submarine earthquake sideルカ
現在午後九時。
やれるミッションはその日のうちにね!というのが信条(?)のグラオにとってみても、このスピードで作戦行動へ出るのはそうそうない。
というか、孤島生成ミッションに説得力を持たせるための布石っていうか下拵えなんだけどね。
僕はスザクとアオイ、ヘルゲ先生と一緒にガードに乗って外洋へ向かっている。もちろん僕は全員を「不可視」にするために同行してるんだ。
アオイは「明日こういうことをするから、みんな避難してね!」と、この海域の生き物たちへ「避難勧告」を出すため。
ヘルゲ先生はもちろん僕らをガードに乗せて運ぶためで、更に広範囲索敵をして「術者」や「上陸作戦要員」が引っ掛かってくれれば儲けものだと言っている。
そしてスザクは…ついさっきまで北方砦の荒野でヘルゲ先生の特訓を受けていた。ヘルゲ先生はクレアと少し似た「精神的機能」を持っていて、並列コアという並行演算ができるモノを精神世界へ作り上げている。
ヘルゲ先生が「変態魔法使い」と言われ続けている理由は、この並列コアの性能が変態そのものだということに尽きる。そして並列演算ができるということは、属性の配合さえ判明すればどんな混成魔法だろうと自分一人で実現させてしまうことが可能なんだ。
スザクは魔法出力が異常なだけで、そんな器用さはない。絶対零度クラスの水魔法にしろ、火山噴火クラスの火魔法にしろ、あの威力はひとえに出力の大きさで起こっている現象だからだ。
だけどヘルゲ先生はチーム緑青の生真面目兄ちゃん、ロッホスが提言した混成魔法を軒並み成功させている。その実績がすべてロッホスのものになっては名声だけがうなぎ上りになっているので、猫の庭へ来るたびに「俺、ほんとに恥ずかしいんだけどなヘルゲさん…っ」と顔を真っ赤にして悶絶している。
そのロッホス提唱の混成魔法の中にある「アースクエイク」。
ゾンビ魚殲滅を対外的に「地殻変動による海底火山の噴火」のせいにするのなら、その予兆となる地震が無ければ説得力がないわけだ。
だけどスザクは今まで混成魔法など出したことがない。
でもヘルゲ先生がアースクエイクを外洋で行使しても、人が感知できるほど大規模な地震は起こせない。
じゃあスザクとアオイが「極大魔法」の試し撃ちだと思ってやってみればいいんじゃね?みたいな流れになったので、スザクは特訓しに行ったんだよ。へとへとになって帰ってきたけど、大丈夫なのかな。
ちなみにレビは「リンクと繋がって出すんなら、火魔法と土魔法をスザクとアオイで分担すれば?」と首を傾げた。でもヘルゲ先生がその成功確率を計算した所、あまりにも二人の魔法出力や錬成方法に差があるので無理だとなったわけだ。なので今回アオイは「極大魔法の増幅装置」としての役割が大きいらしい。
『あ、いたいた!おーいイルカさ~ん!』
昼近くに判明した座標より、ほんの数百メートルしかアルカンシエルへ接近していないゾンビ魚の群れ。その周囲を海上へ数頭ずつジャンプしながら知らせてくれているイルカたちのツヤツヤした肌が月光に煌めいていた。
『さすがに百頭近い集団だと、範囲が広いな。アースクエイクを起こすポイントはもっと北上してもいいだろう。ガードが盾になっても海水の震動は防ぎきれるものじゃないだろうからな。術者に感知されては本末転倒だ』
『ヤー』
アオイはふわっと精霊を錬成して、静かに海へと拡散させた。「避難勧告」をみんなへ出したんだろう。そして今から地震が起こることも伝えたようだ。
それを確認したヘルゲ先生はガードを北上させ、ギリギリ陸地が見えるかどうかというポイントで止めた。
『スザク、さっきので感覚は掴んだな?順番に土、火をマナへ指示。ダイヤの手前で待機させて、混ぜたらドン、だ』
『っかー、説明になってねえよヘルゲ。さっきグローブで体感してなきゃわかんねえぞソレ』
『やかましい、やれ』
『がんばってスザクー』
……天才って言葉で説明できない人だっていうの、本当だったんだな。「混ぜたらドン」なんて説明で混成魔法ができたら世話ないよ。ロッホスが泣くのもわかるなー、これでポンポン混成魔法を成功させられたら「俺の研究って何の意味があるんだ」って思ってもおかしくない。
まあ僕は全員のインビジブルを維持するだけの簡単なお仕事だ。宝珠二人には悪いけど、高みの見物させてもらうよ。
『……うっし、アオイ頼むな。俺はちっと手一杯になるからよ、リンクから何か警告が出たら教えてくれ』
『はーい、まっかせて!もうみんな集合してるよ?』
彼らの感覚は、僕らには全く想像もつかない。
でも僕のモノクルには虹色のマナが二人を繋いでいるのが見える。
――あれがリンク、か。
ガードが莫大なマナの気配を陸地にいる人間へ感知させないための結界になっている。「アースクエイク」が発動すれば即座にゾンビ魚方面へ海水の震動を妨ぐための盾になるんだ。いいなあ、あの万能さや機動性は素直に羨ましいよ。
ちょっと横道にそれた思考を強制的に引き戻してくれたのは、スザクのマナだった。うーわ、すっごい無理してる。今にも発動しそうな土魔法のマナを強靭な意志の力で押さえ付け、同時進行で火魔法のマナを錬成している。
インビジブルで消している彼の体はブルブルと震え、通信機からは『ふんぐ…っ こなくそっ、言う事聞きやがれ!』とスザクらしい悪態が聞こえてきた。
モノクルには、慎重に混ぜられたマナが映る。彼の斜め下方向、つまりアースクエイクを行使する座標の方向には、無色透明なレンズみたいな結晶。そして更にその先には、すごく分厚くて大きな虹色のレンズが出現していた。
それを見ただけで、信じられない増幅度になるだろうというのが理解できてしまった。
ウソだろ、勘弁してよ。いったい何倍の規模になるんだ?
僕が事の重大さにようやく気付いた時、ニヤッと笑ったようなスザクとアオイの声が響いた。
『うぉっしゃ、行けぇぇ!』
『きゃっほーう、スザクかっこいー!』
ギュゴッ!
キュン…ッ!
宝珠兄妹の、力が抜けそうな歓声をBGMに。
丁寧にミックスされたアースクエイクのマナは弾丸のようにスザクから飛び出していった。
小さな太陽みたいなマナが、透明なレンズの中で恐ろしい反射をしている。
一瞬で数倍になったマナは、ボールみたいな大きさの太陽になった。
そしてダイヤを出て行ったボールが虹色のレンズへ触れた瞬間だった。
キトトトトトトト………
奇妙な音が、聞こえる。
一つだけだったはずのマナの太陽は、乱反射する虹によって超高速のお手玉をされ、まるでいくつもの太陽に増えてしまったかのようだ。その巨大な虹のレンズ全体に、段々とマナの光が満ち溢れ、とうとう巨大な太陽そのものみたいになっていく。
「うわ、眩し…っ」
『ルカ、不可視の制御は大丈夫か』
「う、うん、問題ないよ!」
眩しいし、もうどこに驚けばいいのかわからないくらい度胆を抜かれてはいるけどね。
巨大な太陽のマナはすっかり増幅を終えるまで、数秒かかっていた。あんな反射速度だったのに、あまりの増幅率だから、それだけ時間がかかったってことだよね…
今度は、太陽そのものになってしまった虹のレンズが震動を始めた。
まるでレンズが「術者」そのものみたいな、生き物のような気配。
ィィィイイイイ……ン!
――耳鳴りがした瞬間、そのマナは撃ち出された。
ボッッ
海水を光らせながら、海底へ向かって光が驀進していく。
そして設定座標へ、着弾した。
ゴォォォ…っという地鳴りが聞こえ、一瞬でガードが巨大な盾になる。ゾンビ魚とイルカたちの方向への壁になったのと同時に僕らは上空へ離脱し、津波の餌食にならない高度まで飛びあがった。
この津波の規模も、時化た海と変わらない程度となるようにヘルゲ先生が演算していたと思うんだけど…港の船は大丈夫かな。
津波の到達予測地点には数人ずつグラオの大人たちが透明化で待機している。万が一観測した波の高さが大きすぎる場合は、即座にニコル先生が守護で港を守ることになってるんだけど。
『A地点、クリア!』
『D地点クリア』
『E地点、港湾内で共振現象だ。増幅してるぞ』
『らじゃー!守護~、防波堤よろしくね』
『B地点クリア~』
次々と通信機へクリアコールが入り、かなり大きな湾内で増幅した以外はどこも問題なく「軽度の地震」が起こったようだった。まあヘルゲ先生が共振現象も予測してて、『許容範囲内だな』としか言わなかったけど。
金糸雀の里に常駐していた蘇芳の警備隊や白縹の境界警備隊から、中枢へ「海底地震と思われる揺れが観測された」ことが中枢へ報告された。エルンストさんからその連絡を受けたクレアが『下拵えは完璧ですね』と機嫌良さそうに通信してきてくれたので、そこで初めて僕とスザク、アオイは『やったー!成功だ!』と歓声をあげた。
*****
移動魔法のゲートをくぐって猫の庭へ戻ると、子供組で残留していた全員が待ち構えていた。スザクとアオイへ「やったな!」と言いながら労い、僕もそれを見て「うんうん、ほんとにすごかったよ二人とも」と笑った。
するとライノが「ルカ、経験会議!」と言い出した。
「え?僕の経験を共有するの?なんで?」
「兄貴、宝珠の感覚なんて共有したら精神崩壊一直線だぜ?」
「あ、そっか…」
「だから客観的にその場で見ていた臨場感をだなー」
「いいけどさ、たぶんびっくりするよ?僕いままでレンズって眼鏡に使われるだけのものだと思ってたけどさあ、あれってじゅうぶん兵器だよ」
『は?』
僕はすっかり「レンズ」が宝珠兄妹やヘルゲ先生に認識されているものだと思ってそう言った。でもヘルゲ先生が「レンズって何だ、ルカ」と聞いてきたので、あれは僕だけが見たものだったことが判明した。
ちなみに宝珠兄妹は「リンクが全部やってくれたー」みたいな感想だった。
……力が抜けます。
そうして僕らは経験会議で、ヘルゲ先生は映像記憶で「レンズ」を確認。
僕が「ね?びっくりするでしょ?」と言うと、全員に「ルカの落ち着き具合の方がびっくりするわ」と責められた。
……何でだよ……




