ラウード師匠 sideレティシア
私はギルにファイア・ブリックスを案内してもらい、そのすぐそばにある鋼鉄ドームのマザー施設を見て観光案内を受けていた。
「カーマインだけ、マザーの外殻が四重なんだ。たぶんどこの部族のマザー施設よりでかい」
「なんで?西側から大規模に侵攻してくる国なんてある?」
「カーマインがこんな仰々しい街になってるのはタンランの隠密部隊が来るからだ。あの手この手で密入国して中央の街に巣食ってるやつらもいるが、大半のタンラン人はここで門前払いになる。いや、門前払いっていうか捕縛だな。そいつらを取り返すためにしょっちゅうドンパチやってるぞ。広報部へ報道規制かけてるから、あんまり知られてないだけだ」
「…けっこう危ないことが多いのねえ、カーマインて」
報道規制かかってるのも、タンラン人のことも、実はよーく知ってるけど。でも確かにタンランの隠密「部隊」だとは思ってなかったわ。パパからそこまでの話は聞いてなかったわね。
でもハンジン国がまだあった頃はハンジンの方がタチの悪いことをいろいろしでかしていたらしいから、きっと今より酷かったと思うけど。
「要するにさ、タンラン人はまずマザー分体を壊して混乱させようとするんだ。使う薬品だの魔法だの、手を変え品を変えってな。でもあいつら魔法攻撃力はそんなにないだろ。そうすると呪術で人心を惑わす。だから俺たちは心理魔法の影響を受けにくくなるように鍛錬するんだよ」
「鍛錬でどうにかなるの!?」
「なるさ。蘇芳の戒律の厳しさはここから来てる。厳格にやればやるほど、タンランのやつらに操られている者のボロが出やすい。それに厳しい軍隊方式の鍛錬をしたやつは、上官の命令を反射でこなしちまうんだ。すると洗脳されかけくらいのやつなら、精神力でその支配から逃れやすい」
「っはぁ~…それはすごい発想ね」
おっどろいたわ…確かに上官からの号令で一斉に行動したり、行進しているのは知ってる。でもそういう意図も含まれるとは思わなかった。
そして硫酸をぶちまけてみたり、特殊な魔法を撃ってはマザー外殻を破壊しようとするので、最終的には鋼鉄のドームが出来上がったらしい。じっと目を凝らしてその外殻を感じ取ってみると、硬度と靱性をなるべく上げて作られた金属のようだった。大体の組成を理解して振り向くと、ギルが不思議そうに私を見ていた。
「――レティって光の加減で目が金色っぽく見えるんだな、珍しい」
「え!?あ、ああ、偶然じゃなあい?私はヘイゼルよ、ほら」
危ない危ない、金属生成のことに夢中になりすぎると、瞳の内側からマナの光が漏れ出ることがあるのよ。気をつけなくっちゃ。ギルへ「ほら」と瞳をよく見せようと顔を向けたら「…そこまで近づかなくてもわかる」と憮然とされちゃった。
*****
夕方になり、そろそろ宿へ戻ろうかという時。ギルが急に「ラウード師匠!」と叫んで手を振った。そちらを見ると、ちょっとつり気味の細い目をした若い男の人が笑って手を振っていた。
「やあギル。かわいいガールフレンドを連れてるね?」
「がーるふれ…っ ち、違います、友達です」
「レティです、こんにちはー」
「はじめまして、こんにちは。ギルと仲良くなるなんて、君は肝が座ってるねえ」
「し、師匠…」
「あら、ギルはとっても親切にしてくれましたよ?ねえギル」
「やめろ…」
ギルはラウードさんにからかわれながら、「師匠、いつになったら稽古つけてもらえますか」とか「特殊任務、長いっすね」とか言って、なんとかラウードさんと約束を取り付けようとしていた。でも申し訳なさそうな顔をしたラウードさんは「ほんとごめんよ、休みがとれることになったらちゃんと連絡する」と言って去っていった。
「あの珍しい体術のお師匠様がラウードさんなの?」
「ああ、ラウード師匠はほんとすごいんだよ。うちの組のやつら、あっという間にノシてさ。あんな強い人は見たことない」
「……組??」
「あ、えーと」
モゴモゴと言いよどんだギルは、バツが悪そうに「…うち、任侠なんだ。もう今は組としての体裁なんて残ってないけど、一応直系ってことでソレっぽいっていうか」と言う。
……おっどろいた。
ヨアキムからむかーしの蘇芳には任侠組織というのがあったと聞いたことあったけど、まさか細々とでも続いていたなんてね。だから警戒心も強いし、一人で練習なんてしてたのね。あの辺には蘇芳があまり来ないから……
ギルの話では、敵対していた組の人たちがギルの家で暴れていた時に、軍部の捜査としてラウードさんが彼の家へ踏み込んだのが出会いだったんですって。大暴れしていた双方の組員をラウードさんがほぼ一人で行動不能にしていき、その強さに憧れたギルは彼へ教えを請いに日参。なんとか師匠の休日に教えてもらえることになって以来、その技や型を練習している。
ふぅん…なんて話を聞いていたけれど、師匠の凄さを語るギルには言えないことばかり、私は気付いてしまっていた。あの服、暗器が山ほど仕込んである。そして不可視でライシャが私を守ってくれたから吸ってないけど、微かに痺れ薬の匂いがした。そして独特のお香の匂い。
すっごく薄いけれど、ニーナやノーラと一緒に育ってきた私を舐めないでほしいわ。
そのお香、老大哥の工作員が好む「判断力の低下を誘う」ものよね?工作員は訓練されてるから影響ないけど、周囲の者に「まあいいか…」と思わせてしまう効果があるってノーラが言ってた。
「ねえギル、あのお師匠様ってどこの部族の方なのぉ?そんな珍しい武術を知ってるなんて、やっぱり蘇芳の偉い人なのかしらね」
「そうだと思う。俺の家へ来た時も一人だったし」
「え?一人で捜査??」
「特殊任務ばかりの人なんだ、特別に単独行動が多いって話だ」
「へぇ~。そういえばさっきもらった飲み物もお師匠様に教わったんだっけぇ」
「ああ。師匠にもらった黒糖が切れたんで、普通の黒糖になっちゃったけどな。前の方が効果も高かったから、それをレティにも飲ませてやりたかったよ」
ぎゅうっと、ギルから見えないようにこぶしを握りしめた。
この、ギルの盲目的な信頼。
その黒糖に何か盛って、ギルを洗脳したのね?
特殊任務で単独捜査なんて、蘇芳にあるとは考えにくい。
ギルが言ったのよ、戒律の厳しさはスパイを見破るためだって。
蘇芳はツーマンセル以上じゃないと、捜査にも暴動鎮圧にも出ないわ!
「そうね…きっとおいしかったでしょうね」
私は笑顔を張りつけたままでギルとさよならし、宿への道を歩いて帰った。




