暴走系ロマンチスト蘇鉄くん
主人公の妄想が凄まじいので、過度な妄想が苦手な方はご注意ください。
彼女の名前は葉山蕨。
学年でトップスリーに入る大和撫子な綺麗系美少女。
艶やかな黒髪は肩と腰の中間くらいまでの長さだ。
前髪は眉を超ていて、八対二くらいの割合で左右に流している。
涼しげな目と薄ピンクの唇の右下にある艶ボクロはきりっとした爽やかな色気がある。
日焼けなんて知らないきめ細かい白い肌はついつい撫でたくなる。
いやそんなことをしたら変態扱いされるからしないけど。
……したくても俺はへたれだから出来ない。
友達はそれなりにいて、いつも三、四人の女子と一緒に行動している。
男と話すのは苦手なのか、女子と話す時よりも少し表情も声も硬いし、彼女から話しかけることもあまりない。
そして彼女の一番の特徴であり、魅力は『ツンデレ』な性格だ。
優しいのに素直じゃなくて、言動がちぐはぐなところがたまらなく可愛い。
はたから見たらあざといくらいのツンデレが素なのである。
割合はツンが八割でデレが二割。
ほとんどのデレが友達にしか向けられないのが残念であり、嬉しいことだ。
彼女にデレられたらどんな男も惚れてしまうからな。
なんでそんなに彼女のことを詳しいのかって?
ああ、自己紹介がまだだった。
俺の名前は花畑蘇鉄。
小学校からの同級生であり、彼女へ片思いをしている一人の男だ。
それは受験を控えた中学三年生の頃だったと思う。
『葉山蕨が不良と付き合っている』
という噂を耳にした時、俺は嫉妬や落胆よりも彼女の心配をしたことを今でも覚えている。
彼女は同じクラスの女子よりも純粋で綺麗な心を持っているから、その男に騙されているんじゃないかと思った。
それか何か弱みを握られて無理やり付き合うことになったんじゃないかとすら思った。
俺も男だからエロ本とかを嗜んだことはあったけど、彼女は俺の欲望をぶつける対象には見なかった。
いや綺麗すぎる彼女を俺の汚い欲望の対象に見ることは酷く罰当たりな気がして見れなかった。
そんな噂が流れて、しばらくした放課後。
葉山さんは真偽を確かめるために他のクラスの男からも詰め寄られて、勝手に失恋したくせにその腹いせとばかりに心無い言葉もぶつけられていた。
意外に気の強い彼女が今にも泣きそうな顔をしている。
俺が彼女を庇うのには十分すぎる理由だった。
小柄な彼女を野蛮な男どもから俺の背中へ隠すようにして間に立った。
「やめろよ。葉山さんがそんなことするわけないだろう」
彼女を庇って冷やかされたり、馬鹿にされたと思うけど全部忘れた。
ただ渦中の葉山さんがひどく驚いた顔で見上げていたのだけは覚えている。
「だいたい話があるなら一人ずつ話せよ。こんな人数で囲まれたら俺でも怖いし卑怯だ。それでもやめないというのなら俺が相手になるぞ?」
自慢じゃないが俺は体格に恵まれていたこともあって柔道の黒帯を持っている。
体格のせいでよく通りすがりの子どもに怖がられたり、泣かれたりするがな。
男どもは俺の言葉に雲の子を散らすように逃げ出した。
一人も残らないとは同じ男として情けない。
でもおかげで傷害沙汰にならずに済んでよかったか。
彼女を守れたことだしな。
自己満足した俺はその場を立ち去ろうとした。
「あ、あの待って!」
なんと男子が苦手な彼女自ら俺を呼び止めたのだ。
俺は立ち止って彼女の言葉の続きを待った。
彼女は制服を両拳でしわになるほど握りしめて真っ赤な顔で叫んだ。
「私はあなたに助けてなんていってないんだから!」
大丈夫だ。ちゃんと分かっている。
彼女は一度だって助けてとはいっていない。
俺のしたことは全部自己満足だ。
だから俺は何もいわずに頷いてその場を去った。
心がずきりと痛くて、とてもじゃないが彼女と同じ空間にいられなかったからだ。
にも関わらず彼女にお礼をいわれたりしないかと少し期待してしまっていた。
俺は馬鹿な男である。
煩悩を消すために今日は道場に行って練習しよう。
あれから二年が過ぎた。
幸いなことに俺は彼女と同じ高校に入学した。
そしてまた同級生だ。
実に幸せなことである。
あの日以来彼女と話したことはない。
元々同じクラスであるという接点を除けば、他に何のつながりもないのだ。
とりわけ仲がいいわけでも、親戚というわけでもない。
そういえば中学以来彼女の噂は聞いていない。
俺のおかげだといいが、そんなわけがないだろう。
おそらく噂は嘘だったんだ。
彼女がそんな不埒な男と付き合うわけがないのだから。
『自分の力に溺れることなかれ。上には上の存在がいる』
師匠の言葉を心の中で繰り返す。
わかってる。俺はまだまだ精神的にも肉体的にも未熟者だ。
だが彼女の幸せを願うことは止めようにない。
天使のような彼女は最近女神になりつつある。
男どもの汚い欲望の視線が彼女に向けられることに苛立ちを感じる。
彼女はそんな欲望を向けていい存在ではないというのに。
そんなことを高校で仲良くなった同じスポーツ入学の高槻癒詩に伝えた。
今は昼休みで昼食を摂り終った俺達はのんびりしていた。
「ソテツってほんと葉山さんのこと好きだよな。なのに何で告白しないの?」
なぜ俺が彼女を好きな話になる。
いや好きだが今は関係ないだろう。
とりあえず癒詩の質問には答えておこう。
「俺が葉山さんの彼氏になるなんてありえない」
そうだ。俺ごときが彼女の隣に並ぶなどおこがましいにもほどがある。
「ソテツって鈍いだけじゃなくて葉山さんを美化しすぎ!」
何がおかしいのか癒詩は声を上げて笑う。
鈍いって何のことだ?
彼女が美しいのは事実だろう?
見た目もそうだが、あんなに純粋で綺麗な心を持った人間を俺は彼女の他に知らない。
知りたいとも思わないが。
ふと視線を感じて、その方向を見ると今にも泣きそうな顔をした彼女がこちらを見ていた。
中学三年生の時のことを思い出し、俺は反射的に彼女の前に立った。
技をかける時よりも早かったと思う。
「どうした!?また誰かに何かいわれたのか!?」
思わず大声を出してしまった。
彼女は華奢な肩をびくりと揺らす。
しまった!怖がらせてしまった!
一生の不覚だ!
「あ、あなたには関係ないでしょ!」
彼女は俺の心臓に言葉の槍を盛大に突き立てて走り去ってしまった。
……そうだ。俺は彼女と何の関係もないのだ。
俺が彼女を好きでも、彼女は俺のことを何とも思っていないのだ。
ただの小学生からの同級生。
わかっているのにどうしてこんなに胸が痛いのだろうか?
「……二人とも素直になればいいのに」
癒詩がぽつりとそんな爆弾を落とした。
素直になれだと?
彼女に好きだといって嫌われでもすれば俺は再起不能になるのにか?
無理だ。絶対に無理だ。
嫌われるくらいなら物影からこっそりと彼女の幸せを願いたい。
彼女の『関係ない』発言から一週間が過ぎた。
俺の心の傷は未だに癒えない。
むしろひどくなっている気がする。
天気予報士による先週の梅雨入り宣言から降り続く雨は俺の心のようだ。
当たり前のことをいわれただけにも関わらずどうして俺はこんなにショックを受けているのだろうか?
答えは俺が彼女を好きだからだ。
自分でも女々しいと思う。
これが他人事ならさっさと告白でもしろといえるのに、自分のこととなるとこうも臆病になってしまう。
わかっていても、胸がもやもやする。
こういう時は道場に行って練習あるのみだ!
煩悩退散!
だがその前に腹が空いた。
よしコンビニにでもよって肉まんでも買うか。
いや今の時期に売っているのか?
ないならないで別の物を買えばいいか。
フランクフルトならあるだろう。
アメリカンドッグやから揚げでもいいな。
俺はトマトケチャップとマスタードをたっぷりとかけるのが好きだ。
彼女の次くらいに。
コンビニに立ち寄ろうとして足が止まった。
入り口付近で不良らしき二人組に一人の女子が絡まれていたのだ。
その女子と目が合った瞬間、俺は体中が怒りで熱くなった。
さらには通学鞄と傘を投げ出して、俺は不良の襟を掴んで投げ飛ばしていた。
「彼女に薄汚い手で触れるな!」
地を這うような声が口から出ていた。
どこか他人事のように自分でもこんなに低い声が出るのかと思った。
地面に伸びた不良を見下ろして、はっと正気に戻るがもう遅い。
彼女は確実に俺を嫌いになっただろう。
怒りで我を忘れるような野蛮な男を彼女が好きになるわけがない。
その後のことはよく覚えていない。
後で人伝に聞いたのだが、騒ぎに気づいたコンビニの店員が警察に通報し、俺達は事情聴取をされたらしい。
不良達は未遂だったこともあり、厳重注意ということだ。
だが今の俺にはそんなことどうでもいい。
「……終わった」
さようなら、俺の初恋。
さようなら、葉山さん。
翌日、いつも通り学校に来た俺は教室について早々、机に突っ伏した。
体調が悪いわけじゃない。
いつも通り良好だ。
ついでに今日の天気も良好だ。
ただ俺の昨日の出来事が学校中に広まっていることが精神的にショックだった。
傷口を抉られている気分だ。
「え?何が終わったの?むしろ前進じゃん?」
癒詩は心底不思議そうに首を傾げる。
「……葉山さんに嫌われた」
「はあ!?なんで!?」
癒詩は声を荒らげ、教室中の視線を集めたが注意する気力さえ湧かない。
今の俺なら柔道初心者でも倒せるだろう。
「俺は怒りで我を忘れてあいつらを投げ飛ばしたんだ。そんな男は怖いだろ」
あの時、彼女の顔を見れなかった。
この間よりも怖がられている顔を見たら一生立ち直れないとわかっていたから。
「なんでそうなんだよ!?」
そうとしか考えられないだろう?
むしろそれ以外どう受け取ればいいのだ。
「取り込み中悪いんだけど花畑くん。君を校門で待っている人がいるんだけど……」
委員長がひどくいいにくそうに俺に教えてくれた。
待っている人?
名前をいわないってことはうちの生徒じゃないのか?
嫌というほど心当りがあるのだが。
顔を上げて時計を見れば朝のHRまでまだ時間がある。
「わかった。今行く」
「ソテツほんとに行くの!?止めとけって!?」
癒詩も俺と同じことを考えたようだ。
だがこれ以上学校に迷惑をかけたくはない。
「わかっている。大丈夫だ」
靴箱で靴を履き替えて、校門へ行くと寄りかかるようにして予想外の人物がそこに立っている。
俺はてっきり昨日の不良が仕返しに来たとばかりに思っていた。
髪を紫に染め、どこかの制服のシャツのボタンを三つも開けた男はお世辞にも真面目な生徒とは思えない。
そして細い猫のようなしなやかな体。
顔立ちは女のようにも見える。
寝起きなのか気だるげな濡れた双眸から殺気にも似た視線を向けられる。
どうやら只者ではないようだ。
自然と気持ちが引き締まる。
「アンタが花畑蘇鉄?」
相手は俺のことを知っているようだった。
上から下まで観察される。
もしかしたら昨日の不良の仲間かも知れない。
「そうだ」
「……そう。昨日は妹が世話になったわね」
男は少しだけ雰囲気を緩める。
「いや別に世話になんて……妹?」
この男は誰から兄らしい。
そういえば見覚えのある顔をしているような……。
よく観察してようやく唇の右下にある艶ボクロに気づいた。
「まさか葉山さんの兄君でござるか!?」
動揺しすぎて変な言葉遣いになった。
兄君ってなんだ。
普通にお兄さんでいいだろう。
生まれて初めて「ござる」といったぞ。
男こと葉山さんのお兄さんは俺の言葉に耐え切れずに噴き出した。
「ござるってアンタに似合いすぎるわね」
褒められたのか微妙な返答だ。
まあ、おかげで二人の間にあったぴりぴりした雰囲気が消えたのでよしとしよう。
「すいません。動揺して変な言葉遣いになりました。それでご用件はなんでしょう?」
お互いにあまり長い間ここで話すのもよくないだろう。
「妹の代わりに昨日のお礼をいいに来たのよ。あの子って素直じゃないでしょ?だからアンタにお礼をいおうとしても絶対に反対のことをいうと思って」
妹を助けてくれてありがとう。
お兄さんは葉山さんと同じ笑顔でお礼をいってくださった。
嬉しかったが欲張りな俺は彼女から直接お礼をいわれたいと思った。
いかん。いかん。
煩悩退散!
「俺はお礼をいわれるようなことをしていません。人として当然のことをしたまでです」
「ふうん。なら絡まれていたのが妹じゃなくても助けたの?」
お兄さんは何かを探るような目をして俺を見上げた。
もしあの時の女子が葉山さんじゃなくても俺は助けたと思う。
でもあんなに早く助けなかっただろうし、あれほど怒りを感じることはなかった。
なんと答えたらいいのだろうか?
「……助けたと思います」
「そう」
俺の答えにお兄さんは少しだけ残念そうな顔をする。
何か期待外れなことをいっただろうか?
それでもかまわない。
「でもあの時ほど冷静さを失わなかったと思います。葉山さんに怖い思いをさせて悪かったと伝えてもらえますか?」
お兄さんは俺の言葉に目を見開いて、嬉しそうに口角を上げた。
「ちゃんと伝えておくわ」
お兄さんは寄りかかっていた校門から体を離す。
どうやらお帰りになるらしい。
「あ、そうそう。一ついい忘れていたわ」
俺に背を向けて歩き出したお兄さんは立ち止まって振り返る。
いい忘れていたことに予想がついて、顔が引きつった。
「これからも妹をよろしくね」
またまた俺の予想は裏切られた。
それは願ってもいないことだ。
とりあえず俺は頷いた。
お兄さんは歩き出して、二度と振り返らなかった。
教室に戻るとクラスメイトに囲まれた。
一体何事かと焦ったがどうやらお兄さんが何者か気になったらしい。
話の内容を伝えると全員から生暖かい視線を向けられた。
なぜだ?
翌日。葉山さんは学校に来た。
今日も休みかと思っていたが杞憂だったようだ。
元気そうな姿に安心する。
するとなぜか彼女は俺の前に来た。
何をいわれるのかと内心冷や汗をかく俺に彼女はいった。
「……おはよ」
それは雨音のように小さかったが、俺の耳にはっきりと届いた。
今まで彼女が俺に挨拶をしたことは一度もない。
俺もまたしかり。
だから目の前に彼女がいることすらも信じられなくて俺は石像のように固まってしまった。
動かなくなった俺に困った顔をする彼女は大変可愛い。
可愛すぎて余計に動けなくなる。
「おーい?ソテツ、どうした?」
癒詩が俺の目の前で手を振る。
「……どうしよう、癒詩。俺は今幻覚が見える」
「いや幻覚じゃないし!?」
「そうか」
なら夢か。
それにしてはリアルな夢だな。
「夢でもないから!現実!二次元じゃなくて三次元だから!」
……ということは彼女が挨拶してくれたのが現実だというのか?
「癒詩、俺は今死んでも悔いはない。いやむしろ幸せなうちに殺してくれ」
これが本当は夢だったら俺は二度と立ち直れない。
むしろ自殺する。
「お前は色々こじらせすぎ!だいだい俺にお前は殺せないから!」
「大丈夫だ。今の俺ならお前にもやれる。さあ金属バットで殴ってくれ」
「バットはそういうことに使うもんじゃないから!」
俺がこんなに頼んでいるのに冷たいやつだ。
小さな笑い声に俺の意識は吸い寄せられた。
なんと俺達のやり取りに彼女が笑ってくれたのだ。
俺達の視線に気づくと彼女は耳まで赤く染めた。
ああ、彼女はまさに天使だ。
頭には天使の輪、背中には白い羽が見える。
その日以来彼女と話すことが増えた。
まあ話すといっても一言二言だが、それだけで十分だ。
彼女の声を聞いているだけで俺は幸せな気持ちになれるのだから。
さすが天使……いや彼女の美しさはもやは女神のそれだ。
その上人々に慈愛を与えてくださる。
おかげで今日も俺は幸せである。
中途半端なところで終わって申し訳ありません。
二人のこれからを書くと長くなりそうだったので割愛しました。
多分二人は大学生になるまで付き合わないと思います。
いや下手をすれば大学を卒業しても……。
中にはお気づきになった方もいるかもしれません。
葉山蕨の兄は別の小説に出てくるあの男です。
そうフェロモン野郎です。
高槻癒詩も同じくとある小説に出てくる女の弟です。
こちらはそちらにも出てきます。