真の望み
青紫の霧に包まれた私たちは、一瞬何が起こったのかわからなかった。
とっても温かい霧は、まるでルカそのもの。
ライノのマナでふわりと光っていたルームの中は、ルカで満たされていた。
レティ「―ルカ?」
レビ「何で…ラック・チェインだよコレ。ルカ兄ちゃん、俺たちにラック・チェインをかけてる」
みんなが呆然とルカの霧に包まれていたら、スゥッと青紫が晴れていった。そして、気付くとルカは倒れていて。びっくりしてルカに駆け寄ったけど、眠ってるみたい。
でも。
ダイブ中に、ルームの中で眠ってしまうなんて…どうしたらいいの?
レティ「どうしよう、全然起きないわ。これ、ライノがルームを解除したらどうなるのかしら。パパに助けてって言いたいけど、肝心のルカが自分の世界に戻れるかがわからない」
ライノ「う、ごめん…俺、全員呼ぶか戻すかしかできない。戻すって言うよりも、ただ『ルーム解除』って思うだけだし。解除した後誰かを送り届けるとか、意識したことねえや」
クレア「こんなケース、想像してなかった…警報の方陣は反応していないし、外部に救援を要請する方法がない、か。でも修練が終わっても私たちがダイブアウトしなければ、アロイス先生は気付いてくれると思う」
みんなで相談して、とりあえずパパが気付いてくれるまで、ダイブアウトするのもルームを解除するのもやめようっていう話になった。それはいいんだけど、なんでルカはこんな状態になってまでラック・チェインを発動させたのかしら。
―やっぱり、さっき私が堪えきれずに泣いたから?
ルカはお兄さんだからっていう責任感もあるけど、何より私に甘い。よくわかってるの、それは。とても小さかった頃は私が悲しくなって泣くと一緒に泣いてしまったり、もう少し大きくなった頃には先回りして私が悲しくなりそうな事が起きないようにいつも気を付けてた。
もちろん五歳児以下の子たちのためにも、そういう所は発揮されてたけど。ライノたちがやんちゃして叱られても、最後には庇って「僕もちゃんと見てなかったから、ごめんなさい」なんて言う。そしてママたちやパパたちの怒りを分散させて、ライノたちが素直に「ごめん」と言える空気にしちゃうの。
ルカ…
ねえ、どうしてそんなに自分がみんなを守るんだって思うの?
私たちはルカが優しいことをとてもよく知ってる。
だからみんなルカが大好きで、私たちだってルカを守りたいの。
こんな風にダイブ中に寝ちゃうなんて、またルカは自分を盾にしてみんなを守ろうとしたんでしょ…
起きたら、私、ルカにおしおきレーション食べさせちゃうんだから。
私たちを泣かせたくなかったんでしょ?
でもルカが無茶したから、みんな心配して、もう泣きそうなのよ?
おしおき、なんだからね。
*****
私が心配でたまらなくなって、またポロッと涙を流してしまった時。
ヴォン!と聞き慣れた音がして、私たちはハッとした。
レビ「守護だ!やった、気付いてくれたんだ!」
ライノ「うおー、ルームを丸ごと守護が包んでるぜ」
レイノ「あ、アロイス先生がダイブした。ライノ、ルームに入れられるか」
ライノ「たぶんできると思う。アロイスせんせー!こっち!」
ライノが呼ぶと、パパがルームに入ってきた。私は我慢できなくて、パパの所へ走って抱きついた。状況を説明しなきゃいけないのはわかってるんだけど…
あまりの安堵感に、涙が止まらなくて。
アロ「レティ、もう大丈夫だから泣かないで。何があったか、教えてくれる?」
クレア「アロイス先生、ごめんなさい。あの、ルカがラック・チェインを行使したみたいなの。その後すごく深く寝ちゃって、起きないんです」
アロ「あー…さっき青紫にドームが染まったのはそれかぁ」
レビ「アロイス先生、何で知ってるの?…あ、わかった。守護で俺たちがルームに集まるところ、見てたんだね」
アロ「うん、覗いててごめんね。まあ見ててよかったけど。しかしビックリ…レビがこれだけ話せるなら、そりゃここで集まりたくもなるね」
ウゲツ「パパ、お願いだよ。ルームを禁止しないで。ルカたちが一生懸命これを隠そうとしてたのは、僕たちがこうやってしゃべりたいから禁止されたくないって、ワガママ言ったからなんだ。ルカたちを叱らないで」
アロ「うわー、ウゲツまでペラペラしゃべってる、すごいな!えっと、まずはみんなに言っておく。僕はこれに関して叱る気もないしお仕置きする気もないよ。まずはルカの状態を確認するのが先だから、ちょっと待っててね」
パパはニコル先生に接続してるみたいで、ふわっと精霊を錬成するとルカを包み込んだ。みんな固唾を飲んで見守ってると、精霊がパパの所へ戻ってく。
アロ「んー、なるほどね。大まかにしかわからないけど、ルカは単純に疲れ切って眠ってる。守護、ルームを解除した後ルカを安全に戻せる?自動的に戻るならそれでいいけど」
( 是 たぶん会議室を解除すれば自然に戻るだろう )
アロ「そっか。じゃあ、ルカは問題なさそうだから…せっかくだし、みんな僕と話さない?今日は守護にお願いして皆を見ててもらってたんだ。何も言わずに覗いてたのは悪かったけど、ライノの能力がどこまで制御できてるかわからなかったからさ」
ライノ「アロイス先生、ごめん。俺、ほんとに今日ほど未熟で自分がイヤんなったこと、ねえよ」
レイノ「俺もだ。深淵に放り出しちゃうかもしれないから怖くて能力解除できないなんて、最初思いつきもしなかった」
スザク「くそ、俺が深淵の意志ともっと話せてたらよかった。俺が未熟すぎて守護を出せないから…」
レティ「スザク、それは違うわ。それを言うなら私だって深淵の意志の声は少ししか聞こえてない。年上の私がしっかりしてなきゃいけなかったのに、何も安全について考えてなかったの。だから、ルカはこんな無茶をしたのよ。私がもっと、しっかりしてれば、よかった」
情けなくて、ルカがいるからってどこかで甘えてた自分がイヤになる。私だってお姉さんなんだから、皆の安全を考えるべきだったのに。
後悔に飲みこまれて、力の無さが悔しくて。
それでなくとも自然の体現者は幼少期の修練成果が出にくい。
壁持ちの子はどんどん修練で心が整理されて行くけれど、私たちは大抵思春期になるまでまともに自分の世界の構築さえできないんだもの。
私の心は、金色の光の世界。
広大なその世界を、眩しい光に照らされながら片付ける作業はかなり辛い。まるで熱砂の砂漠を彷徨う遭難者のように、広大な光の世界に散らばった「片付けるべきもの」を探してフラフラしている。一回の修練で片付けられる量はたかが知れていて、壁持ちの子のように「心が広がる悦び」を味わうことがない。
それでも諦めないでいられるのは、みんながいるからなの。
かわいい弟や妹。たった一人の兄、ルカ。そうよ、私を守ってくれようとするルカがいるからなの。パパやママとも違う、私たちと近い存在のルカが私を守ろうとしてくれるのは、修練では得られない悦びを私に与えてくれる。
でも、そのルカをこんな風にしたのは私たち。
ああ、もう、心が折れそう。
みんなの「頼れるお姉さん」でいるためには、ルカの存在が必要だったんだわ。
アロ「はい、アテンション!」
パンパン!と手を打って物思いにふける私を気付かせたのは、パパ。
他はそれぞれシュンとしていたり、クレアやレビはパパと少し話したりしていたみたい。
パパの顔を見上げると、なんだか楽しそうな、嬉しそうな、丸っきり私の気持ちにそぐわない表情をしていて、なんだかムカッとしちゃう。
アロ「それぞれ後悔とか反省とかしまくったかな?僕と話そうよって言ったのに、みんな押し黙っちゃってさ~」
レティ「パパ、ちょっとデリカシーないと思うの。私たち、真剣にルカのこと心配してるんだけどお…」
アロ「ひどいなレティ、僕だって心配してるさ。でも、それよりまずはこうなった原因を取り除かないといけないでしょ?ライノ、もう少しルームを維持してもらってもいい?辛くない?」
ライノ「ああ、うん。大丈夫」
アロ「クレア、君たちの希望はわかった。これを禁止されたら、そりゃあ三歳児組はつらいだろうね。というわけで、全面的にさっきの条件は飲んであげましょう」
クレア「本当に!?」
アロ「ただし!これまで以上に魔法制御の訓練には、全員真剣に取り組んでもらいます。みんな未熟な魔法行使がどういう怖さを持ってるかは、わかってくれたでしょ?」
全「うん…」
アロ「ルカがどれくらいで目覚めるかわからないけど、起きたら彼にも約束してもらうよ。まずカウンシルを使いたかったら僕に言うこと。そしたら守護で見守っててもらえるからね。守護はルームの外での護衛になるから、何かあれば呼べばいい。もちろん会議の内容は聞こえないから安心して大丈夫」
レティ「…クレアの希望、全部通っちゃったわね」
クレア「そうなの。だから、もう大丈夫よレティ」
ウゲツ「レティ、泣かせてごめんね。僕らがワガママ言わないで、すぐパパに相談してればよかったんだ」
アオイ「レティお姉ちゃ~ん…アオイもごめんなさい。最後までワガママだったの、アオイだから」
レビ「俺もだよー。起きたらちゃんとルカ兄ちゃんにもごめんなさいって言うから。きっとルカ兄ちゃん、レティ姉ちゃんが泣いたからラック・チェイン使ったんだよ」
アロ「え、そうなの?」
レビ「うん、俺と話しててレティ姉ちゃんが涙こぼしたとこ、ルカ兄ちゃん凝視してたもん」
アロ「うーわー…こりゃコンラートに永久凍土カマす未来が見えてきたぞ」
パパはブツブツと訳のわからないことを呟いてから「じゃあ今日は解散しよっか?守護、よろしくね」と言った。ライノがルームを解除すると、私は金色の自分の世界にいた。光に溢れる世界を、見渡す。
…がんばって、お片付けしなきゃ。
ルカに頼りすぎる自分はもうイヤ。
みんなに頼ってもらえるような私になりたい。
本当の強さが、欲しい。
それが私の、本気の願いなの。
( そうね。一緒に、がんばりましょ )
フッと深淵の意志の言葉が聞こえた。
私はこの「本気の願い」が深淵の意志に承認されたような気がして、嬉しくなりながらダイブアウトした。




