グンターさんのケガ sideルカ
「グンター、何があったの?どうして…」
「アデリナ、落ち着け。大したことはない」
「じゃあグンター、俺は帰るぞ。何かあったら呼べよ」
「おう、送ってくれて助かった。また休み明けにな」
グンターさんを送ってきた境界警備隊の人は「気にすんな」と言って帰って行き、アデリナさんが心配そうな顔で椅子に座るのを手伝った。一息ついたグンターさんは僕らの方を見て笑顔になり、声をかけてくれた。
「イザークにルッツ、驚かせて悪いな。そっちの子は新しい友達か?」
「おかえり、とーさん。えっと、こいつはルカだよ」
「お邪魔してます、大変な時にすみません…」
「はは、大したことはないさ。アデリナもそんな顔をするな、子供たちが不安になるだろう」
アデリナさんは「あ、ごめんね…」と言ったけど、そりゃ旦那さんがこんなケガして帰ってきたら驚くよね。僕らは「ううん、大丈夫だよ」なんて言って笑ったけど、やっぱりルッツはずっとここへ来ていただけあって少し突っ込んだ質問をした。
「グンターおじさん、どうして松葉杖?境界の砦にだって治癒師はいるでしょ、骨折くらいまでなら治せるんじゃないの?」
ルッツの質問はもっともだ。もし砦に常駐していなくても、村へ三十分かけて戻ってくれば治癒院はあるんだし…まさか治癒師にまだかかってないの?
「ん?あ~…治癒師には診てもらった。だがまあ、今回の相手が悪くてな。治す方法を調べてもらってるんで、一時的にこのありさまだ。ま、優秀な治癒師だから大丈夫だろ」
イザークは「そっかー、不運だったなとーさん」なんて言ってあまり深刻にならないように明るく振る舞い、ルッツも「そっか、そんならすぐ治るね!」と調子を合わせた。
こういう光景はたまにヴァイスでも見かける。大規模魔法を後方から撃つだけではないタイプの兵士は、現場でケガすると治癒されているのに引き攣れたような傷跡のまま帰って来ることがある。
要するに現場にいた蘇芳の衛生兵の腕が未熟できれいに傷を塞げなかったりするんだ。すぐさまヴァイスの専属治癒師が再度の治療を試みるけど、細胞組織が定着した後だときれいに治らないこともある。
そうするとケガした人は「俺がドジ踏んだだけさ、今まで通りの仕事をするのに支障はねーよ」なんて明るく振る舞うし、周囲の人も「まったくお前らしくもないドジだな!その分なら連戦もイケるだろ。明日からの仕事、一緒に行くかあ?」なんてからかったりする。
それが単なるケガなら僕もきっと調子を合わせてただろうと思うんだ。だけど口では「災難でしたね~」と言いつつ、僕は咄嗟にいろんな角度からグンターさんのことを観察してしまった。
額に脂汗。目の下に紫のクマが少し出てる。指先が震えていて、足に巻かれた包帯の周囲が青黒い。グンターさんは「やっぱ痛いもんは痛いな!」なんて言ってるけど、あれって毒物じゃないだろうか。
具合悪いからって言って部屋へ戻られちゃったら見る機会を逃すと思い、僕はほんの少しずつ包帯を「不可視」にしては傷口を探していった。…あった。脛の真ん中あたりに何かで抉られたような跡。その周囲が青黒く腫れ上がってる。毒蛇か…?いや、牙が刺さった傷に見えないんだけど。
「ちょっとお手洗い借りまーす」と言ってトイレへ入ってから、通信機でニーナとノーラを呼びだした。
「急にごめんね、こういう訳なんだけど。どういう傷だと思う?それにすごく辛そうなんだ」
『…抉る…毒物を持つ生物は基本的に刺しに来る。自然動物じゃない感じ…』
『そだね~、たぶん毒蛇くらいだったら治癒師で対応できてるよぉ。それとこの映像記憶の状態から見て、早急に対応しないと壊死が始まると思う…』
「壊死…っ そんなことになったらグンターさん、足を切断しなくちゃいけなくなる…」
僕が真っ青になっていると、二人は『ルカ兄、だいじょぶ!クレアに相談するね』と言って通信を切った。不安になりながらトイレを出てイザークの部屋へ入ると、二人はやっぱり少し心配そうな顔をしながらグンターさんのことを話していた。
「…とーさん、あんなに顔色悪いの初めて見た」
「だね…」
「あー、ルカ。初っ端から悪いな、こんなことで暗くなっちまってさ」
「ううん、僕もあんまりイザークのお父さんの顔色悪いから心配だと思ったよ。イザークの方がもっと心配でしょ」
「そ、だな…」
その時玄関のドアをノックする音がして、アデリナさんの「はぁ~い」という声が聞こえた。そしてなんと…やってきたのは、アロイス先生だった。何でぇ?
「え?あら?アロイス…よね?」
「アデリナさんご無沙汰してますー、商店をお辞めになってから会ってなかったですよね。実はルカがこちらにお邪魔してるって聞いて~」
「え!? 統括長…っ」
「あ、どうもグンター伍長。――お怪我なさったんですか?」
「あー…いや、面目ありません」
「大変なところにすみません。うちの娘たちがイザークやルッツに会いたいというので連れて来てしまったんですよ。…騒ぐといけないので、外で遊ばせましょうね」
驚いてぽかんとしてると、いかにも幼い女の子という感じでクレアが「ごめんなさい~、イザーク兄さんとルッツ兄さんが優しいから私も一緒に遊びたくって…」と言い、レティは「私もー、ルカたちと一緒に遊ぶぅ…」と“置いて行かれて不貞腐れてました!”みたいな顔をした。
アデリナさんは笑って「あらあら可愛い!じゃあみんなお外で遊んでらっしゃいな」と言って僕たちを送り出した。そしてアロイス先生は通信機をオープンチャンネルにしながら「伍長がケガだなんて、境界警備隊の士気が下がりますよ。どうなさったんです?」とナチュラルに上がり込んでグンターさんから経緯を聞き出し始めた。
うーわー、仕事早ぇぇ~…
家から離れた僕らはブナの森の方向へ歩きながらこそこそと話していた。
( クレア、どうなった? )
( アロイス先生が精霊で原因を洗い出します。それを元にニーナが清核を作れる毒物ならば、すぐにブナの森へ持ってきますから )
( それにしても、あの傷は動植物ではなくて人為的なものの可能性が高いわ。警備隊で対処できないならパパが“マツリ”にするって言ってるぅ )
( そっか、よかった! )
僕らが話してるとルッツが不審そうな目で話しかけてきた。
「ねえ、クレアとレティ…何かたくらんでないかなあ?」
「「え…っ」」
「…ルッツってこういう勘が異様に鋭いんだ。とーさんのケガのこと、探りにきた?俺たちだって何もわかっちゃいないけど、心配はしてる。何か知ってるなら教えてくれないか」
「えーとぉ…うーん…」
「大体、なんでこんなタイミングで統括長がうちに来るんだ?とーさんは警備隊で信頼されてはいるけど、たかが伍長のケガごときで統括長みずから出張るなんてありえないだろ」
「イ、イザーク。アロイス先…さんはレティのお父さんだもん。休暇で村へ一緒に来てるんだから当然じゃん?」
「ぷすす、ルカってば誤魔化すの下手だねー。どういう手段か知らないけど、トイレで何かぶつぶつ言ってるのくらい聞こえるよ?内容は聞こえなかったけどさ、クレアとレティに連絡取ったんじゃないの?」
「あう…」
ルッツとイザークは、怒ってるわけじゃない。まだ友達になって日が浅いけど、俺たちに隠し事すんなよって思ってるのがわかる。僕が話すのを、待ってる…
ふっとクレアが「思考深度」を変えた気配がした。これ、きっと思考増殖させて何かを自分と相談したな、どうするんだろう。
「…ルカ、レティ。他ならぬイザーク兄さんのお父様のことです。アデリナお母様へご心配をかけないためにも、二人には話した方がいいかと。私からご説明してもよろしいですか」
あっちゃー!クレア、素が丸出しぃぃ!
いや、たぶん猫の庭でアロイス先生にも相談して…ある程度決定権を貰ってると思っていいな、これ。僕が頷くと、急に雰囲気の変わったクレアを見てポカンとするイザークとルッツを促し、僕らは森の端っこで輪になって座った。




