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Precious Orb - 宝珠の庭 -  作者: 赤月はる
守るということ
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ギルベルト sideレティシア

  






はふぅ、と広場の隅っこに座って汗を拭き、ギルは水筒でごくごくと何かを飲んだ。そして私へその水筒をぐいっと突き出し「――ン!」と口を拭いながら顎を上げた。あ、飲めってこと??


「ありがと…」


水かしら?と思って飲んだら、なんだか薄甘くてレモンの爽やかな香りがするものだった。果実水よりさらっとしてておいしい。ごくんと飲んで「おいしいわぁ」と言うと、ギルは得意げな顔で笑った。


「だろ?師匠直伝の水分補給液だ」


「え、お水じゃだめなのぉ?」


「水よりいい。黒糖と少しの塩分、それとクエン酸で疲労回復」


「へぇ!すごいわね、ギルのお師匠様って」


「まあな。いろんな国を旅してて、物知りなんだ」


私とギルはお師匠様の話で盛り上がり、でもギルは心配そうに「お前、学舎ほっぽって旅芸人と一緒なんて…何か困ってるのか」と聞いてきた。


「えっと、好きでやってることよ?その、両親がいないから学舎へ行かずに働いてるだけ」


「っはぁ~…まあ、お前がいいなら、いいが。だが旅芸人って体を売ることもあるって聞くぞ」


その台詞を聞いた瞬間、私はカッとしてギルの頬を平手で張った。


「セリナさんはそんなことしないわっ!!」


「いって……悪かった」


ギルは目を白黒させたけど、私もちょっと悪かったかしらと反省した。ほんとに少数だけど、そういうことする人もいるのは知ってるから。


「あの…ひっぱたいてごめんなさい。つい…」


「いや、いまのは俺の失言だろ。ほんとに悪かった。師匠をけなされたって思ったら、そりゃ怒る」


ギルは真剣な顔で謝り、頭まで下げる。そういう話も聞くからお前は大丈夫なのかと思ってさ、と言われて私はさらに反省した。ギルは一般的な情報から私を心配しただけだったのね…


ハンカチを濡らし、キンと冷やしてギルの頬へあてた。


「心配してくれてありがと。私のお師匠様はね、一流の踊り子なの。そういうことしなくってもどんどん公演依頼が来るし、仲のいい旦那様と一緒に旅してるのよ」


「…ん?セリナって言ったか。あの『恋歌』のセリナ?」


「そうよ、七年も前なのによく覚えてるわね」


「そりゃお前…この前その本人が紫紺の長様に就任したばかりだからな。蘇芳の長とも当然懇意だ、カーマインではその話でもちきりだった」


「あー、なるほどね」


ユリウスは今年、議会に承認されてとうとう「紫紺の長様」になってしまったのよ。猫の庭に来ればぬいぐるみでモフモフしてるし、キキお姉ちゃんラブだし、ヘルゲ先生とチェスばっかりしてるし、ほんとに長様って感じしないんだけどぉ。


さらりとその話も流しつつ、ギルは私がセリナの弟子なら安心だなと言って納得してくれたようだった。で、私があてもなくカーマインをぶらぶらしていてギルを見つけただけだと言うと、急に張り切り出した。


「余所から来たやつはさ、大抵カーマインの面白いとこに辿りつけずにお堅い街だって思って帰っていくんだ。せっかくだから案内してやろうか」


「ほんと!?すっごく嬉しいわ、優しいのねギル!」


「や、やさし…ごふ、しょうがないだろ、友達なんだから」


やったわ~、一人でお客さんもいないお店に入る勇気もなかったし。

気が利くわねギル、加点してあげる。





*****





ギルにくっついて歩いていくと、「腹へらねえ?」とおなかをさすってこっちを見た。

う…っ、どうしよう、蘇芳のごはんかぁ…


ギルは筋肉質で割と背が高い。たぶんスザクたちと同じ百八十センチはありそうなギルは、たくさん食べます!って感じがする。私もけっこう背が伸びたけど、百六十三センチだから見上げるほど大きい。


「えっと、そうね。少しだけなら食べられるかな」


「うっし、うまいとこ教えてやる。お前も『蘇芳のメシはまずい』って思ってるだろ」


「え!?いえ~…そんなことは~…」


「ま、気持ちはわかるけどな。機能性だの効率性だの、対外的にはそういうモン優先だって前面に押し出してるからな。繊細な料理とは無縁だけど、蘇芳に来たら豪快な焼き方をする肉料理を食ったほうがいい」


「豪快…ど、どんな…」


「まあ行けばわかるって。ファイア・ブリックスなんて知らないだろ」


「耐火レンガ?」


「はは、市場の名前だよ。耐火レンガ色の道が敷かれた区画にあるんで、市場の通称がファイア・ブリックスなんだ。そこのバーベキューだのシュラスコだのドネルケバブだの、肉の塊を焼いて食うことにかけては蘇芳は貪欲なんでな」


「うわあ、おいしそ…確かに豪快ね」


ファイア・ブリックスに着くと、さっきのオレンジっぽいレンガの区画とは大違いの賑わいだった。警備隊の交替の合間にケバブサンドを歩きながら齧っていたり、大抵はバーガーやサンドって感じにして立ち食いをしている。中にはシュラスコの串ごと持って、店の横でお肉だけガブガブ食べているツワモノもいた。


ギルが「レティ、何がいい」と言うので、少しはお野菜が入っていそうなケバブサンドがいいと言った。頷いたギルは「待ってろ」と言って、筋肉男だらけの屋台へずんずん歩いて二つ買ってきた。


「あ、ありがと!いくらだったぁ?」


「いいよ、食え」


「え、でも」


「大した金額じゃない。それにお前みたいなちっこいのが買おうとしても跳ね返されて転ぶだけだろ、また来たいなら俺と来い」


がぶーっ、がぶーっと、三クチくらいであっという間にサンドを胃の腑へ消し去ったギルは、「やっぱ足りないな、ここで食ってろ」といって他の肉料理を物色しにいった。


「っは~、ヴァイスのお兄さんたちより食べっぷりがワイルドね蘇芳って。女の人も大きいし。でも私くらいの身長って普通じゃなあい?ちっこいのとか言われたわ…」


( ふふ、天邪鬼な感じがしたのに、気を許したらあっという間にレティのこと妹みたいに扱ってるわねえ )


「ほんとよね。背は高くても、私はちょっと子供っぽい人だと思ってるのにぃ」


( まあ、お顔はまだ少年って感じもするけどぉ。たまには甘えてもいいんじゃない? )


「それもそうね、面倒を見るやんちゃな弟もいないんだし?」


私はライシャとくすくす笑いながらケバブサンドを齧り、それがほんとにおいしいことに驚いていた。一応ライシャとは小声で話してたし、ギルが消えて行った人の波の方向を見ながらベンチに座ってたんだけども……


「へー、笑った顔が可愛いな。どこの学舎?ありゃ、中等の子か?俺たち第二兵舎の特殊部隊候補なんだ、奢ってやるから来ない?」


――ぽかんとしちゃったわぁ。特殊部隊って言ったのかしら、この人たち。候補?候補ってことは別に特殊部隊員じゃないのよね?えーっと、私はヴァイスの特殊部隊グラオの準構成員でーすって言った方がいいかしら。


それは冗談としても、いわゆるナンパね?困ったわぁ~、もぐもぐ。


「 ?? えっと、しゃべれないのかな??」


「むぐもぐ」


「あー、食べてるからしゃべれないんだ?あはは、かっわいー。じゃあ食べながらでもいいからさ、こっちおいでよ。うまいラムチョップ出すとこ知ってるからさ」


「ぷはー、ごちそうさまっと。ごめんなさいねぇお兄さんたち。私待ち合わせしてるから、ここから動けないわぁ」


そんなにタチの悪いナンパではなかったみたいで、少しだけ押し問答したけど諦めてくれそうな気配ね。それにしても目の前に塀みたく立たれてるからギルが私を見つけられないかしらと思ってた時だった。


「俺の妹に何か用ですか」


「へ?あー、お兄さんと待ち合わせだったのか」


「何か、用ですか」


ギルは三人のお兄さんをギロン!と睨んでから、急に私を立たせて背後に隠し、左腕でむぎゅっとギルの背中へ押し付けた。


「いやいや、もういいやー。じゃあね妹ちゃん、今度会えたらラムチョップ行こうなー」


「たぶん行きませ~ん…」


一応ギルの背中越しに返事をすると、彼らは両手を上げて害意はないよとギルへサインを出しながら離れていった。


しばらくすると大丈夫だと思ったのか、彼の腕が緩んだ。

「あ!すまん」と言ってこちらを向いたギルは、弱り果てた顔で右手にシュラスコを串ごと握りしめていた。


「悪かった、シュラスコの屋台がちょっと混んでて。怖い思いさせたな、悪い」


その慌てっぷりと、持っているこんがり焼かれた巨大な串焼き肉との対比がおかしくって、私は吹き出した。そしてギルが私を守ろうとしてくれた優しさは素直に嬉しいと思った。


「あは!あはは!全然怖くなかったわぁ、ありがとうギル」


「なぜ笑う…」


「だってぇ、そのお肉大きすぎ!」


「そうか?これくらいみんな食うぞ」


何が私の笑う原因になったのかわからないまま、ギルは憮然とした表情になってシュラスコを平らげていく。まるで竹串で売ってる中央の串焼き肉と同じものみたいに食べるので、私は笑いが止まらなかった。


そしてきっと、大きなあったかい背中に庇ってもらった時に少しだけ…そう、少しだけギルが素敵だなと思っていた。





  

蘇芳のシュラスコは長さ五十センチくらいの鉄串に五センチ角のお肉がどどーん!なイメージです。

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