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Precious Orb - 宝珠の庭 -  作者: 赤月はる
自分を知りたい子供たち
32/103

レア・ユニークの裏側 sideレティシア







カシャン!と厨房で音がして、ナディヤママが「そんな!どうして…!」と泣きながら大きな声を出した。私たちはみんな、ナディヤママのあんな大きな声を聞いたこともなければ、あんなに痛そうに泣くのを見たこともない。


全員驚きすぎて朝ごはんを食べることも忘れ、私たちみんなの優しいママを見つめていた。コンラートさんは「落ち着け、部屋で話すぞ」と言って、パパに目くばせをしてから直接ゲートを開いて厨房から出ていった。



アロ「…みんな、驚かせてごめんね。後でちゃんと説明するから、ごはん食べちゃってくれる?」



パパは珍しく、何か重大なことがあったというのを隠すこともできていない顔で私たちを促した。



ウゲツ「…レティ」


レティ「ウゲツ、わかってる。とにかく食べちゃいましょ、説明を聞いてから考えても遅くないわ」


ウゲツ「…うん」


マリー「そうね。二人とも、あまり悩み過ぎないで。みんながいれば、何とかなるわ。…ね?」



私たちはコクンと頷くと、一気に味のしなくなったカツサンドを頬張った。


―ルカ。


今頃、どうしてるんだろう。何があったんだろう。そう思うと、ルカの好物をわざわざ朝食に作ったナディヤママの涙が心に突き刺さった。




*****




アロ「―ルカに、『不可視インビジブル』と思われる能力が顕現したんだ。詳細はまったく不明。レア・ユニークばかりは、パウラでも予測がつかないんだ。ルカが自力で制御できるのを待つしかない」



修練の時間にライノのルームを発動させ、全員が深く理解できるようにしてからパパは話し出した。昨日の時点では手に持った本だけを消し、そうかと思えば手で触った箇所を消しっぱなしにしてボコボコと穴を開け始めたらしいルカ。


でも少し眠ったら能力が解除され、ならばグローブとモノクルさえあれば安心と思っていた矢先―寝起きに、自分の周囲のものをごそっと消していたそうだ。その広さを聞いて、私たちはとても驚いた。いきなりそんな広範囲になんて。



スザク「すっげぇな、ルカ。いきなり範囲広げるとかなー」


クレア「スザク、事はそんなに単純ではないです…制御できなければ、ルカはあの部屋から一歩も出られないってことじゃないですか。アロイス先生、ルカは何を消したんです?床と…ベッド?」


アロ「自分以外、全部だ」


全「 !? 」


アロ「そこで君たちに質問だ。ルカの置かれている状況を、見る勇気はある?これを見ても軽挙妄動を起こさずにいられる自信はある?」


レイノ「アロイス先生、そりゃ俺たちあんまし思慮深くはねえと思うけど…ルカのためにできることがあるなら何でもやりてえよ。それもダメなんか」


アロ「僕たちに相談してくれるなら、そこは判断するよ。でも相談もせずに迂闊に行動しないと約束してほしい。なぜなら、その行動がルカを追い詰める可能性を捨てきれないからだ。それほど、ルカの置かれている状況は厳しい」


レティ「そ、そんなに…?」


アロ「―レティにも、ウゲツにも言ったことは無かったね。コンラートとマリーには許可をもらったから、みんなにも教えます。現在白縹にいるレア・ユニがあの二人だけだというのはみんな知ってるね?」



全員、コクンと頷いた。



アロ「僕はコンラートが透明化を顕現させた時、同期だったからどういうことが起こったかは全部見ていた。まあ、傍観していただけだったけど。あの強い彼が、めちゃくちゃに、毎日のように人知れず泣いていたんだよ。制御できずに体の一部がボコッと消えては周囲で悲鳴が上がっていた。必死になって制御できるようになってからは、透明化してそのへんで悪さでもしているんじゃないのか?女性の着替えでも覗いているんじゃないのか?―そんな風にあらぬ疑いを散々かけられ、それでも彼は一人でそれを乗り越えた。だから、彼は強い」



―ひど…い…ああ、でも周囲にそういう人がいきなり出現したら、そんな反応をしても、仕方ない…のかも、しれない。でも、でも…!



アロ「マリーはもっと酷かった。体の一部がいきなり出現したので、驚いてオバケが出たと周囲へ訴えた。しかし気を引くための嘘なんじゃないかと言われ、怖いのを我慢したあげくに自分自身の生首に付き纏われるようになった。ノイローゼになり、彼女には二十四時間監視が付くほど正気を失くしかけた。そして完全な自分が出現した時、彼女はパニックを起こして入水自殺を図った。だけど奇跡的に助かり、それからなんとか立ち直った。今ではあの通り、強い人になった」



ママ…あの強いママが、自殺未遂!?

私たちはあまりのショックに、あまりの酷い話に、手が震えて涙が出ていた。

そんなに?そんなに恐ろしい目にあって、どうして立ち直れたの?


そこまで考えて、ルカの置かれている状況の危うさにようやく思い至った。

ルカが死にたいって思ってたら…どうしよう…!



アロ「アテンションッ!しっかりしろ、みんな。これは過去の話だよ、引きずられるな。いまコンラートもマリーも、そんなに弱く見えるか?あの二人が強いのは全員がよく知ってるじゃないか。気持ちはわかるけど、どうして僕がこの話をしたのか考えてほしい。この程度の過去の話で取り乱す人間に、ルカのことは教えられないんだよ」


全「 …! 」


アロ「―キツいことを言ってごめんね。正直言えば五歳から八歳という君たちにこれを理解して、言動に注意しろなんて無理な注文だというのはよくわかってる。でもこのルームで話せる限り、僕の言いたいことが分かってもらえるんじゃないかと思って―君たちの絆を利用して、大人の都合を押し付けようというズルい考えで僕はここにいる。でも卑怯だと言われてもかまわないから、僕はルカを守る」



パパの、濃い水色の目が光っている。家にいる時の優しくて蕩けたパパでも、「アロイス先生」でもない。人の命を預かる仕事をして、人の命を奪う仕事をしている、覚悟を持っている人の目だ。


その真剣な瞳を見て、私は震えた。


怖い。


パパが怖いんじゃない。


あの優しいパパがここまでしなければならないルカの現状が、怖い。


恐ろしさで機能停止してしまった私たちの中で、見事に息を吹き返したのは…やはりクレアだった。



クレア「―私が見ます。アロイス先生、私だけが先に見てもいいですか。私は思考増殖のユニークです。私自身がどんなに動揺したりパニックになっても、『違う自分』の中には必ず冷静に思考できる者が出る筈です。だから…私なら、軽挙妄動は起こしません。ルカと一緒に恐ろしい想いを共有したとしても、狂いません。そして私自身がどの程度ショックを受けたか、それを見れば他の子がどういう反応を示しそうかという指標にならないでしょうか。私はその実験体になれます」


レティ「ク…クレア…!」


クレア「レティ、そんな顔しないでください。別に自己犠牲とか英雄的行動などと思ってるわけではありません。様々な可能性を考慮した結果、それがベターなんです。ここにいる全員がルカのことを助けたい。それには適材適所、冷静に…いえ、冷酷なほどの判断力が必要なんです。ここでルカが大切だからと無理矢理勇気を振り絞って全員が見ても、ルカと一緒になって気持ちにトラウマを抱える子が出るならそれは下策なんです。それでは、その子の能力が必要になった時に動けなくなる。そんなことは絶対避けなければ。私たちは絶対に、全員がルカを救う力になるべきなんです」


ライノ「…くそ、クレアの言うこと、わかる。悔しいけど、わかる。ちっくしょ…」


ノーラ「でも…一緒に苦しい気持ちを共有するのはいけない…?ルカ兄は私とニーナがユニーク能力に気付いた時、一緒にヨアキムの溶けた腕、見てくれた。一人じゃないって、思えるのは…力にならない…?」


ニーナ「そ、そうだよお…ルカ兄はいつだって、そうやって優しいのに…一人になんてさせたくないよお」



二人は泣いて「弱い」と思われないよう、必死に涙をこらえながら話した。ノーラなんて普段はしゃべるのが得意ではない子なのに、ルカのために、必死に。


するとレビは急につらつらと推論を話し始めて、その唐突さにみんな聞き入ってしまった。



レビ「全部…自分以外は全部、消した。アロイス先生はさっきルカ兄ちゃんが消した範囲のことを『直径五メートルほどの円状』って言った。でも食事の前にレティ姉ちゃんのおうちを七階へ、教室は隣室へ移動させろとハウスキーパー隊に指示しているのを俺、見た。でもレティ姉ちゃんもウゲツもルカ兄ちゃんが周囲を消したとは気付いてもいない。ということは、上方向へ能力範囲が拡大する懸念があった。そして三階も下の教室に被害が及んだか、及びそうな状況ってことだ…アロイス先生、能力範囲の広さはわかったよ。じゃあ深度・・はどれくらいなの?」


アロ「―参ったな、レビ。仰る通りだ、上方向にはまだ拡大していない。けど…下方向へ、三階層ぶち抜きだったんだよ」


ウゲツ「五階から二階まで!?」


アオイ「でも、でも、ルカには見えてないんだよね?だから怖くはないよね?」


アロ「そうだろうね」


アオイ「よ、よかった…」


レビ「…違う」


アオイ「え?」


レビ「ルカ兄ちゃんは見えてないから怖くない。でもコンラートさんとナディヤママには三階層ぶち抜きの大穴の上で、空中に浮いてるルカ兄ちゃんが見えてたんだ。だからあんなにナディヤママは泣いてる。ルカ兄ちゃんはそういう怖い思いを他人にさせてしまうことになるんだ。そんなの優しいルカ兄ちゃんが気にしないわけがない。あ…ああああ、そうだ…まだ問題がある…っ」


アロ「…レビ、待って。それを言うのは、待って」


レビ「―ごめんなさい、アロイス先生…わかった。これ以上は言わないけど。でもみんな聞いて?クレア姉ちゃんにばっかり辛い想いをさせちゃうのは俺もほんとはイヤだよ。でも例えば、俺たちが映像を直接見たりしてすごくショックを受けて使い物にならなくなる可能性はあるかもしれない。だけど、ただ話を聞くだけなら、それは回避できるかもしれない。俺は今、たぶん推論だけでほぼ現状を把握してる。でも俺はこの通り元気だよ、ルカ兄ちゃんに比べたら、めちゃくちゃ元気だ。だったら、クレア姉ちゃんの言う通りにしない?末っ子の俺がこんな風にしていられるなら、きっと何かの力になれるよ…」



レビは我慢できずに涙を零した。それはきっと、私たちではまだ気付けない何かに気付いたから。


私はそれを見て、なぜかママの言葉を思い出していた。


『自分の弱さを知った人の方がたくさん強くなれるのよ、知ってたぁ?』


…ああ、そうだ。

レビは映像を見てショックを受けるであろう自分の弱さを受け入れたんだ。その上で、そんなことにならないためにはどうすればいいか考えたんだ。一番、年下の子なのに。



レティ「―クレア。私からもお願いします。あなたに見てきてほしい。弱くてごめんなさい、本当に、ごめんなさい。でもあなたに頼るしかないわ、私たちはルカと一緒に気持ちを落ち込ませて時間をロスするなんて許されない。一刻も早く、少しでも、ルカを助けたいの」



クレアは目を丸くして私を見つめた。そしてとっても可愛らしい笑顔になって「任せて、レティ」と言った。

レビにも「情けないお姉ちゃんでごめんね、レビ…」と言うと、レビは泣いたまま「えへへ、レティ姉ちゃんは情けなくなんてないよ」と笑った。



スザク「…あー、もう!悔しいけど、わかった!テキザイテキショだ、わかった!ナンバーワンおばかの俺がわかったんだから、みんなもわかったよな?俺たちは未熟モンなんだ、ケンキョにいこうぜ!」


アオイ「…ナンバーワンおばかはアオイだよぅ…スザクはかっこいいよ。お兄ちゃんたちもお姉ちゃんたちも、かっこいいよ。アオイも我慢する。だから、アオイができることあったら、教えてね?」


ウゲツ「…僕も。わかんないから、教えてほしいな…」


ライノ「お前ら何言ってんだ。当たり前だろ、何のためのカウンシルとシンパシーだと思ってんだ。おばかの俺らでも、みんないりゃなんとでもなる。ルカだってンな弱いやつじゃねえよ。あのコンの息子で、俺らの兄貴なんだぞ。こんなことで負けるかよ」


レイノ「だな。全員で考えりゃなんとかなる。クレアも無理はすんなよ、お前が耐えられないなんてことになったら、俺ら総崩れだ。キツくなったら全員で共有、だぞ。これは約束な?」


クレア「ふふ、わかりました。約束します」



なんとかみんな落ち着いた時、パパはルームの端っこで満足そうに笑ってた。



アロ「お見事。想定以上の結果だよ。君たちは、僕らの自慢の子供たちだ」



パパは、いつものパパに戻ってた。






  

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