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Precious Orb - 宝珠の庭 -  作者: 赤月はる
自分を知りたい子供たち
33/103

地下室 sideルカ

 





少しだけ泣いた後、僕はうとうとしていた。そうしたら開いたままの部屋のドアをコンコンとノックする音が聞こえたので、驚いてビクッとして起き上がった。振り向くと、ママが泣きながら僕だけを見るようにして、ジリジリと歩いてくる。


「―ママ!何やってるの!?」


「…ルカ…」


「む、無理しちゃダメだよ!怖いんでしょ、服も消えちゃってるんでしょ」


「ルカ…!」


とうとうママは僕のところに辿りつき、ぎゅうっと抱き締めた。手さぐりでベッドに乗り、僕のことを絶対離さないとばかりに、強く抱きつく。


「ママ?」


「イヤよ…ルカ一人だけ閉じ込めるだなんて。私も一緒に入るわ。大丈夫よ、モノクルをもう一つ作ってもらえれば、光の床はきっと見えるんでしょう?慣れればどうってことないわ、ルカを一人になんて絶対しない…!」


「…ママ…」


ふっと視線を上げると、父ちゃんが苦りきった顔でママと僕を見ていた。


「ナディヤ、だめだ」


「イヤよ!どうしてルカが一人ぼっちで乗り越えなくてはいけないの?そんな必要ないわ、制御訓練の邪魔になるようなことはしないし、ただ一緒の部屋で生活するだけだもの」


「ちょっとママ、落ち着いてよ。僕なら大丈夫だよ、ちゃんと通信もする。それよりママを裸にさせちゃったり、猫の庭のみんなに迷惑かけるかもって思う方が辛いよ…」


ママは泣いて「そんなのダメ…」と言った。

父ちゃんはハァ、とため息をついて「ルカはどうしたいよ」と聞いてきた。


正直言って、そりゃ一人で隔離された生活なんてイヤだ。普段の僕なら冗談じゃないって思う。でも、こうなった以上は逆に一人にしてほしい。

…ママが心配してくれる気持ちは、本当に嬉しい。涙が出そうなほど嬉しいし、赤ちゃんみたいに泣いてママに甘えたいくらいには心が軋んでる。


でも、なんとなく思うんだ。

僕はこれを自分一人の力で制御に成功しなくちゃいけない。どうしてだかわからないけど、誰かに甘えていたら、この能力を真の意味で制御することなんてできない気がするんだ。


「僕、一人で地下室に行きたい」


「ルカ!」


「ママ、ごめんね。あの、心配してくれてありがとう。でも、一人に…なりたい」


「あ…」


ママは僕が「一人になりたい」と言ったことにかなりショックを受けたみたいだった。そうだよね、「ほっといてくれ」って言っちゃったようなものだ。でも他にどう言えばいいのか…


「ナディヤ、よく聞け。これは俺の経験上の話だからルカに当てはまるかわからねえが、レア・ユニークっつうのは誰かに心理的に支えられてちゃ制御なんてできねえんだよ。もしお前がそばにいることを心の支えにしてルカが制御することを覚えちまってみろ。今後お前が常時そばにいねえと、制御が効かなくなるぜ?」


「…そんな…」


「どんなにルカが辛い気持ちになろうとも、側に誰かいて支えちゃいけねえんだ。だがよルカ、お前はちゃんと自分が一人じゃないってわかるだろ?ここのやつら全員がお前のことを心配してる。そんで直接お前の側で手助けしてやれねえことに歯がゆい想いもするだろう。だから、マジな孤独じゃねえぞ」


「ん、わかってるつもりだよ。ママ、父ちゃんの言うこと、僕もわかるんだ。今の話を聞く前に、父ちゃんが言った通りのことを僕も感じてた。ママの気持ち、ほんとに嬉しいんだ。恥ずかしいけどほんとはママに甘えたいなって思っちゃってる部分もあるんだけどさ。でもいま、このベッドまで来てくれただけで十分だよ。すごく怖いはずなのに、来てくれて、ありがと」


「…ルカ…」


ママはくしゃくしゃの泣き顔で「ふ…うう…」と声を抑えきれずに泣いてる。父ちゃんがスタスタと歩いてきて僕に頷き、ママへ「ほれ、戻るぞ」と言った。


ママは「あ…あう、ルカあ…」と言いながら、父ちゃんに半ば強引に抱きかかえられて僕から離れていく。父ちゃんが「悪ぃな、ルカ」と振り向いたので、僕は「だいじょぶ」と頷いた。消えたままのドアを手さぐりでパタンと閉められて、僕は震えるようにため息をついた。



キツい。



ママのあの泣き方は、キツい。

もの凄く心配して、僕のためにここまで来てくれたママに感動もした。

だけど、キツい。

ママを泣かせてるのが僕の能力のせいなんだと思うと、どこにもぶつけられないこの感情を持て余してしまう。

あんな、泣き方を、されたら…!


こんなの責任転嫁の八つ当たりだってわかってるのに、「なんで僕をこんな気持ちにさせるような泣き方をするんだよ」ってママに言ってしまいそうになる。


僕は誰かに甘えてたらこの能力を制御できないっていうのに、「私がいるわ」とばかりに抱き締めて、楽な方へ誘わないでよ。それを振り切るのに、こんなに気力を振り絞らなくちゃいけないんだよ、わかってよ!



あああああ、僕、いま、酷いこと考えた。

こんなことママは知らなかったんだ、仕方ないじゃん。

ただ僕が心配だっただけなのに、僕は何でこんな酷いことを考えちゃうんだ。


駄目だ、眠れ。眠っちゃえ。何も見るな、何も聞くな。


地下室へ入るまで、眠っちゃえ。






*****





「―ルカ、起きろ」


揺さぶられて、目を覚ました。目の前には父ちゃんがいて、僕はぼんやりしたまま見つめた。そしてさっきのことを思い出して胃がぎゅううっと痛み、ちょっと歯を食いしばって耐えた。


素知らぬふりして起き上がろうとしたけど、僕は胎児のように丸まって、手を強く握ったまま耳を塞ぐような格好で寝ていたらしい。どこもかしこも筋肉が凝り固まっていて、指を開くのにも努力が必要なほど力んだままだった。妙な寝方しちゃったな。


「…指、開かねえんか。手ェ貸せ」


「ありがと」


「いんや。俺にも覚えがあるからな。何も聞きたくなかったんだろ」


「よくわかるね」


「経験者だって言ったろ。爪はちゃんと切っておけよ、伸びてる状態でやると、手の平に食いこんで血ぃ出るからな。あんまり頻繁だと、今度は爪が耐えられなくて割れるぜ?」


「うへ…わかった」


父ちゃんは僕の手を揉んで血行を良くし、なんとか動けるようにしてくれた。のそりと起き上がると、もう午後二時くらいになっていた。


「ママは?」


「治癒院だ。興奮して手が付けられなくてな、眠らせた」


「―そっか」


僕の心は氷にでもなっちゃったのかな?ママが治癒院へ入らなくちゃいけないほどだと聞いても、大して心が動かない。どうしちゃったのかな、僕。


「ガヴィに地下室、作ってもらったぜ。んでな、俺にゃデカい家具の輪郭くらいはわかっても、細かいモンまで判別つかねえ。この袋に必要なモン入れてくれ。移動用端末とヘッドセットと…勉強道具とかよ」


「わかった」


ぽいぽいと必要そうなものを袋に放り込み、モノクルをかけて準備完了。それと着替えね。いくら見えないからって本当に裸でなんて過ごしたくないし。父ちゃんに準備できたと伝えたら、ベッドから降りろって言われた。


荷運び用の方陣を起動させるとベッドを浮かせ、大きく開いた移動魔法のゲートへ入って行く。「お前もついて来い」と言われて入ると、バカでかい空間だった。


「…何ここ。訓練場みたい…」


「草原の地下五十メートルってとこか。床から天井までは二十メートル。大人が運動しても平気な程度の広さは確保されてる。お前の部屋はこっちだ。ここにベッド置くぞ。隣にでけえテーブルとイス、小さい食糧保管庫を置いた。食事も勉強もそこでしてくれ。んであっちにトイレと風呂な」


「部屋っていうか…仕切りだけなんだね」


「ああ、お前に消されちまうとドアの開閉ができねえ。危ないんでな、悪いが我慢してくれ。家具の類も単純な形の大き目のモンにしねえとわからなくなる」


「あ、なるほどね」


一通りの説明が終わると、父ちゃんは通信をしてからテーブルの方へ行く。すると小さなゲートが開いてアロイス先生が「ルカ、お昼だよー」と言いながらにゅっとお弁当箱を押し込んできた。


たぶん僕が裸に見えてしまうから、気を遣って顔を覗かせたりはしない。


「あとこれ。気が向いたら見てね」


「何この魔石」


「ルカのことを聞いたレティたちとルームで会議したんだ。その時の映像記憶。彼らがどう思って行動しようとしてるか、知りたいでしょ。その内容の中で、ルカが『冗談じゃない、そんなことしてほしくない』って思うこともあるかもしれない。そしたらいくらでも言ってね、ちゃんとした理由なら僕が止めるよ」


「そっか。ありがとうアロイス先生」


「何てことないよ。じゃあね」


魔石とお弁当箱を見て、なんだか呆然とした。来たばかりで、この訓練場の片隅の仕切りの中が自分の生活空間だとは認識できていないって感じ。それにずっと寝てたからか、お腹もすいてないし。


「食えねえか」


「どうだろ。寝てたからお腹すいてないんだ」


「そうか、まあ今すぐ食えとは言わないけどよ。ああ、それとこの地下室には特殊な監視方陣を設置させてもらった。マッパのお前が写るわけじゃねえから、そこは安心しろ。だが一人の時に具合が悪くなったりして倒れても、すぐに気付けねえかもしれないだろ?そういうのの予防策だからよ」


「わかった」


「後は何かあるか?無けりゃ俺は戻るぜ。…一人になりてえだろ?」


そう言われて、ぐっと押し黙った。

父ちゃんはたぶんわかってる。茶化すでもなく、突き放すでもなく、ただ「わかってるから遠慮すんな」と言わんばかりの、似合わない真摯な顔をしていた。

僕がコクンと頷くと、父ちゃんは「何かあったら通信しろや、いつでもいいぜ」と言って猫の庭へ戻って行った。


僕はシーンとした広大な空間でたった一人になり、また呆然とした。

知らなかった、あんまり静かだとキーンって音が聞こえるんだな。

ぽてぽてとベッドの方へ歩いて、ぼすっと突っ伏した。

キーンって音を聞きたくなくって、枕を頭の上にのっけて防御してみた。


さっきまで、切実に一人になりたかった。

でも一人になってみたら、一人になりたくなかったことに気付いた。


そして枕の防御では、キーンっていう音がロクに防げないってことを知った。






  

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