清核 sideルカ
クレアはちょっと咳払いをしてから、緊張した面持ちで話し始めた。――そうだよね、猫の庭の兄弟以外では初めて素を見せてるんだ。きっと「気持ち悪い子って思われるでしょうね」とか思いながら話してるんだろう。でも大丈夫だと思うんだ、クレア。ルッツとイザークはそんな狭量な男じゃないよ。
「ええと…その、お二人にまずはお詫びを。猫をかぶって接していて申し訳ありませんでした。事情があって隠していたもので。ですが今はイザーク兄さんのお父様のケガのことが優先ですので、そちらについてお話しします」
ルッツもイザークも神妙にコクンと頷いたので、クレアは自分の不安をいったん棚上げにして、頭を切り替えたように話し出した。
「確かに私たちはある方法でルカから経緯をお聞きしました。そこでレティの父であるアロイス統括長へ話を持って行ったんです。ヴァイスは警備隊の上位組織という位置付けですし、詳細を偶然聞く機会があったという体裁にすれば統括長の権限を使いやすいですから」
「そりゃ…とーさんのあの顔色を見ればありがたいとしか思わないけどさ。少し大げさじゃないか、ルカ。治癒師が調べてるって言ってたじゃん?」
「うー…えっと、不安がらせるつもりはないけど、グンターさんが大丈夫だとは思えなかったんだよ」
傷口を直接見たから異常だと思ったっていうのは…言っていいのかわからない。どこまで言っていいんだろう。
僕がおろおろしていると、レティが口を開いた。
「私たちが中央で一緒に暮らしてる仲間にね、毒物のスペシャリストがいるの。その子は様々な毒物の研究をしているんだけど、一緒に暮らしてるとその研究内容について聞く機会も多い。だからルカは『早急な対応をしないと手遅れになるかも』って危機感があったのよ。何もないなら、きちんと治るならそれでいいわ。でももし手遅れになったら?致死毒だったらって思うと、大げさにもなるわぁ」
「そりゃ…確かにそうだけど」
「――ルッツ兄さん、ルカが私たちへどうやって連絡したのかといったことは軍の秘匿に抵触するのですみませんが言えません。でもルカはグンターさんが心配だっただけです、そこは信じてほしい…です」
クレアはちょっと俯いてルッツに訴えかけた。ああ、僕は何をやってるんだろうな。妹にだけ勇気を振り絞らせて、僕の代わりにしゃべらせて。
「クレア。秘匿開示にどこまで決定権もらってる?」
「え…っ そ、その…レベル、5…でも、それは私の裁量になるのでっ」
「じゃあさ、クレアの裁量で僕に決定権を割り振ってよ。僕の能力の一部開示について」
クレアは息を飲み、でも僕の目をじっと見て「了解しました。ルカがお二人を信じてるってこと、ですね?」と言った。クレアとレティにひとつ頷くと、僕はイザークとルッツへ向き直った。
「あのさ、僕のレア・ユニーク『不可視』のことは教室でみんなに話したよね」
「ああ」
「――実は制御の修行中なんかじゃないんだ、もう完全に制御できてる。手に持っていなくたって、僕は不可視にできるんだ。だからさっき、グンターさんの包帯を不可視にして傷口を確認した。これが、その映像記憶だよ」
傷口の映像を見せると、人間の皮膚とは思えない青黒さに二人は顔色を無くした。だけど抉れた部分を見てさすがにちょっと違和感があったようだ。
「…なんだこれ。イザーク、抉られてるよこれ…」
「ああ、それにこの色。確かにルカが異常だと思っても無理ねえかもな。…ルカ、悪かったな。そこまでバラせって思ってたわけじゃねえんだ」
「俺もごめんねルカ…」
「謝らないでよ!二人が不審に思うのも当然だよ、お父さんがあんなケガしたら無理ないって。えーっと、そういうわけでさ、せっかくヴァイスの人間がいるんだから使っちゃえ!みたいな感じには…なれない?余計なことしたとは思ってないけど、二人を不安にさせたとは思うから…ごめん」
三人でなんだか謝りあってたら、レティが「やだぁ、三人してしんみりしちゃってぇ。ねえ、私のパパは頼りになると思うの。だから安心して?」と笑った。
僕はさ、これでもみんなの「お兄さん」として頑張ってた自負がある。だけど最近のレティは僕でさえ頼りたくなるほど、ここ一番という時の安定感が抜群なんだ。ルッツもイザークも彼女の意見を聞いてホッとしたように「それも、そだな。もう俺たちそんな遠慮するような友達じゃねーよな」と僕の肩を叩いてくれた。
*****
ふっと通信機へアロイス先生とグンターさんの声が入った。僕は「ちょっとごめん、連絡だ」と言って、クレアとレティを連れて少しだけ離れた。
『…そうすると、海側から何者かが侵入したかもしれないってことかな』
『その可能性が高いと思います。俺は海上警備の当番で、領海に張られた結界の保持作業をしていたんです。時化てきそうだったんで、ブイの魔石チェックだけして戻ろうとした時にバカでかい…カジキマグロだかノコギリザメみたいなやつが甲板に飛び上がって来て。滑るように向かってこられて、必死に避けましたがこのザマです。結界にはそいつが開けたと思われる大穴があいてまして』
『なるほどね。話してくれてありがとうグンター伍長。でもそのケガは放置できないね、悪いけどちょっと診させてね』
『…は、はぁ。統括長は治癒魔法が使えるので?』
『いやいや、方陣研究家のフィーネがいるでしょ?彼女は僕の同期なんでね、特殊なスキャン方陣を貰ってるんだ』
『はは~…なるほど。お手数をおかけします、申し訳ありません』
…なるほどね。海側からの侵入者か…領海の際だったら何海里も離れてるはず。今すぐ上陸するってことはないだろうけど、海側には三か所重要拠点がある。猫の庭と、漁港と…学舎だ。
僕らはルッツとイザークのところへ戻って、掻い摘んでグンターさんのケガの経緯を話した。
「ツノに毒を持ってる魚っているっけ?」
「さぁなあ…俺もルッツも詳しくない。でも海上警備に出る人は、ある程度外洋にいる生き物は把握してると思うんだ。なのに治癒師が分からない種類の毒物ってのはな」
そんな話をしていると、ブナの森の向こうから「お~い、ルカ兄ぃ~!」とニーナとノーラが走って来る。うわああああ、猫の庭の方向から直に来ちゃったよこの子たち~!
僕が内心焦っているとクレアは落ち着いて対応し始めた。
…僕ってだめな兄かもしれない。がくーん…
「ニーナ、ノーラ。そういえばさっきブナの森で遊ぶって言ってましたっけ。こちらはルカの同期でイザーク兄さんとルッツ兄さんです」
「あ!えーと、騒いでごめんなさぁ~い。ニーナでっす」
「…ノーラ…で、す」
「お、おう…?よろしくな?」
「ぷすー、元気いーね、こんにちは!」
ニーナは駆け足の足踏みをしたままで焦りながら「えっと、えっと!」と手に握り込んでいた光る石…「清核」を、隠しながらさりげなく僕に渡した。ハッとした僕はすぐにそれを受け取って「不可視」にし、クレアへ「ちょっと行ってくるっ」と叫んで全力疾走でイザークの家へ走り出した。
オープンチャンネルの通信機へ向けて走りながら「アロイス先生、ニーナから清核を受け取った!不可視にして渡すから口裏合わせて!」とこそこそ伝える。するとコツコツ!とヘッドセットを叩く「了解」のサインが聞こえて、僕は更に走る速度を上げた。




