訛りがなかったね」
『……だがやっぱ胡散臭いぜ、こいつ。フィーネへ接続してもあまりマナの言葉は聞こえないし、かといって悪食ってほどのマナの味でもない。ニコルへ接続したが、レティの言っていた薬品や香の残り香はあっても現物を持っていない。アタリかハズレか判断しにくいな』
「んー…でもこの人、レティの友達の家が大変だった時に一人で暴動鎮圧したんだよね?」
『任侠っつってたか。その血筋がマザーの「鍵」の管理者なら、スパイが近づいてもおかしくはないけどな』
「なにそれ…マザーの鍵?」
カミルも聞きかじったことしかないらしく、本当かどうかはわからんがと前置きされてそのことを教えてくれた。
蘇芳はアルカンシエル国軍なんて大規模なものがなかったほど昔、いくつもの任侠組織が幅を利かせていた。西はタンランやハンジン、フォン・ウェ・ドゥといった物騒な国が。東は友好的部族も多いが、たまに白縹一族が報復行動に出て大規模魔法で焼野原を作ったり、侵攻こそしないものの紫紺一族に従属しないままでいる頑なな金糸雀一族がいたりと落ち着く暇もない。
そんな中で紫紺の長が、魔法の言霊を巧みに操る男に「マギ・マザー」を作らせた。本体は支配者たる紫紺一族のお膝元にあるが、彼らの忠実な眷属である瑠璃一族と蘇芳一族には「分体」という名の小規模なマザーが与えられた。
小規模と言っても、一族の行政・財務・司法などの煩雑なものを一手にこなす高性能なもの。分体を最初に与えられたという誇りは、更に瑠璃と蘇芳を紫紺へ傾倒させることになった。
しかし瑠璃は常に紫紺一族と共にあるため、分体も中央の街付近にある。対して蘇芳はその珠玉のシステムを、西方で虎視眈々とこちらを狙う諸外国から死守するという究極任務が課せられたに等しい。蘇芳では分体を物理攻撃からも魔法攻撃からも守るため、マザーの外殻は物々しいものへと進化を遂げた。
鋳造された鉄製の外殻、当時は遥か北東にあった「常しえの安寧の国」から高額で買い付けた大量の大結界の魔石、更に硫酸での攻撃が加えられた後ではタングステン等の合金外殻。ちなみに現在では大結界も魔法部から支給された二重の強化結界に変わっており、合計で四重になっているというわけだった。
だが気色の悪い呪術を使うタンラン人の真骨頂は催眠をはじめとする心理魔法。洗脳された者が外患をご丁寧に案内して正面から侵入されてはたまらない。
そこで任侠組織に白羽の矢が立った。
いくつもある組織の中でも仁に篤く、統率のとれた任侠の「親分」。
蘇芳要塞都市の行政責任者である「知事」。
中央の街で紫紺の長を守護する任にあたる軍部長官でもある、「蘇芳の長」。
この三名が「鍵」を持ち、厳しい身分証明検査を受けた者だけが蘇芳の赤く塗られたマザー筐体を見ることが叶う。
「えー…レティの友達がその鍵持ち任侠の直系ってこと?」
『そうとは限らねえよ、今でも蘇芳で任侠を名乗る家系ってのはいくつかある。昔みてーな組織じゃねえが、「直系」が一声かければそいつを慕う者が一斉に動くくらいには影響力が残ってるって話だな』
「ふぅん…なんか引っ掛かる。ギルベルトの家、調べたい気がするけど…そんなのダメかな」
『ふん…じゃあまずはヨアキムに頼んで、コンシェルジュで蘇芳分体の中を調査してもらおうぜ。動くならそっからだ、今の話も噂の域を出ないからな』
「ヤー」
僕はヨアキムへ通信し、紅が蘇芳分体の情報を調査してくれることになった。だけどその調査結果は、聞いていてとても虚しくなるような内容だった。
『紅でーす!結論から言うと、鍵は現在クルト長官と蘇芳要塞都市の知事、それと紫紺の長が担当していまっす!』
「はぁ!?じゃあ任侠じゃなくってユリウスが持ってるの!?」
『その通りでーす、ユリウスにも確認済みでっす!蘇芳分体の「鍵」はマナ固有紋と瞳の虹彩認識によるダブルチェックになっていて、ダミー情報として「任侠」と「副知事」のどちらかが第三の鍵所有者という噂を意図的に流布していまっすー』
「…じゃあ任侠が今もいるっていうのは?それも嘘?」
『現在もその系譜を持っている家は五つ存在しまっす。ギルベルトの家はその中でも明確に文書へ残されるほどの一家だったのは確かでっす。過去に任侠の親分が「鍵」の所有者だった事実はありませんが、ダミー役を請け負った可能性は大でっすぅ~』
「ええと、そうするとギルと副知事両方に接触しているラウードの嫌疑が深まったかなあ、カミル」
僕が嫌な予感を感じながらもそう言うと、カミルは少し黙った後で「そうかもな」と言った。
そしてアロイス先生へ通信し始める。
『アロイス、もしかしたら後でウゲツに頼みたいことが出るかもしれねえ』
『ん?状況が変化した?』
『副知事のパーティーがこのまま穏便に済むなら、調査続行する。だがラウードが何らかの心理魔法を使用するなら一瞬で捕縛する』
『その可能性が出たってこと、かな。でもウゲツの役割は?』
『あー…ちっと余計なお世話かも知らんが、ギルのメンタルケアが必要になるかもって思ってな。ウゲツにギルの記憶を封印させるか消すかさせた方がいいかもしれねえ。相当ラウードに心酔してたからな』
『……そりゃまたえげつない。未成年でしょ、ギルは』
『洗脳被害者のメンタルケアとしては妥当だろ』
『ふむ…了解、ウゲツに言っておくよ』
ここまで話が進んだ時、ちょっとマズいかもと僕は思った。
――セリナさんとレティの二人が、もう舞台で踊り始めたからだ。
レティの集中を乱すわけにはいかないから、むやみに通信で状況説明ができないのがキツい。ラウードが行動を起こした時に、猫をかぶっているレティが応戦してしまう可能性は低いと思うけど…
僕はちょっとハラハラしながら「自動マッピング」の監視役を務めていた。




