プロローグ 1
かつてこの星の人間達がいくつもの部族に分かれ、戦いを繰り返していた頃。今から数百年とも数千年前とも言われている話だ。
とある部族で一人の男の子が生まれた。名をウーと名付けられたその子供は戦いの神に愛されていた。弓を射れば百発百中、獲物を握れば十にも満たぬ年にも関わらず村の鍛えられた大人数人とまともに打ち合ってみせる。齢十五を数えて村の仕来たりで成人の儀式を受けた折に、別の村の司祭が悪魔の子供だ、と宣託するほどにウーは強い。
部族同士の戦いに参加するようになったウーは瞬く間に部族内での地位を上げていった。何せウーの部族は戦いこそが神への信仰になると信じて疑わない部族だからだ。強い者こそ正義。それこそが部族で唯一不変の掟。
数年が経ち、戦いに勝ち続けて他の部族を吸収した部族達の幾つかが国を名乗り始めた頃。ウーの部族の長だった者が戦いで死んだ。当然後継者が後を引き継ぐことになるのだが、部族の掟で長が代わる時は最も部族で力強き者とされ、既に部族内でウーより強い者はいなかった。必然ウーが次の長となったのだが…
ここからウーの部族の戦いは始まった。ウーは戦いを我慢していたのである。部族がいくら好戦的な方ではあるとはいえ、一人で飛び出して行って、四方八方の周辺部族達に後先考えずに殴りかかると言ったことは流石に許されなかった。ましてや簡易ではあるものの、一応停戦協定や取り決めなどもあった。部族達は争うばかりではなく、頭を使って交渉することを学び始めていたのだ。だがウーは違う。交渉など殴り合って最後まで立っていた方が決めればいいと思っている。
部族の長が代替わりする際、それまでの協定や取り決めは一旦破棄される。当時の長と長同士の約束として扱われるからだ。その方が後継者などによる問題や揉め事も少なかった。とはいえ普通は長が変わった後も問題なくやっていけるように、次代の長は協定や取り決めを引き継ごうとするものである。
ウーはその全てを完全に無視し、部族の反対派を押し切って周囲全ての部族に宣戦布告したのだ。そして全力で、それはもう満面の笑みで他の部族達へと殴りかかった。
…文字通り殴りかかったのである。部族の者も引き連れずに一人で他の部族の集落に突っ込んでいって立ち塞がる者全てを殴り倒した。集落の者達も武器を持って応戦したが、ウーを止められる猛者はいない。ウーの部族の者達が飛び出していったウーに追い付くまでに、ウーは自分の部族と同規模の部族の長を殴り倒し、従属させていた。ウーは己一人で自分の部族と規模の近い部族を打ち倒し、己の力を証明して見せることで反対派を黙らせた。そう、ウーの部族では強い者こそ正義なのである。
ウーは似たような襲撃を繰り返して他の部族の集落を陥落させ、凄まじい勢いで部族の規模を広げていった。五年も経てば百人程度だった部族は三千人程にもなり、ウー達の部族の中で国を名乗ってもいいんじゃないか、と言う意見が聞こえ始めた時だった。既に国を築き上げた部族の長達が王を名乗り、我こそは大陸の正統な統治者であると戦争を始めたのである。当然ウーの部族にも使者が訪れ、従わねば皆殺しにすると脅しをかけた。
王を名乗る者達は最低でも数万人からの民衆と、数千の訓練された兵隊を従える猛者達。対して部族は戦える者は千を少し超える程度。ウーは足りないと自覚している頭でどうするか一晩考え、結論をだした。
そして翌朝自分の仲間達に向けてこう言った。
「俺が強いかどうかは皆知っているだろう。だが俺も、お前たちもあの王や国とやらとは戦ったことがない。それではあいつらが強いかどうかわからない。だから戦うぞ」
そのウーの言葉にある者は未だかつてない膨大な敵の数を幻視して興奮に震え、ある者は自分達の部族の終わりを予感して震えた。彼らの部族が蛮族と呼ばれるまで後少し。