アホンダラタンラン sideルカ
すっかりスザクも学舎に馴染み、留学期間が終わろうとしている頃のことだった。普段なら通信用ヘッドセットへ留学中の子供への通信は入らないんだけど、授業中にかなり切羽詰まった声が聞こえた。
アオイが大人も含めたオープンチャンネルへ叫んだのは『またあの呪詛付きゾンビ魚がいる!』というものだった。
思わずガタ!と立ち上がってしまい、驚いている先生へ「す、すみません!ちょっとお腹痛いんでトイレ行ってもいいですか…」と言い、みんなに笑われながら教室を出た。
ダッシュで物陰へ入って通信内容を聞くと、白縹の領海へ来たあのむかつくゾンビ魚が外洋にいるのを鳥や魚たちに教えてもらったらしい。しかもあの時仲間を殺されたイルカたちが、アオイが制止するのもきかずにそちらへ向かってしまった。
攻撃はせずに見張るだけだって言ったらしいけど、アオイは心配でたまらなくなって通信してきたみたいだ。
現在位置は外洋とは言え、明確にアルカンシエル南岸へ向かっている。以前のことがあるから白縹への侵入は諦めたかもしれないけれど、この国の南半分にはたくさんの漁港が点在している。どこへ侵入されても、あの毒物は危険すぎるのに。
『アテンション。まずは待機中のグラオメンバーで偵察に行く。ヘルゲ、ガードで人員を外洋へ運んでね。全員透明化必須。コンラートはヘルゲへ接続して広範囲索敵と、念のため四年前のマナ固有紋索敵を頼む』
アロイス先生が指示を出し、次に子供組へ注意を促す。
『学舎留学組もこれ聞こえてるんだろうけど、平静に日常生活を送ること。事の経緯は気になるだろうから、逐次要点だけは伝えてあげるよ。軽挙妄動を起こさないようにね、以上』
コンコン、とヘッドセットを弾いて「了解」と伝え、僕は大人しく教室へ戻った。
昼時になり、僕とクレア、スザクはお昼を食べてから海側の緩斜面へ集まっていた。
「懲りねえな、タンランは」
「そうですね、あの国はとても執念深い。アルカンシエルに馬鹿にされた、名誉を傷つけられた、と大昔に解釈されてしまったがゆえの粘着力なんですよ。あんなに派手に失敗した作戦を再度チャレンジとは、愚かです」
「ほんとだねー、現に外洋にいるうちからアオイに察知されちゃってるもんね。アオイ、辛いだろうな…あの死んじゃったイルカを見て、すっごく悲しんでたし」
「……アオイはもう立ち直ってる。大丈夫だぞ、俺の妹はそんなヤワな精神力じゃねえよ」
僕らは海の方向を見つめて、授業中途切れ途切れにアロイス先生から入ってきていた途中経過を反芻した。
今回、イルカたちが最初から協力してくれたおかげで群れの座標は早期に把握している。だがその数が問題だ。今は外洋でひと塊になっているので術者の数が分からない。けれども百頭ほどの大型魚が毒物を漲らせてユラユラと泳いでいるのだそうだ。ほんと、どれだけの魚を殺して利用すれば気が済むんだよ。
四年前の事例を参考にすれば、術者一人で七頭。単純計算だと十四から十五人の術者がいることになる。クレアはその情報を聞いて「少々マズいかもしれません」と表情を曇らせた。
「その数、アルカンシエル南岸にある主な漁港の数と一致します。白縹の村への一点突破な侵入ではなく、漁港を同時攻撃して南岸から一斉に攻め入る作戦だとしたら、手が回らずにどこかへ穴が出来る可能性があります。ですが術者ごとの群れへバラけてくれないとマナ固有紋を採取できませんし…タイミングが重要ですね」
クレアはその懸念をアロイス先生へ通信で伝え、あとは大人たちの判断に任せる姿勢だ。でもいま留学している僕らは、あのゾンビ魚捕獲作戦に限って言えばキーマンだと言える。
司令塔のクレア、視界確保の要である僕、毒物拡散の隙もない高火力で蒸発させられるスザク。火力で言えばヘルゲ先生がいるものの、彼は一度もレイノの精神混合で繋がったことがないんだ。先生は今まで頑なに、子供たちと精神的に繋がることを拒否していたから。
――これは僕らが中等学舎へあがって初めて理由を聞かされたことだけど、ヘルゲ先生は改変前のマザーに心を散々いじられた実験体だったからなんだ。万が一その記憶が僕らへ逆流したら、誰かが影響されて壊れるかもしれない。
白縹が心を改造されるというのは、それほど危険だし、恐ろしいことだ。それを疑似体験したことのあるニコル先生は、あまりのことに自失して泣き崩れていたという。逆に言えばニコル先生という宝玉だから泣くだけで済んだのかもしれないんだ。
そんなわけで、あの作戦を実行に移すならば僕らが行った方がいいに決まっている。まったく、なんで僕らが学舎にいる時を狙うようにカマしてくるのかなあ、タンランのアホンダラ!
それに、各漁港を狙うために散開される前……現在外洋で一か所に固まっている今が捕獲のチャンスでもある。捕獲してしまえば無毒化して、面倒でも全頭のマナ固有紋が取れるとも思うんだけど。
どうするつもりかな、アロイス先生…




