スザクの悩み sideルカ
僕らが白縹の学舎へ通い始めて二十日ほど経った。アロイス先生によると、なんとなく事情を察している(けど巻き込まれたくないから詳しくは聞いてこない)ハンナ先生は、僕らの能力が同年代と比べて突出していることを隠蔽してくれているらしい。
怖いけど頼もしい先生だ、ありがたいや。…それにしてもやっぱりたくさんの子供たちを相手にしている学舎の教導師から見ると、僕らが隠しおおせてると思っていた内容はダダ漏れだったみたい。そこがちょっとショックです。
あれからグンターさんはすぐに治癒院へ行って、抉れていた傷もすぐに治してもらえていた。だから週明けから通常任務で境界の砦へ復帰したらしいよ、すごい体力だな。
イザークとルッツは僕らの滞在期間が半分を切ったあたりから、すごく残念そうに「お前だけここに残れないのかよー…」なんて言ってくれる。うう、ほんとは近所に住んでるから毎日でも会えるんだけどさあ~、さすがに猫の庭のことは言えないからさあ…
「僕も二人と離れるの、つまんないよ。でもさすがに戻らないと…」
「……だ、だよなあ!今までずっと中央暮らしだったんだ、あっちにだって離れたくない友達いるよな。でも、またコンラートさんの長期休暇になったらさあ…来れる、よな?」
「う、うん!父ちゃんにもなるべく村に来させてくれって頼んでおくからさ!」
「でも無理しないでよ、ルカー。俺たち絶対軍部予定者になってみせるから、そしたら中央でまた絶対会えるよ、ね!」
「そうだよね、僕も軍部に行けるように超がんばる。将来はヴァイスで一緒に働こうね!」
そんな話をしては、三人で残った期間を思い切り楽しく過ごそうとしていた。レティやクレアも同室の子とすっかり仲良くなったみたいで、僕と同じようにもうすぐお別れだというのが淋しくて仕方ないっていう状況みたいだ。
最初にこの学舎へ来ようと思った時は、気楽に「友達できるかなー」とか「他の白縹ってどんな子たちなんだろなー」なんて思ってた。でもこんなに大好きな友達が出来て別れがつらくなるなんて予想外だった。
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猫の庭へ戻って晩ごはんを食べていると、みんなから「学舎ってどんなとこ?今日は何した?」なんて質問攻めにあう。実際に「普通の白縹」に混ざってみて理解したことや気を付けなければならないことは、ライノの経験会議で共有したりもした。
ほんとにこの能力は便利というか、言葉では伝えきれないことをがっちり仲間と共有できるのがすごい。経験会議で「突出した魔法能力をバラさない」とか「グラオの秘匿に関してどんな風に学舎でごまかしてるのか」などといったことを深く伝えられるので、今後スザクたちが学舎へ留学することになっても口裏を合わせることが容易になるからだ。
「っは~、俺の収束、そんなに驚かれたんか。ヘルゲがやったってことで納得すんのかよ…」
以前ならきっと「俺様すげーだろ?」みたいにふんぞり返ってたと思われるスザクは、学舎であの火魔法がそこまで話題になったことに心底驚いていた。
僕たちはあの威力を間近で見て、普通に「あれはヘルゲ先生の炎獄、極地型バージョンだ」と認識していた。でもスザクは単純に「精密に範囲設定と威力ベクトルを調整した中規模の火魔法」だと思って撃ったんだ。
――冗談じゃない。一般的な火の中規模魔法は例えるなら「一軒家の火災」だ。だけどスザクの火魔法は範囲が一軒家なだけで、威力は「活火山の噴火」なんだから。
僕はぽかんとしたスザクにダメ押しで「ある感覚」を経験会議で送っておいた。それは僕のインビジブルのマナが消していた海水を、スザクが一瞬で蒸発させた時の感覚だ。マナの手触りっていうか、「自分が制御して魔法をかけている対象物へ、圧倒的な暴力が加わった」と僕が認識した感覚の話なんだけどさ。
そういう「自分しか認識できない感覚の話」をダイレクトに伝えることができるのも、ライノの能力のすごいとこだな。まあ、それを僕の「驚き」と一緒に伝えてみたら、スザクは神妙な顔をして「ん、理解した」と呟いた。
そんなスザクを見て、クレアとレティが顔を見合わせる。
「スザク、なぜそんなに落ち込むんです?真剣に魔法制御を訓練している成果が出ていて、ヘルゲ先生にせまるほどの魔法が撃てるというのはすごいことではないですか」
「そうよぉ、スザクはすごいじゃない?」
スザクは二人を見てちょっと苦笑すると、「あー、そだな」と言ってぽりぽりと頭を掻く。そしてちょっと息を吐いてから僕ら全員を見回して話し出した。
「――お前らにゃ隠し事してもしょーがねえから話すわ。ええと、つまりだな。なんとなく…俺の魔法威力ってヒトとしておかしくね?みたいなさ。ヘルゲとリンケージグローブで繋がった時にちょっと思ったんだけど、ヘルゲでさえ反射増幅シークエンス使って桁違いの殲滅魔法だって言われてるんだぜ?それを俺、自分の瞳の反射率だけであの威力なんだ」
もう一回深呼吸すると、スザクは少し暗い顔になった。
「俺、バケモンかもしんねえ。アオイは生産能力のある、命が芽吹くような力なのに…俺はとにかく破壊専門じゃねえか。最大出力で俺が四属性の中規模魔法を撃ってみろよ。風を出せば範囲内のものを粉々にするほどのハリケーンになる。土を出せば数百メートルの深度で底なし沼ができるし、ベクトルを変えれば数百メートル上空から岩が降る。水を出せば範囲内は極限まで分子震動が抑えられて、ほぼ絶対零度だ。んで火はアレだろ…?どんだけ制御して威力を抑えたって、俺はたぶん学舎のどの生徒より威力の強い魔法しか使えないんだ。俺は学舎へ行かない方がいい。生身でこんな自然災害みたいな魔法出せるなんてさ、こんなの本物の生体兵器じゃんか。なあ…?」
僕たちは、初めてこんなにしょぼくれたスザクを見た。金糸雀の里でも、緑青の街でも、その底抜けの明るさでたくさんの友達を作ってきたスザクは、学舎へ留学出来る日を実は相当楽しみにしていた。
でも僕とレティとクレアでさえこんなに魔法能力の秘匿に四苦八苦しているのに、自分はどうやってもそこまで威力を抑制すること自体が難しいことがわかってしまったんだ。
もっと小さかった頃は「ヘルゲに負けたくない」なんて言って地団太踏んでたスザク。でもたぶん彼は「宝珠」だから、僕らとは何かが決定的に違うんだ。たぶん同じことを思っていたクレアは、スザクに質問した。
「スザク。今まで聞いたことなかったと思うんですが、スザクやアオイには深淵の意志の言葉ってまだ聞こえないんですか?」
「んあ?あー…ちょびっと言葉っぽいのは聞こえることがあるぜ。だけどまだ意志疎通までいかねえなー」
「そうですか…あと、ヘルゲ先生とグローブで何回か繋がって魔法の感覚を教わったって言ってましたよね。その時、自分とヘルゲ先生の反射率や魔法威力の増幅方法について、何が違うと思いましたか?」
「――あー、そういや元々の結晶の反射率が段違いだったような気がすんな…ほら、俺って結晶が二種類あるじゃんか。紅で反射したマナを透明なやつが更に増幅させてるような気がすんだよ。だからなんつーか、二段階でパワーが上がってるような感じか?」
「あ、それアオイもわかる~!アオイはねえ、精霊さんを緑で錬成するでしょー?その後透明な結晶の中を精霊さんが通ると三倍くらいの力を付けちゃうの。そうするとねえ、いろんな生き物にアオイの思ってることがしっかり伝わるんだよ?」
「……なるほど、それは貴重な情報かもしれません。このことで何かわかったらきちんとお話しますね」
クレアはそう言って思考深度を深めた。その後レティは「ふぅん…?」と言った後、にっこり笑ってスザクへ向き直った。
「ねぇスザク。ライシャからの伝言よぉ?『今からそんなに落ち込むことないでしょ?その年齢で魔法威力まで自由自在だったらそっちの方がバケモノじみてて怖いわぁ。でもそんなの大人になればいくらでも対処法は見つかるものよ、頑張れば高等学舎へ留学はできるんじゃないの?焦らない焦らない』ですってぇ」
スザクはそれを聞いて少し呆けた後、ふっと肩の力を抜いた。
「それも、そっか。はは、俺としたことが、らしくないことでヘコんじまった」
そう言って、彼はヘラッと笑う。
レア・ユニークでも、そうじゃなくても、それぞれに乗り越えるべきものが多いもんだなって僕は思った。でも仲間がいれば大丈夫。きっとスザクは解決策を編み出して、彼の大切な友達をいつか学舎で得るだろう。
ルッツとイザークという友達を得られた僕は、いまとても嬉しい気持ちでいっぱいだ。スザクもこの気持ちを味わうことができますようにと、何かに祈りたい気持ちになった。




