【大人の事情】猫の庭 教職員会議 sideアロイス
僕が二年前にヴァイスの統括長になった後、大佐たちが使っていた執務室は「統括本部」と名前を変えている。でも誰も僕らを階級で呼んだりしないよ、そこは気安いヴァイスのままだからね。
え、僕?
もちろん無理矢理「大佐」にされましたよ。ここぞとばかりに重要ミッションをエレオノーラさんが僕個人に振るから何かと思ったら、実績ブチ上げてガンガン階級を上げられましたよ。おかげでイヤな二つ名がたくさん増えました。どーなってんの、蘇芳の階級制度って。統括長になる二年前までは、僕もヘルゲも中尉だったのに。
ちなみにグラオの男性メンバーはエレオノーラさんにうまい具合に功績を割り振られ、全員尉官を持っている。女性メンバーで尉官はマリーだけ。なぜかと言うと、国軍から大規模魔法支援要請があった時に「ヴァイス部隊」を率いて指揮官として戦場へ派兵されることがあるから。
なんで緑玉のニコルに尉官がないんだって話なんだけど、エレオノーラさん曰く「ハイデマリー以外、他の娘は指揮に向かない…」と、こればかりはグラオの「個性的」な所が残念な結果に繋がってる。
惜しいのはユッテかな。仲間思いだし、こと戦闘に関しては天才的なセンスを持っているんだけど。いかんせん、先頭切って敵に突っ込んで行きたがる特攻タイプだからね…全体を見て指揮することにはちょっと向かないって思われてる。
アルマは士気をムダに上げるのがうまいけど、逆に冷静にさせることができなかったりする。
ニコルは「エイってやっちゃおっか~」とか、常人にわかりにくい指示しか出せないからさ…
え、フィーネ?指揮官にしたらジェノサイドになっちゃうに決まってる。
まあ、そういうわけです、察してクダサイ。
そんな彼女たちはヴァイス内でも特に役職らしいものは持っていない。女性軽視とか言わないで、お願い。だって本人たちが「メンドクサ」とか言うし、ダンナどもが他の男と接触させる機会をなるべく減らしたがるんだもん。こういうことに抵抗がないのはマリーだけなんだよ…
まあ僕らの現状というか近況はそんなものです。で、全員が集まれるように広くした「元・大佐の執務室」は「統括本部」という名の、各種端末がゴソッと置かれた「開発セクト第二支部」くらいの部屋になっております。情報戦対策という名目でヘルゲが使ってるんだよ。
さて本日はですね、その統括本部に魔法部からお客様をお招きして「とある会議」を開いています。
パウラ「…そっかぁ、カウンシルとシンパシーの可能性、高いね…」
アロ「やっぱそう思う?僕らも最初は全然気づかなかったんだよね」
リア『でもこの成績急上昇は異常よ、ルカもレティも論理的思考力が一気に上がってるわ。こっそり幼稚舎組を観察してみたけど、五歳児も似たようなものね。変わりなく見えるのはクレア以下の年齢の子かしら』
ナディ『五歳児組は、急に落ち着いた感じがするわ。ライノもレイノも年下の子の面倒をよく見るようになったし、スザクは急に生活魔法の制御を練習し始めるし、ニーナとノーラは図書館にかじりついて調べものしてるわ…』
パウラ「…リアさん、クレアって変わった様子はないんですか?」
リア『ええ、特に急激な変化は見られないわよ?』
パウラ「シンパシーの能力予測、上方修正した方がいいかも。カイさんとカミルさんを参考に能力予測してたんだけど、彼らって元々二人の間での共鳴だけだったでしょ?しかも成長の仕方が限りなく近い双子っていう環境だったし…もしかしたらレイノの能力って、突出した能力を持つ人が対象にいると影響を受けるのかもしれない。クレアって異様に賢いでしょ?」
アロ「…あ、じゃあ何も影響が見られないクレアが引き上げてるかもしれないのか」
パウラ「うん、まだクレアのユニークは表面化してないけど…『思考増殖』って言ってもヘルゲさんみたいな変態的な並列コアじゃないと思うの。魔法能力として顕現すれば、たぶん『数人の違う考えを持った自分と相談』ができる。でも、今はきっと…その元になる知識を吸収しまくっている可能性が高い。クレアの知識定着度を測ったら、もしかしたらルカとレティの学習到達度を上回ってるかもよ」
…正直言って、予想していた事態よりも驚きの結果だな。僕らはライノとレイノの能力が出始めたら「みんなでダイブ中に遊びまくって、修練が遅れる」と考えていた。
修練が停滞するなんてことは、白縹の学舎でもよくある話だ。地道な作業に嫌気が差したり、心理世界ではなく現実世界に大きな喜びや興味のある子は、そっちに集中してしまう。まあ、いい(悪い?)例がビルギットって感じかな。彼女は自分の容姿を磨くことに重きを置いていたからね。
でも、まさか学習に関してここまで飛躍的に影響が出るとは思わなかった。
リア『あの成績の原因はクレアか…うちの子は天才ね!』
ナディ『もう、リアったら。気持ちはわかるけれど、これってグローブで体術向上したアルみたいなものじゃないかしら?自分で努力して勉強しなくても、クレアから知識をもらい放題だなんて…努力することを放棄しそうで怖いわ…』
リア『あら、私は問題ないと思うわよ。ルカもレティも、急激に伸びてるのは国語だけでしょ』
アロ「あ、そういえばそうか…」
リア『クレアが国語だけに絞って知識を吸収しているわけがないわ。たぶんあの子なら、歴史も数学も理科も何もかも、貪るように知りたがるはずよ。なのに国語だけ影響があるってことは、理由があるのよ』
パウラ「あ…! そっか、カウンシル!わかった!アロイスさん、彼らは会議してるのよ!守りたいのはみんなって言ったんでしょ、ルカ。たぶん…ううん、ほぼ確定で三歳児組も修練の時に会議へ参加してるんだわ!」
アロ「え…えー!? 三歳児組…もしかしてルカやレティと同じくらい国語力が付いちゃってるの?でもウゲツはいつもと変わらないよ?」
ナディ『…アロイス、でもほら…たまに修練が終わった後、あの三人だけすごく機嫌が悪いことってあるわよね。一生懸命しゃべるんだけど、私が何を言いたいのか汲み取れないと悔しそうに泣くことがあるわ』
アロ「あー…あるね。ウゲツはブンむくれて押し黙っちゃうね」
パウラ「んーと…そうすると会議するのは彼らには楽しいことなのね。それを禁止されたくなくって、アロイスさんに言い出せないんじゃないかな。そうすると、カウンシルとシンパシーの能力行使に危険性がないのかを早急に見出さないとマズいかな」
アロ「可能性としては何があげられる?」
パウラ「それがぁ…正直言って、心理世界へのダイブなんて白縹特有だし想像つかない部分が多いっていうか…この能力ってどう考えても他部族で顕現するとは考えにくいのよね。ほんとに想像だけで言うなら、ライノの精神状態が良くない時に能力行使したら、集まったまま戻れなくなる…とか?」
アロ「うーん。こりゃ守護に頼むしかないかな…わかった、ちょっと僕の方で彼らがどんな状態で会議してるのか覗きに行ってみるよ」
リア『わぁお…その映像記憶、見せて。おもしろそー』
ナディ『アロイスにお願いするしかないわね、私たちじゃグローブの行使はできないし…よろしくね』
こうして「猫の庭学舎教職員会議」は終わり、僕は子供たちが次に「ちびっ子会議」を開くのをこっそり待つことになった。