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Precious Orb - 宝珠の庭 -  作者: 赤月はる
自分を知りたい子供たち
31/103

さいあく sideルカ

  




晩ごはんを食べて部屋へ戻ると、ママは心配そうに僕の瞳を覗き込んだ。



「ルカ、少しでも体調がおかしいなって思ったらすぐに言ってね?ううん、体だけじゃなくって、心が痛くなっても、ちゃんと教えてね?」


「うん、ありがとママ。父ちゃんもありがとね、グローブあるから安心して眠れるよ」


「次の心配はグローブのし過ぎで手が蒸れるってトコかもなー、清潔にしろよ?」


「うあ、それもそうだ…わかったよ、オヤスミー」



モノクルを外してサイドテーブルにそっと置き、自分のベッドでごろんと横になった。…えらいことになっちゃったなー。ほんとに僕って中途半端な感じじゃない?占術系ユニークって言われてて、そっちの能力がいつ出るんだって思いながら毎日過ごしてたのにさ。急にレア・ユニークっぽい能力が出ちゃって意味わかんないよ…


まあ、みんながそばにいる。僕が少しくらいパニックになっても、あっという間に対応策を二つも考えてくれた仲間と家族がいるんだ。何も怖いことなんてないね。


そう思うと急に眠気が襲ってきて、昼寝もしたっていうのに僕は翌朝までグースカ寝た。でもその眠りを最後に、僕はしばらく良質の睡眠とは縁のない生活をすることになった。





*****




翌朝、ママの悲鳴で目を覚ました。

僕がビックリして飛び起きると、ドアを開けて真っ青な顔をしたママがへたり込んでいた。僕は目をこすりながらベッドから降りてママの方へ歩いていった。



「ママ?大丈夫?」


「あ…ルカ、ごめんなさいね大きな声を出しちゃって。でも、その、ちょっと待って、あ、あ、きゃ…」


「ルカ、止まれ!」


「ふえ!?」


「悪ィなルカ、ちょっとベッドの方まで戻ってくんねえか。ナディヤ、大丈夫だ。下を見るな、俺だけ見て歩いて来い。大丈夫だ」


「…え、ええ」



僕は父ちゃんの声にミッション時の緊張感を感じ取って、何も言わずにベッドへ素早く戻っていた。ママは膝が笑っちゃってるみたいにカクカクと歩いていて、手で一生懸命胸のあたりや足の付け根あたりを押さえていた。でも父ちゃんをじーっと見つめて一歩一歩近づいていく。

そして父ちゃんのとこまで辿りつくと、腰が抜けたみたいにへたり込んだ。



「ルカ、悪いがちっと対策考えてくっからよ。そのベッドからこっちへ不用意に歩いてこねえ方がいい。朝メシも持ってきてやっから、待っててくれっか」


「…わかった。僕が何か消しちゃってたんだね。ママ、大丈夫?ごめんね…」


「ううん…ルカ、私こそごめんなさいね。突然で驚いちゃっただけなの。許してくれるかしら…」


「ママってば何言ってるんだよー、僕のせいなんだから僕が謝る方なのに。気にしないで」



ママは父ちゃんに抱き抱えられて寝室へ行った。


ふう…さて、まずはモノクルで状況確認からにしますか。片側だけの眼鏡だから、少しバランス取るのが難しいけど。レンズに触らないようにして何とか装着し、イヤーカフを付けようと思ってレンズの前から手をどかした。そしてその光景に息を飲んだ。


―あたり一面、青い光の洪水だった。


マナ・グラスで自然に流れるマナの波はたくさん見たことがある。でもこれは、この光量は何だ!?

右目に映る僕の部屋は、いつもの何の変哲もない場所のままだった。

なのに左目に映るのは、絨毯もチェストも何もかも、壁も机も何もかも、まばゆいほど青い光を放っていた。


範囲を見ると、僕を中心に円状になってる気がする。だけどさっき僕が動いた分だけ円が移動したみたいで、部屋の出入り口のドアも光っていた。


―ということは、僕ってもしかして床を消してる?あ、そうか…床を消しながらママに近づいたから、ママは下の部屋が見えて怖かったんだ!うわあ…これは父ちゃんが止まれって言うわけだ。ママだってあんな風に足をガクガクさせるわけだよー。ほんとに悪いことしちゃったな…


がっくり項垂れたら、僕のパジャマも青く光っていることに気付いた。光ってないのは自分の手だけ。ということは。



「うーわー…僕、もしかしてマッパなのか。しかもベッドも発光してるから、もしかして裸で空中に浮いてるように見えるの?…あ、あー!」



ようやく、さっきのママの姿勢の意味が分かった。


僕が近づいたから、どんどん自分の足元の床が透明になって空中に浮いてる状態になる。さらに範囲にすっかり入っちゃったママも、服が消えちゃったのかもしれない…!

ど、どうしよう。ママに酷い事しちゃった…どうしよう…




*****




僕が自分に「落ち着け、落ち着け」って言い聞かせて、青い光を見ながら「消えろ!じゃなくって、出て来い!光は消えろよー、もう床も服も消すなってば!」と集中とは程遠いパニック状態で制御しようと足掻いた。まあ、そんなことしてても制御できるワケないんだけどさ。その時は必死だったんだよ。


ブツブツ言ってたら、父ちゃんがトレイに朝食を乗っけてスタスタと僕のベッドへ歩いてきた。僕はポカーンと父ちゃんを見つめ、かなりスムーズにベッドヘ腰かけてトレイごとサンドイッチを渡して来ることに驚いた。



「ほれ、食え」


「う、うん…父ちゃん、何でこっちに来れたの…」


「んあ?あー、モノクルで状況が何となくわかったか。俺ァいまアルに接続してマナの光を見られるようにしてんだよ。光の床だのベッドがあるのは、形だけならわかる」


「あ、そうなんだ…でも父ちゃんの服だって消えちゃってるんじゃないの?」


「まあな。だが息子相手にマッパで対面してて、恥ずかしいことなんぞあっかよ」


「そっか…ごめんね、ありがと」


「気にすんな。それよか早く食え。腹減っただろ、ナディヤ特製の卵サンドとカツサンドだぜ?朝からゴージャスだな」



…ママ、気にしてるんだろうな。僕はモグモグとサンドイッチを食べながら、このカツサンドが昨日の残り物とかじゃなくって、揚げたてだとわかった。熱々で、衣がサクサクしてて、ソースとカラシたっぷりで、お肉がジューシーで。


あ、そういえば昨日のアルも様子が変だった。アルって嘘つくのヘタッピなんだよなあ。もしかしたら僕がこんな能力を出し始めたって聞いて、わざわざ温泉黒豚を買ってきたのかもしれない。僕の一番の好物だから。


僕は味わって食べなきゃもったいないなって思いながら、全部のサンドイッチを平らげた。珍しく僕が食べ終わるまでじっと待っていた父ちゃんに、ママのフォローをお願いしようと思って口を開いた。



「ねえ父ちゃん、ママへ本当に気にしないでって言ってね。きっとさっき、僕が服も床も消しちゃったんでしょ?そりゃへたり込むよ…」


「ああ、ちゃんと言っとく。んでな、ルカ。お前に渡すモンがあんだよ。手ェ出せ」


「はーい」



僕は両手を受け皿のようにして差し出すと、父ちゃんは少し手さぐりしながらシザーバッグをゴソゴソ探した。―あ、父ちゃんには見えてないから手さぐりなのか。


で、手渡してきたのは通信用ヘッドセットとヘルゲ先生やアルたちが持ってる移動用端末だった。



「お前が移動すっと、今の所床だの服だのが消えちまうだろ?落ち着くまで通信教育がいいって話になってよ。ちっとの間我慢してくれっか」


「あ、なるほどね。わかった」


「それと…お前がどういう風に周囲を消しているか、見る勇気はあるか」


「…うん。ちゃんと知っておきたい」


「わかった。さっきのナディヤの様子だ」



父ちゃんの視点の、さっきの映像記憶だった。まだ服を着ているママが僕の部屋のドアを開けて「きゃああ!」と叫ぶ。慌てて父ちゃんが「何だァ?」と駆け寄ると、裸の僕が目をこすりながら空中をてくてく歩いていた。


その、穴の深さが尋常じゃなかった。


僕たちの家はB-501。三階と四階は空き部屋で、二階はいつも僕らが勉強する教室だ。その教室まで、逆さまな円錐形の氷が解けたみたいにぐにゃぐにゃした断面で穴が開いていた。


そして、その穴が僕の進む速度に合わせてずるずると拡がって、とうとうママを飲み込んだ。ママはあっというまに全裸になってしまい、「あ、あ、きゃ…」と狼狽えている。そこで父ちゃんが止まれと叫び、ママへ呼びかけ、ママは胸と足の付け根を隠しながら父ちゃんを見つめて歩き出した。


その、顔。

ママの、必死な、顔。

僕へは「ごめんなさいね」と笑っていたのに、父ちゃんの方へ歩いて行くために僕へ背を向けた瞬間、恐怖で真っ青になっていた。そして涙を浮かべながら、口をわなわなさせて、父ちゃんの腕の中へたどり着き、へたりこんだ。


―ママ…ごめん、ごめんなさい…



「ルカ、ナディヤは気にしてる。何を気にしてるかっつーと、自分の態度がお前を傷つけてるんじゃねえかってトコを、気にしてる。だからきっと、俺がこの映像記憶をお前に見せたと知ったら、激怒すんだろうな」


「―でもそれは、僕が見せてって言ったから…」


「それでも、だ。ナディヤは母親として、絶対お前に余計な辛い思いをさせたくねぇと、必死に笑顔でお前に接した。それを俺は全部お前にバラした。何でかわかるか」



僕がゆっくり首を振ると、父ちゃんは僕の瞳を真っ直ぐ見据えて、言った。



「お前が自分の能力の恐ろしい所もイヤな所も、全て飲み込む必要があっからだ。これからもお前の能力が起こした現象を、お前自身が見られないなら俺が見せる。お前がもうやめてくれと言っても、見せるぜ」


「…わかった」


「それとな、さっき下の部屋から穴を見上げたら、お前のケツが丸見えだったわ。だから教室はB-201から202へ移した。それと念のためアロイスたちはB-601から701へ引っ越してもらった。今のところ天井は消してねえが、いつ上方向へ範囲が広がるかわかんねえからな」


「…そうだね、レティたちの服まで消しちゃったら、どう謝ればいいのかわかんないや。ありがと、父ちゃん」


「礼とか言うのはまだ早ぇぞルカ。俺はお前に『鬼かよクソコン』って言われることを今から言うんだからなァ」


「…なに?」


「もしこれ以上範囲が広がるようだと、猫の庭の住人の生活に支障が出る。その場合、ガヴィに頼んで草原にでっけえ地下室を作ってもらうつもりだ。出入り口なんぞどこにもねえ、ハコだ。そこにお前を閉じ込めて、制御ができるまでそこで生活してもらう。俺だけが移動魔法でお前ンとこに行って、食事も何も必要なものは届けてやる。要するに隔離だ」


「…はは、鬼かよ、クソコン」


「は!その調子だぜルカ」


「クソコン、ガヴィさんに言ってすぐに地下室作ってもらってよ。明日の朝、目が覚めたら猫の庭丸ごと消えてましたーなんてなったら、みんなに悪いからさ」


「そーか」


「うん。あと、悪いけど今日はふて寝したいからサボっていい?」


「お前、ふて寝でサボるって親に言うかよ?」


「言うよ、クソコン」


「はん、バカ息子が」



父ちゃんは僕の頭をぐりぐりと掴んで揺らし、「寝過ぎっとバカに拍車かかるぜー」と憎まれ口を叩きながら、手さぐりで朝食のトレイを持ってから出ていった。


耳に神経を集中させていると、父ちゃんが自分の部屋へ入ったのがわかった。一階にトレイを持って行かないのかなって不思議に思ったけど、すぐに気付いた。


父ちゃんは消えてしまった服を「僕と会う時専用」にして、みんなの前へ出る時には消えてない服へ着替えるんだ。


しばらくすると家から誰の気配もしなくなった。

妙にシーンとした部屋の中で、ポツリと呟いた。



「…さいあく」



眠くもなんともなかったけど、下から見るとお尻が丸見えだったと聞いたから横になった。だって何をどう隠したって意味がないから。だったらせめて、横になってるしかないじゃん。



「さい、あく…」



もう一度呟くと、勝手に涙が出てきた。泣いたことなんて父ちゃんにもママにも気づかれたくないけど、ちょっと我慢できなかった。早く地下室に行きたい。誰にも裸の自分なんて見られたくないし、誰のことも裸になんてしたくない。


早く一人に、なりたかった。






  

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