女の子チームの研鑽 sideレティシア
ルカからの通信は、一か月に一回か二回という頻度だった。その度中途半端に長くなった髪をうるさそうに避ける。一度コンラートさんが「切ってやろうか?」と親切そうにサバイバルナイフとカランビットナイフを両手に持ったのを見て、本気で逃げたそうだ。
面倒だからそのまま伸ばすよなんて言うルカに、ニーナとノーラはカチューシャのようなコームとか、髪ゴムを用意した。使えるようなら使ってと言ってパパへ預けておいたらしく、次の通信の時には前髪をがばっと見えないコームで上げて、おでこ丸出しのルカがいた。
ルカに「これ便利だよー、前髪がうざったかったんだ」とニコニコして言われ、ニーナとノーラは満面の笑顔になった。
そろそろ四か月経つかなと言う頃、ルカは「じゃーん、見てよ、服も着てるよ!」と言って全身をフォグ・ディスプレイに映して見せた。全員で歓声を上げると、ルカは「ふふーん」と満足そうな顔になった。
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ニーナとノーラは毎日忙しくしている。ヴェノムとキュアの制御訓練に毒物と血清の研究。それにルカからヒントをもらった「毒物や血清の魔法を他人に譲渡できるか」という可能性を求めて、日々研鑽していた。
あまりに真剣に研究しているのを見て、パウラお姉ちゃんがつきっきりになるほどだった。そしてフィーネ先生と一緒に二人がどうやって研究しているのかを理解した途端「本物の毒物だけって限定しなくていいんじゃない?要するに敵を阻害する効果を『毒』と認識すれば、きっとノーラは生成できるはず。そしてその効果を解除するんだって思えば、ニーナも『血清』として生成できるはずよ。本物に倣うことはないわ、魔法なんだもの」と言った。
それを聞いたニーナとノーラは、目から鱗が落ちたと言った風情でぼこぼこと新しい「毒」と「血清」を作り出していった。
雷に打たれたように体を痺れさせて動きを阻害する「スタン」、心理魔法の魅了とほぼ同じ効果で相手をポーッとさせてしまう「チャーム」、パパの氷魔法を見て思いついた「ロック」は足を硬直させ、移動不可能にする。
もちろんまともにヴェノムの研究から思いついた「真菌」というのもある。真菌にもいろいろあるので、その時々で必要な「敵への阻害効果」を組み込めるという汎用性抜群の魔法だった。さすがにその魔法を成功させてしまった後、青い顔でカミルさんは「マジで制御に気を付けろ。成人するまでは俺たちの許可なくぶっ放すなよ…」と二人に厳重注意した。
そして二人は、いくつかの制御しやすい魔法だけを「毒核」「清核」として、光る小石状に生成することができるようになった。これはユニーク魔法と土属性の魔法を混ぜた、ユニークミックスとも言える特殊すぎる魔法だった。
「…君たちはユニークの中でも突出しているね、ほぼ魔石ではないか…」
「フィーネさん、こんな能力を記録に残してもいいのかな…」
「う、うむ。母上に言って厳重保管せねばなるまい」
得意げに二つのコアを見せた二人を呆然と見つめ、パウラお姉ちゃんとフィーネ先生は顔面蒼白になっていた。
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ある日の夕方、薄暗くなりかけていたパティオの影でボソボソと誰かが話している声が聞こえた。声の主が二人以上なら何かの内緒話かと思って遠慮するところだけど、どう聞いてもアオイ一人しかいなさそうだったのでヒョイッと覗き込んでみた。
「ひ!」と息を吸い込みながら悲鳴を上げちゃったわ…心臓に悪いからほんとにやめてちょうだいアオイ。
彼女は五匹ほどの、ブナの森に棲んでいる猫の子へ向かって独り言のように語りかけていた。そして私が覗き込んだ瞬間に気配を感じ、仔猫たちがギラリと光る目でこちらを見たの…
アオイは「ちゃんと聞いて~?もしアオイのお願いを叶える仲間になってくれるなら、おいしいお魚をご用意しますー」と仔猫へ言った。すると五匹は可愛らしい声で「ぐるにゃ!」と鳴いて、頷いた。
「ア、アオイ…こんな薄暗いところで何やってるのお…」
「あ、レティ。ちょっと待ってね、いま『こよーけいやく』してるとこなの。―じゃあみんな、お願いね!あ、でもお母さん猫にちゃんと言っておくんだよ?黙ってお出かけしたらお母さんが心配するから~」
「ぐるにゃー」
「…こ、雇用契約…」
「んふふー、ヨアキムに相談したら『そう言えばだいぶ前に野良猫みたいな子たちとこよーけいやくを交わしたんですよー』って教えてもらったの」
「あ、もしかしてルカが言ってた使役のこと…?」
「そーでっす!ちゃんとギャラが発生するなら、奴隷みたいなことにはならないですよってヨアキム言ってたからー」
「あら…じゃあ何か頼む時にはお魚を持ってないとダメじゃない?」
「んーん、そこはお友達だしアオイが好きだから、先払いでも後払いでもいいって!みんな優しいのー」
「そ、そう…すごいわねアオイ」
「にへへ~」
アオイはパパに仔猫たちのギャラとしてお魚を用意してもらう約束を取り付けていたみたい。かわりに草原の片隅に畑を作り、そこで無農薬のハーブやお野菜、果実を育てていた。益虫と害虫の勉強をしたアオイが「悪い子は来ないで!」と畑に向かってプンスカ怒ると、害虫はどざーっと畑からいなくなる。
もちろん柵なんて作らなくても、畑を掘り起こして作物を食べてしまうような動物も近寄らなかった。そしてアオイが育てるものは尋常ではない速度で育つ。
だから最近は新鮮でおいしい野菜や果物がたくさん食卓に並ぶようになった。パパもナディヤママも「仔猫用の魚代以上の、最高品質の野菜なんだけど…」と逆に申し訳なさそうだった。
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私はと言えば、毎週のようにセリナさんの所へ行って剣舞のお稽古をしていた。かなり体の柔軟性も上がり、部屋でべったりと開脚して体操をしているとパパが「うわ!」と驚く。たぶん二百度開脚になっていたからだと思うけど、横開脚は良くてもまだ縦開脚がべったり付かないのよね。
セリナさんはもう全身柔らかすぎて、この人の関節はどうなってるのって感じ。いつか私もそこまでになってみせます!と意気込むと「私はレティの年齢でここまでできなかったわよー!」と褒められた。
セリナさんはとにかく私を褒めて伸ばそうとしてくれる。ラザーンさんもシンバさんも同じで、思わず「甘やかさないでください~…」と言ってしまうほど。三人は自分の持てるもの全てを私に教えようとしてくれていて、最近私はドシュプルールも弾けるようになってきたの。
まあ本分はセリナさんの剣舞だし、今は自分の作ったシミターをマナで操作しながらセリナさんのように扱う練習中。剣舞は五十番まであるんだけど、いま私は二十一番までマスターできているとセリナさんのお墨付きをもらった。早く五十番まで全てを自分のものにしたい。
職人街にある鍛冶屋Sword of Soulの親方やお弟子さんたちも私に甘い気がするの。ユリウスによると「あの声が怖くて小さな女の子は泣いちゃうんだよ。だけどレティは目を輝かせて親方にいろいろ聞くでしょう。メロメロなんだよ、許してあげてー」ということだった。
親方のどこが怖いのか全然わからないわ。バルお爺ちゃんと変わらないくらいの胴間声だし、厳しい態度は職人さんなら当然なのに。慣れてきたら「レティに聞かれちゃ教えねえワケにはいかねえな!」なんて言いながら頭を撫でてくれるのよ。お顔はしかめっ面のままだけど。
おかげで鋼のことは図書館では絶対にわからないことをたくさん教えてもらった。刃物に必要なのは靱性、耐摩耗性、硬度、耐侵食性なのだと言う。その内硬度を求めるならカーボン含有率を高め、玉鋼が作れたら最高だと言う。だけど玉鋼は大規模なたたら場が必要だし、その技術を持っているのは遥か東の島国なのだそうだ。この大陸には少ししか輸入されてこないんだって。
なので親方も日々研鑽し、いまSword of Soulで主に使われているのはダマスカス鋼や独自に開発したハイカーボン鋼。他へ製法を流出させない約束で配合も教えてもらったの。カーボン、クローム、モリブデン、バナジウム…それらを用いて親方秘伝の配合と製法で作られたこの店の刀は、この大陸だけなら髄一の切れ味や耐性を誇る。
ちなみに私が土特化の魔法特性だと聞いている親方は「魔法で作るなら、例え一撃で壊れたとしてもいくらでも作れるだろ?長く使えるお宝刀剣やお宝包丁を作るのは俺の仕事だ。レティは必殺の、夢の刃物を作れ。たとえすぐ壊れるとしても、最高の切れ味を追求するんだ」と言ってくれた。
だから私が追及するのは靱性と硬度。そして究極まで研磨された切れ味の刃物。親方によるとカーボンがキモだと言うから、いつかダイヤに近い硬度のものが出来たら最高だと思ってる。今はまだ親方のハイカーボン鋼しか生成できないけど。
うすーく、鋭く、切られたことに数秒気付かないくらいの刃物がいつか作れるといいなと思ってがんばってる。
一度だけ強度を度外視した薄い刃物を作ったら、まるで紙みたいだった。それをひゅっと横なぎにしたら草原の草がスッパリ斬れたけど、一瞬でパキャン!と割れてしまって。だから今は三回くらいなら攻撃に耐える薄さのものを作るようにしてるわ。
あとは錬成速度が上がればいくらでも追加できるものね。
ニーナやノーラ、アオイに比べたら見劣りする能力のような気がしないでもないけど…でも、絶対落ち込んだりしないわ。私たちはチームで最強になってみせるんだから。




