カーマイン sideレティシア
島の説明ほっぽって、しばらくレティのお話。
今日から約十日間、私は蘇芳要塞都市でセリナさんたちと共に行動する。グローブでママへ接続し、瞳の色をヨアキムと同じヘイゼルに。名前も「レティ・金糸雀」ということにして、ヨアキムとヘルゲ先生が偽のマナ固有紋登録をマザーへ書き込んでくれた。
まあすっかり違法行為満載なわけだけど、一応バルお爺ちゃんとエレオノーラお婆ちゃんにも許可を貰ったので大丈夫。
蘇芳要塞都市は、その名の通りレンガと鋼鉄でできた巨大な要塞だった。たぶん大きさだけで言えば中央の街よりも大きい。レンガの赤と、鋼鉄の鋼色。なんだか禍々しく見えてしまうほどの威容を誇っていた。
「ねえシンバさん。蘇芳要塞都市ってすぐ職務質問されるって聞いたけど、大丈夫なのぉ?それに旅芸人の需要ってあるものなの…?」
シンバさんの奥さんは三人のマネージャーで、金糸雀の里にいる。でも三人で移動している間はシンバさんが様々な交渉事をまとめているリーダーなの。だからとっても物知りなんだけど、今回はちょっと言葉を濁していた。
「あー…えっとな、セリナのファンっつうのはどこの部族にもかなりいるからな」
「ふぅん?」
「つまりねぇ、この無骨な都市にも潤いが必要ってことよ。蘇芳はとにかく軍規に沿ったカチコチ頭、筋肉自慢ばかりがいるけど、彼らだって『お祭り』にあたる行事もあれば、宴会で酔って大騒ぎってこともあるわけ。でもいわゆる芸事に長けてる人ってのはなかなかいないのよ~。大体、自由を愛する気質の金糸雀がこの街に長く居つく筈もないわ、道端で歌っただけで捕縛ですもの。そうすると私たちみたいな旅芸人が呼ばれるわね」
「なるほどね~、じゃあ今回はお祭りがあるの?」
そう聞くと、さっきから不機嫌だったラザーンさんが「違うぜー、レティ」と呟いた。
「…ラザーンさん、セリナさんが男性客にしつこく迫られた時みたいな顔してるわぁ。てことは、セリナさん目当てで呼ばれて断れなかった、みたいな?」
さらに眉間の皺を深くしたラザーンさんが無言でそれを肯定し、シンバさんはため息をついた。
「ラザーン、勘弁してくれよ。これが断れないのはよくわかってるだろ?」
「…おー」
セリナさんはそんなラザーンさんを見てふわっと笑い、「ラザーン、私いままであなた以外に靡いたことなんて一瞬もないわよ?」と甘い声で囁いた。途端にラザーンさんは「レティがいるのにそういうこと言うなって!」と真っ赤な顔になっちゃった。
ふふ、ラザーンさんかわいい~。
「ラザーンさん、大丈夫よぉ?うちのパパとママはもっといちゃいちゃするもの」
「ぶっは!レティの勝ち~」
「うっせえな、シンバ…!」
そんな風にわいわいと話しながら要塞都市の検問所へ到着。すっとマナ固有紋チェックの魔石に触り、「レティ・金糸雀」と表示されたのを確認した。でもなぜか全員横にある詰所へ入れられて、職務質問を受ける羽目になった。
「で?お前たちは三人組だったはずだが、なぜ今回は四人に増えてるんだ」
「旅芸人の人数なんて水モノですよ、旦那。この子はセリナの愛弟子でレティってんです、以後お見知り置きを~」
「――レティ・金糸雀。年齢十六歳。なぜ高等学舎へ行かないで旅芸人についてきてるんだ」
シンバさんの手慣れた釈明など頓着しない、不審な者は見逃さないぞっていう眼光の蘇芳は私を睨んで凄味をきかせた。
「私、ほとんど学舎へ行ってない…親がいないから、ずっと働いてて…ひっく…」
「ちょっとちょっとぉ、私の可愛い弟子を泣かさないでくれないかしらあ?ずっと金糸雀の里で必死に生きてて、でもこの見た目だからこの前男に手籠めにされそうになったのよ!こんな才能のある子をこれ以上一人で置いておけないから連れてくることにしただけよ、そんな風に睨むことないでしょお!?」
蘇芳の警備員は少しオロオロとしたあと「む…それなら仕方ないかもしれんな」と言って、私たちは解放されました。
少し歩いて詰所が見えなくなったあたりで、四人で一斉に『ばぁ~か!』と振り向く。ふふ、これは嫌なお客さんとかがいた時に必ずやることなの。その一言だけでおしまい!嫌な事を忘れて、歌や舞に影響は出さない!それが、セリナさんたちのやり方。
「ふふ、レティの怯える演技、なかなかだったわ~」
「ハッハァ!女は天性の女優ってな!さすがレティだ」
「いいぞー、そうやって嫌な奴を煙に巻いちまえ。お前の楽しい人生に、あんなことでシミを作るこたぁねえよ」
「ん、大丈夫。みんながいるものぉ」
『かっわいいな、お前…』
三人に頭を撫でられながら無骨な宿屋へ入り、部屋を三つ取る。本当はちょっと贅沢だけど、空き部屋に余裕のある宿屋が見つかる時はそうしてもらえることになったの。ラザーンさんとセリナさん夫婦と、シンバさんと、私の部屋。狭いけど、通信したりするのに便利だから助かるわ。
今日はもう何もすることがないから、みんな好きなことをするだけ。シンバさんは楽器の手入れをするから宿にいるって言うし、セリナさんはラザーンさんのご機嫌を取るからデート。私はと言えば元気が有り余っていて、街を散策してみるわと言って出かけることにした。
*****
蘇芳要塞都市――通称『カーマイン』は、西の国境線に沿って横に広がる巨大な要塞そのもの。街の西側へ行けば行くほど警戒が厳しくなり、蘇芳の行政施設や軍事施設が密集している。マザー施設がほぼ中心にあり、北には兵士養成施設や商業地区、南には学舎や住宅街が広がる。碁盤の目のようなきっちりした区画整備がされていて、国境へ近づくほど道路に敷かれたレンガが暗い色になっていく。
「なんか全体的に赤黒いって言うかぁ…アルの言ってた通りだわ、取りつく島のない街ね」
今私が歩いている道路のレンガはオレンジ色みたいな明るい赤。右手に鋼鉄のドームで覆われた蘇芳のマザー分体施設を見ながら、南へ歩く。その道すがらにあるいろんなお店を覗いてみるんだけど、中央の街のシュピールツォイクから流れてきているおもちゃ屋さんであってもあまり客がいない。
どうも蘇芳の人が出歩く時間は割と決まり切っていて、早朝の出勤時間と昼食の時間、それと就業後の午後五時から九時の間らしい。……満足に食材の買い物もできないじゃない、どうするのかしらと思っていたけれど、アルが言うには「ほとんど外食。しかも蘇芳のご飯ってまずいんだ!さすがあのレーションで平気な一族だよ」とのこと。
なので今日の晩ごはんをセリナさんたちと一緒に食べてみて、どうしてもダメならパパにお弁当をおねだりしようって思っちゃいました。だって粘土味のごはんはイヤだもの……
どんな酷いごはんが出て来るのかしらと思いながら歩いていると、左手に小さな広場が見えた。公園…というには、ただの柵に囲まれた空地。遊具も何もないその広場で、一人の男の子が一心不乱に何かの格闘術の型を練習していた。
へぇ、あれはシステマに似てる。でもちょっと合気柔術にも似てるけど。
珍しいわ、蘇芳では柔術と空手、それに力押しにしたがるからとにかく筋力トレーニングや走り込みをするって聞いてるのに。
なんだかその珍しい型をじーっと柵の外から眺めていたら、その男の子が私に気付いた。そして少しムッとしながら歩いてきて、「何見てるんだ」と言った。
「ごめんなさいね、気が散る?珍しい型だから気になっちゃって見てたの」
「…お前、どこの学舎だ。怪しいやつだな」
「んもー、蘇芳の人ってどうしてすぐ職質したがるのぉ?私は蘇芳じゃないわ、今日ここに着いた金糸雀の旅芸人よ」
「旅芸人…? 旅芸人が何で体術の型なんかに詳しいんだよ。あれが『珍しい』なんて、蘇芳のやつでも知らないだろ」
「え、そういうもの?蘇芳ならどんな格闘術でも知ってそうなのに」
「……あれは今の蘇芳では流行らないからな。みんな空手と柔術に夢中だ」
「へぇ~、じゃああなたはコアな体術使いなのね。でも乱取りはどうしてるの?あ、お師匠様がいるのかしら」
「……関係ないだろ、お前には。もうジャマだ、行けよ」
男の子はムッスリした顔のまま、手を振ってシッシと追い払う仕草をした。やあね、あの表情ってウゲツそっくりだわ。今のを翻訳すると「乱取りは一人ぼっちだからできない。だからここで型の練習をしてる」って感じかしら。
「ねえ、私が乱取りの相手するわぁ」
「は!?何言ってんだ、余所者の女相手にそんなことするわけないだろ」
「私、レティっていうの。あなたのその珍しい体術は知らないから、適当に行くわね」
柵をひらりと飛び越え、有無を言わせずぬるりとした動きで低く接近。背後を取ろうかと思ったけど。
「うぉわっ な、なんだよお前の動き…っ」
「お前じゃなくって、レティ。呼んでくれるまで攻撃やーめないっ」
彼は左足で円を描くように動いて私を正面に捉え、軽く握った手指で構えた。あの構えはシステマっぽいんだけどぉ~…足さばきが違う感じなのよね。
楽しくなってきて、私は彼が「ちょ、待てお前っ いや、レティ、待て!」と言うまで攻め立てた。名前を呼んでくれたので低い姿勢をやめ、後方宙返りをきめて距離を取ってあげる。
「ようやく名前呼んでくれたわねぇ」
「な、なんなんだよ…」
「ん?乱取りの相手よぉ?お見事ね、その体捌き。でも私が武器を持ってたら数回は当たってたかしらぁ」
「……ちっ!」
「じゃあ第二ラウンドね?次はあなたの名前を教えてくれる気になるまで。レッツゴー☆」
「うおわぁぁっ」
私も彼の関節を極めることはできなかったけれど、向こうも私を止める決定打は出せなかった。ふふ、私が女の子だから手加減してくれてるのかもね。
そして向こうが根負けし、「わかったよ!俺はギル!ギルベルトだっ!」と自己紹介。んもう、長かったわぁ~。
「ふー、ギルね、よろしくぅ」
「な、何がよろしくだ。しかしお前…すごい動きするな。俺が捕まえられないなんて」
「あら、すごい自信ね?私は踊り子の弟子なの、体が柔らかいのが自慢よ?」
「……柔軟性だけであんな動きになるのか?」
「さぁ?じゃあ私が天才ってことにすればぁ?」
「ほざけ。まあ、俺とレティじゃ勝負つかないってのはわかった」
「ふふ、じゃあギルは蘇芳での最初の友達ね」
「と、ともだ…」
「イヤ?」
「そんなことは、ないが」
「じゃあ、友達」
手をずいっと出すと、仕方なさそうにギルも手を出してくれる。その手をガッと掴んで、シェイク。まったくもう、天邪鬼ってかわいいわね。でもよくよく聞いてみたらギルは二つも年上の十八歳だった。
他部族の年齢って、わっかんないわぁ~…




